ヒロド歩美さん インタビュー 後編(全2回)
多くの人を惹きつける高校野球。その最前線で取材を続けるフリーアナウンサーのヒロド歩美さんは、プレーの裏側にある「物語」を伝えることに情熱を注いできた。
【敗者の宿舎で見た"真実"】
ヒロド歩美 私にとって、高校野球は「人生の教科書」です。野球の技術だけではなく、人間的な部分で学ぶことが本当にたくさんあります。だからこそ、試合の結果だけでなく、そこに至るまでの過程や、選手一人ひとりの思いを丁寧に伝えたいと、いつも思っています。
私が2018年頃からとくに力を入れているのが、試合に敗れたチームの宿舎取材です。甲子園で負けた直後、選手たちは悔し涙を流しています。でも、その日に宿舎を訪ねると、みんな驚くほど笑顔なんです。「甲子園は最高でした」と。その姿を見ると、視聴者の方もきっと「涙のままで終わってほしくない」と思っているんじゃないかなと感じます。敗れてしまったけれど、最後に笑顔で故郷に帰っていく。そこまできちんと伝えることが、私たちの役割だと思っています。
忘れられない試合があります。2016年夏の八戸学院光星(青森)と東邦(愛知)の試合。一時は7点差がついていたものの、東邦が九回裏に猛攻を見せ4点差をひっくり返し劇的な逆転勝利を収めました。九回裏の甲子園は球場の大半が東邦を応援する異様な雰囲気で、内野席の観客までタオルを回し始めている。そのなかで投げていた八戸学院光星の桜井一樹投手は、怯えているような、怖がっているような表情に見えました。
でも、試合後に彼が絞り出した言葉は「楽しかった」だったんです。あの状況で、それを言える高校生の強さ。そう言わせる甲子園という場所の力。本当に衝撃的でしたし、甲子園のすごさをあらためて感じた瞬間でした。
笑顔もあれば、涙もあります。ずっと心に残っているのは、2017年の横浜(神奈川)、増田珠選手(ヤクルト)の姿です。彼のトレードマークは、とびっきりの笑顔。
私は彼の正面ではなく、斜め横の位置にいたので、その瞬間がはっきりと見えました。もう、今思い出してもぐっとくるんですけど......。最後まで笑顔という自分のスタイルを貫こうと、ギリギリまで我慢していたんだなと。彼の強さと人間らしさを感じて、本当に胸が締めつけられました。
【応援やサポートに回る仲間たちに注目】
私が伝えたいのは、グラウンドに立っている選手たちの物語だけではありません。アルプススタンドで声を枯らす控え部員や、裏方でチームを支える生徒たちにも、同じように熱いドラマがあります。

昨年、滋賀学園(滋賀)のダンス応援がすごく話題になりました。キレキレのダンスがSNSでバズった一方で、心ない声も彼らの元に届いていたと聞きます。(声を詰まらせながら)それが、本当に悲しくて......。
応援団長の荒井浩志君をはじめ、彼らはチームの全体練習が終わったあとに、自分たちで残ってダンスの練習をしていたんです。
昨年、学校で応援団のふたりに話を聞きました。荒井君は、「自分たちの応援で少しでも滋賀学園の名前が有名になってほしい」「選手たちが100%の力を出すだけじゃなくて、自分たちの応援で120%の力を出させたい」と、本当に素敵な言葉で思いを語ってくれました。ネガティブな声も目にしていたそうですが、「そこでつまずいている場合じゃない」と前を向いていた。インタビュー前後は高校生らしいくだけた表情も見せてくれたのですが、そのインタビューの時は真剣な表情で答えてくれたのも印象的でした。
だからこそ、甲子園を見る時は、グラウンドだけでなく、スタンドやボールパーソンをしている高校生たちにも目を向けてほしい。彼らも同じように、2年半野球に打ち込んできた仲間だということを想像してほしいんです。
【"ヒーロー"の物語を次世代に伝える】
今夏の神奈川大会の開会式で、慶應義塾の山田望意主将(3年)が「お互いのチームの好プレーに対して拍手や歓声を送り、称え合うことをしませんか」と選手宣誓で呼びかけ、すばらしいと話題になりました。
じつは最近、高校野球の歴史の本を読んでいて、第1回大会の決勝で、優勝した京都二中(現・鳥羽)に対して、準優勝だった秋田中(現・秋田)の選手たちが「京都軍バンザイ」と叫んで相手を称えた、という記述を見つけたんです。100年以上も前から、高校野球には相手をリスペクトする美しい文化が受け継がれているんだと知って、感動しました。
今、私が取り組みたいと思っている新しいプロジェクトがあります。
これも野球振興プロジェクト「球心会」の設立記者会見での取材で王貞治さんや栗山英樹さんとお話ししたことで芽生えた視点かもしれません。その答えを聞けるのを、今から楽しみにしています。
少年野球をしている子どもたちにとって、甲子園でプレーするお兄さんたちは、まさにヒーローです。野球人口の減少が叫ばれるなかで、私たちが彼らのひたむきな姿や、その裏にあるさまざまな物語を伝えることで、「お兄ちゃんたち、かっこいいな」「野球っていいな」と思ってもらえたら。それが、私が大好きな高校野球にできる、一番の恩返しなのかなと思っています。
終わり
前編から読む
<プロフィール>
ヒロド歩美 ひろど・あゆみ/1991年10月25日生まれ。兵庫県宝塚市出身。早稲田大学国際教養学部卒業後、2014年に朝日放送テレビ(ABCテレビ)入社。