蘇る名馬の真髄
連載第7回:ナイスネイチャ
かつて日本の競馬界を席巻した競走馬をモチーフとした育成シミュレーションゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』(Cygames)。2021年のリリースと前後して、アニメ化や漫画連載もされるなど爆発的な人気を誇っている。
個性豊かなタレントがそろう『ウマ娘』のなかにも、脇役として愛されるキャラクターがいる。ナイスネイチャだ。公式サイトには「3番手でも幸せ」「自分は脇役と考えているため、過度な期待からはやや逃げがち」という紹介文を見つけることができる。
脇役を前面に押し出したこのキャラクターは、モチーフとなった競走馬・ナイスネイチャの生涯を表わしたものである。しかし、そのナイスネイチャは現役を引退後、思わぬ形で主人公になるのだから面白い。
ナイスネイチャは、長い日本競馬の歴史のなかでも屈指の脇役キャラと言える。
それだけではない。ナイスネイチャは有馬記念以外にも、数多くのGⅠレースで掲示板に載る好走を重ねている。大舞台ではコンスタントに上位に食い込んできて、まさに名脇役としてレースを盛り立てた。
ただ、それはGIという舞台に限ったことではなかった。GIIという舞台にあっても、常に善戦止まり。なかなか白星を挙げられず、4歳(現3歳。※2001年度から国際化の一環として、数え年から満年齢に変更。以下同)秋のGII鳴尾記念(阪神・芝2500m)を制して以降、実に2年半以上、7歳の夏まで白星がなかったのだ。
その間に走ったレースは16戦を数えた。有馬記念で3年連続3着になる実力がありながら、である。1番人気になることもあったが、白星には届かない。
こうした個性派だからこそ、久々の勝利をつかんだ時は大きな喝采が起きた。前回の勝利から数えて17戦目、1994年7月のGII高松宮杯(中京・芝2000m)である。
GIIの一戦ながら、この日の中京には役者がそろっていた。前年のダービー馬・ウイニングチケットをはじめ、前走のGⅠ宝塚記念(阪神・芝2200m)2着から挑むアイルトンシンボリに、その年の秋にはGⅠジャパンカップ(東京・芝2400m)で戴冠を遂げるマーベラスクラウン、そして才能豊かな牝馬のスターバレリーナらである。
好メンバーが集結するなか、ナイスネイチャの戦前の評価は5番人気だった。レースがスタートすると、休養明け初戦で大きな注目を集めていたウイニングチケットが中団につけ、ナイスネイチャはその後方を追走。向正面に入ってから、ナイスネイチャは徐々にポジションを押し上げていった。
4コーナーに入ると、各馬が一斉にスパートをかける。スターバレリーナが先頭に立ち、アイルトンシンボリがそれに続く。マーベラスクラウンも後方から必死に追い上げてくる。注目の1番人気ウイニングチケットは休養明けのせいか、エンジンがかからない。
実力馬たちによる熾烈な争いのなか、抜群の手応えで外から上がってきたのが、ナイスネイチャである。まったくの馬なりで先頭集団に並びかけるレースぶり。いつもは一歩足りないこの馬が、そんな戦績を微塵も感じさせないような走りを見せた。
「今日のナイスネイチャは違うかもしれない」――この時点で、そう感じたファンも多かったのではないだろうか。
実際、ナイスネイチャの勢いはまったく衰えず、鞍上のアクションに応えて先頭のスターバレリーナをかわして、そのままゴールに飛び込んだ。勝利から見放されていたような馬が、この日は完璧なレースで白星をつかんだ。
名脇役というポジションに定着していたナイスネイチャが、ついに主役になったのだ。場内からは自然と拍手が湧いた。
その後も13戦をこなしたナイスネイチャだが、このレースが最後の勝利となった。通算成績は41戦7勝、2着6回、3着8回。3着の多さから「ブロンズコレクター」とも称された。
そうして引退後、ナイスネイチャは思わぬ形で注目を集めるようになる。
ナイスネイチャが亡くなったあとも同イベントは継続され、2025年には5000万円以上の寄付が集まったという。現役時代の名脇役が、引退後に主役へ。数奇な運命を辿ったナイスネイチャは、いまだにたくさんの人に愛される名馬である。