本物は、誰が見ても本物とわかる。
聖隷クリストファー・髙部陸(2年)の圧巻のパフォーマンスを見て、そう実感した。
【圧巻の4イニング完全投球】
7月26日、高校野球静岡大会準決勝・聖隷クリストファー対藤枝明誠。聖隷クリストファーが1対0でリードして前半を折り返し、グラウンド整備を含むクーリングタイムが明けた6回表。2年生左腕の髙部がマウンドに上がった。
身長175センチ、体重68キロ。大柄というわけではないが、高校進学後も身長は徐々に伸び続けているという。
両腕を振りかぶり、右足を高く上げるダイナミックな始動だが、左腕のテイクバックはややコンパクト。右足を深く踏み込み、絶妙なバランスでリリースされたボールは、猛烈な勢いで捕手のミットを突き上げる。
聖隷クリストファーの正捕手を務める武智遥士(たけち・はると/3年)は、目を丸くしてこう証言した。
「髙部のストレートはキレと伸びがものすごくて、球速以上にバッターが空振りするボールです。調子がいいと縦にホップして、低めのボールがうなるように上がってくる。入学した時からすごかったけど、入ってからもすごく成長していますね」
この日の髙部の最高球速は143キロ。だが、その数字にどんな意味があるというのだろう。そう思ってしまうほど、髙部のストレートは相手打者のバットを空過していった。
髙部は4イニングを投げ、打者12人をパーフェクトに封じる。最初の2イニングは、6者連続奪三振の離れ業。とはいえ、遮二無二、三振を狙って投げていたようにも見えなかった。
変化球は得意のカットボールだけでなく、カーブ、スライダー、チェンジアップとさまざまな球種を駆使した。三振を7個奪っただけでなく、内野ゴロも5個と「打たせて取る投球」にも映った。
試合は聖隷クリストファーが終盤に突き放し、4対0で快勝。2年連続となる夏の静岡大会決勝への進出を決めた。
試合後、聖隷クリストファーの上村敏正監督に「髙部くんは全開でしたね」という質問が飛んだ。ところが、68歳のベテラン指揮官は「そうかな?」と首をひねり、こう続けた。
「今日は意外とそうでもない。この前(7月24日の準々決勝・御殿場西戦/9回8安打6三振1失点で完投勝利)のほうが全開でしたよ。今日は余裕を持って投げられたから、逆に三振が取れたんじゃないかな」
筆者は2025年のドラフト戦線に挙がる、主だった高校生左腕を取材してきた。
残り1年間の高校生活を大過なく送れたら、前田悠伍(大阪桐蔭→ソフトバンク)クラスの存在になるだろう。本人が高卒でのプロ入りを希望すれば、当然ながら2026年のドラフト上位候補になる。
【打てれないストレートの秘密】
試合後、入念なケアを終えて報道陣の前に現れた髙部は、穏やかな微笑をたたえていた。パッチリとした二重まぶたの甘いマスクで、もし全国デビューを果たせば人気が沸騰しそうだ。
なぜ、ここまで驚異的なストレートが投げられるのか。そう尋ねると、髙部は独特のリリース感覚を披歴した。
「ボールを指で転がして、弾くイメージです」
転がして、弾く......?
理解できずに戸惑う筆者を見て、髙部は優しく自分の手を使って実演してくれた。
髙部のイメージだと、左手で握ったボールをリリースの瞬間に指先まで転がし、最後に弾いているのだという。しつこいようだが、あくまでも「イメージ」の話である。
「小さい頃に親から教わって、それからずっと投げ方は変わっていません」
この日の出力のパーセンテージを聞かれた髙部は、「70~80パーセント」と答えている。上村監督の証言と符合するが、ほどよく力が抜けたことで、好結果につながったのだろう。
この日、髙部がストレート以上に手応えを得たのは、変化球だった。
「変化球が全部冴えていて、ストレートだけで押すピッチングじゃありませんでした。いろんな球種を使って、的を絞らせないピッチングがしたかったので、よかったです」
この日、内野ゴロを打たせるのに効果的だったのは、チェンジアップだった。人差し指と親指で輪をつくった状態でボールを握り、抜くように投げる。髙部は春以降、このボールを重点的に練習してきた。
「今まで抜く系のボールが投げられなかったんです。最初はフォーク系で速くて落ちる球を投げていたんですけど、それを改良して抜く系のボールが投げられるようになりました。相手に『ストレートしかない』と思われるのではなく、いろんな球種を使って簡単に打ち取ることをテーマにしてきました」
超高校級の切れ味を誇るストレート。さらに130キロ台で鋭く横滑りするカットボールに、チェンジアップまでマスターした。髙部は2年生にして、難攻不落の域に近づきつつある。
近い将来、投手としてどんな「完成形」を思い描いているのか。そう尋ねると、髙部はこう答えた。
「上村先生からは『工夫して投げることが大事だ』と言われてきたので、ただ力で押すピッチングではなく、頭を使ってバッターを打ち取っていくピッチャーになっていきたいです」
埼玉県出身の髙部は、上村監督の指導を受けるため、静岡県の聖隷クリストファーに進学している。静岡の高校野球ファンにとっては、髙部という大器の成長を間近で見られることは僥倖(ぎょうこう)だったに違いない。
聖隷クリストファーは28日に名門・静岡と静岡大会決勝を戦う。2022年秋の東海大会で準優勝しながら、翌春のセンバツで選考漏れした悲劇から3年。聖隷クリストファーは強力な2年生エースを擁して、初の甲子園出場を手繰り寄せようとしている。