ヨーロッパの移籍市場は今シーズンも滅茶苦茶だ。うだるような熱さのせいか、「佐野海舟がスパーズ(トッテナム・ホットスパー)に移籍?」の一報は真夏の夜の夢か、はたまた少しでも現実味を帯びているのか。

 健全経営で知られてきたフェンウェイ・スポーツグループ(リバプールのオーナー企業)が、7月25日時点で2億9550万ポンド(約575億円)もの巨額を市場に投じている。

 彼らの補強はとどまるところを知らず、ニューカッスルのFWアレクサンデル・イサクまで獲得するという。設定された移籍金は1億2000万ポンド。日本円にして234億円前後! リバプールの「爆買い」はマーケットを大きく揺さぶっている。

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 さて一方、スパーズは出遅れた。MFモハメド・クドゥスをウェストハムから手に入れ、FWマティス・テルとDFケヴィン・ダンソをローンから完全移籍に切り替えたとはいえ、まだ1億1070万ポンド(約216億7000万円)しか使っていない。それも天文学的な数値なのだが、リバプールは今オフのチーム作りで総額4億ポンド(約780億円)を超える勢いだ。

 ただ、スパーズは使いたくても使えない、というべきだろうか。なぜなら、トーマス・フランク監督による大改造が進行しているからだ。FWソン・フンミンの退団がまことしやかに噂され、パリ・サンジェルマンと個人合意に至ったとされるDFイリア・ザバルニー(ボーンマス)を横取りしようとしているなど、憶測の域を出ない情報が非常に多い。

 プレシーズンの間に戦力を再精査し、どれだけ戦えるメンバーを揃えられるか。フランク監督とダニエル・レヴィ会長は腕の見せどころである。

リバプールが巨額を投じ、チェルシーは2億1800万ポンド(約425億)、マンチェスター・ユナイテッドも1億4050万ポンド(約274億円)を市場に注いでいる。

「当方は打ち止めでございます」とは、口が裂けても言えない。他クラブに比べると補強がはかどっていないため、スパーズサポーターはイライラが募っている。

【佐野海舟の昨季スタッツは他を圧倒】

 そんな状況のなか、7月中旬に突如として「KAISYU SANO」の名前が浮上した。スパーズの現状を踏まえるとわからなくはない。中盤センターのロドリゴ・ベンタンクールとイヴ・ビスマの契約が来年6月末日で切れるため、売り時としては今夏がベストになるからだ。

 また、ビスマとMFパペ・マタル・サールは12月21日に開幕するアフリカ選手権に参加する公算が大きく、過密日程を迎える年末年始に起用できなくなる。スパーズは中盤センターが手薄になりかねない。

 だからこそマインツの佐野、そしてバイエルンのMFジョアン・パリーニャが補強候補に挙げられたのだろう。さらにアトレティコ・マドリードのMFコナー・ギャラガーにも興味を持ち、すでにエージェントには接触済みとの情報も飛び交いはじめている。

 知名度や実績で比べると、佐野はやや劣る。パリーニャはポルトガル代表、ギャラガーはイングランド代表にほぼ定着し、彼らの実力は誰もが認めるところだ。

 しかし、昨シーズンのスタッツは佐野が圧倒している。

[佐野]→34試合出場・スタメン全試合
[ギャラガー]→32試合出場・スタメン19試合
[パリーニャ]→17試合出場・スタメン6試合

 ギャラガーとパリーニャは昨シーズン、周囲の期待に応えられなかった。特にパリーニャは右内転筋の筋繊維断裂もあり、レオン・ゴレツカ、ヨシュア・キミッヒ、アレクサンダル・パブロヴィッチといった実力者の牙城を崩す気配すらなかった。

 さらにスパーズ移籍へのネックは、バイエルンが設定したとされる移籍金が、2500万ポンド(約49億円)と意外に高額な点だ。昨年夏にフラムから獲得した際に4700万ポンド(約92億円)もかかっているため、50%近くは回収したいのだろう。

 一方、佐野の推定市場価格は1750万ポンド(約34億円)。そしてパリーニャより5歳も若い。どちらを獲得すべきは一目瞭然である。

【遠藤航も影響力のあるセンターMF】

 昨シーズンの佐野は、ブンデスリーガ最多の走行距離、4位のデュエル勝利数を誇り、全34試合スタメン・フル出場でイエローカードはわずか4枚。タフネスかつフェアだ。アフリカ選手権の影響も一切ない。

 移籍市場に飛び交う情報が眉唾(まゆつば)だとしても、マインツの上層部が「公式オファーどころか、問い合わせすらない。カイシュウは絶対に手放さない」と噂を全否定しても、火のないところから煙が立ち、真っ赤に燃え盛ったケースは何度だってある。

 近代フットボールはアスリート色が濃くなり、中盤センターは戦闘的影響力が強く求められている。

ニューカッスルのサンドロ・トナーリとブルーノ・ギマランイス、アストン・ヴィラのブバカル・カマラ、レアル・マドリードのフェデリコ・バルベルデ、アタランタのエデルソンなどがこのタイプだ。リバプールの遠藤航も、限られた出場時間のなかで影響力は絶大だった。

 また、モイセス・カイセドも高精度のプレッシングを続けながら、効果的なドリブルと縦パスでチェルシーの攻守を活性化した。今、彼こそが世界最強の中盤センターではないだろうか。昨シーズンは中盤センター、あるいは右サイドバックとして全38試合スタメン・フル出場。世界一の強度を誇るプレミアリーグで数秒たりとも休んでいない。もはや「超人」と呼ぶしかない。

 カイセドをはじめとするワールドクラスの中盤センターは、周囲と連係しながら勝利のために戦い続け、破綻する寸前の守備網をひとりで修繕する力を持っている。派手なゴールや流麗なアシストでメディアの見出しになるタイプではないものの、近代フットボールには絶対に欠かせない男たちだ。

 もちろん、佐野もこの部類に属している。昨シーズンのパフォーマンスをふまえると、当代屈指の実力者たちと肩を並べる日も、そう遠くはないだろう。

【日本代表に欠かせぬ佐野の成長】

 昨シーズンのマンチェスター・シティは、ロドリの長期欠場によって無冠に終わった。

マンチェスター・Uはポジショニングに秀でたマイケル・キャリックの後継者が7シーズンにわたって見つかっていない。アーセナルは圧倒的な存在感を放ったパトリック・ヴィエラが去ったあと、中盤からすごみが消えた。

 新シーズンが開幕した早々から、佐野がワールドクラスの階段を上りはじめるとは考えにくい。まだ経験が必要だろう。しかし、数多くの修羅場で揉まれれば、隠された才能が奥底まで光り、名門スパーズで絶対的な地位を勝ち取る可能性は十分すぎるほど感じられる。

 守田英正と遠藤は30代を迎え、フィジカルの向上が難しい年齢に差しかかった。日本代表の明日を考える意味でも、佐野のレベルアップは重要だ。世界最高峰プレミアリーグで腕を試すチャレンジの瞬間は、刻一刻と近づいている。

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