巨人・小林誠司インタビュー(後編)

【心のなかにもうひとりの自分がいる】

 プロ12年目となる2025年シーズン、小林誠司はファームで開幕を迎えた。6月に一軍登録されたものの、後半戦スタートとなる前日、7月25日には再びファーム行きを命じられた。それでも、小林は「決してあきらめることも腐ることもないし、これまでもあきらめたことも腐ったこともない」と言い切った。

「僕自身、まだまだ試合に出たいし、勝ちたいです。少ないチャンスで結果を出せば、また少しずつ出番も増えてくるはず。その気持ちは忘れないようにしています。自分が出られないとき、グラウンドで頑張っている選手を見ていると、負けたくないという思いになります。今、この状況において、あきらめたり、腐ったりするのはすごく簡単なことだと思うんです。でも、僕はそうじゃないところを見せたい」

巨人・小林誠司が若手の手本として歩む36歳の現在地 「どんな...の画像はこちら >>
 それまで、穏やかな口調で語っていた小林の言葉に熱がこもる。

「今、36歳ですけど、この年になっても一生懸命頑張っているとか、カラ元気でもいいから、元気で頑張っているとか、そういう姿を見せることができれば、若い選手にも、『オレたちももっと頑張ろう』と思ってもらえるかもしれない。そんな気持ちもあるし、『まだまだ若い選手には負けないぞ』という気持ちもあります。だから、あきらめたり、腐ったりすることはないですね」

 ここまでの発言にはすべて「若い選手の手本となりたい」という思いが透けて見えた。実際に、小林は気がついたことがあれば、臆することなく、若い選手に対して苦言を呈している。

 記憶に新しいのは、昨年のリーグ制覇の瞬間、マウンド上の大勢が歓喜の表現としてグラブを投げ上げたことに対して、「子どもたちが真似をするからやめろ」と注意したことが思い出される。

「あぁ、あの場面ですね(笑)。

ようやくつかんだ優勝の瞬間ですから、うれしいのはわかります。だけど、心のなかにもうひとりの自分がいれば、決してあんなことはしないと思うんです。だって、子どもが真似をするじゃないですか。じゃあ、あのグラブは誰が拾いに行くんですか? 常にもうひとりの自分に見られているんだという意識を持っていれば、振舞いも変わってくると思うんです」

 そして小林は、「僕はサードベース付近にミットを置いてからマウンドに向かいました」と続けた。「もうひとりの小林さんが見ていたからですか?」と問うと、「そうです」と静かに言った。

【全身が震えるほど緊張した】

 なかなか出場機会に恵まれない日々が続くなか、ついにチャンスが訪れた。5月24日に一軍昇格、6月13日のオリックス・バファローズ戦で今季初出場。そして6月20日、埼玉西武ライオンズとの交流戦で、小林は今季初めてスタメン起用された。この日を振り返ってもらうと、彼の口元から真っ白い歯がこぼれた。

「僕は普段から、試合前にはめちゃくちゃ緊張して、震えたりするんです。何年経っても、毎試合そうです。でも、あの日は、それが特にひどかったんです(笑)」

 試合前のキャッチボールの段階からすでに「異変」が現れていたという。

「あの日は、当たり前のことが当たり前にできないんです。

キャッチボールでは、全然思ったところに投げられない。いや、そもそも感覚が違うんです、いつもと。それぐらい緊張していたし、実際に震えていました」

 そして、率直な思いを口にした。

「この日の気持ちは、『よし行くぞ』という思いと、『もしもこのチャンスを逃したら......』という不安が半々ぐらい......、いや、正直、不安の方が大きかったですね。でも、試合が始まるまではいろいろなことを考えて不安になるけど、試合が始まってしまえば、これまで自分のやってきたことを信じるしかない。『あとはグラウンドで思いっきりプレーしよう』という思いだけでした」

 この日、小林の名前がコールされると、東京ドームが揺れるような大歓声が起きた。「この時の心境は?」と尋ねると、心からの笑顔で小林は言った。

「本当にうれしかった。『ここまで頑張ってきてよかった』と思いました。これから先も、どんなところでも、どんな役割でも、一生懸命、全力でプレーする。そのスタンスはずっと変わらずにやっていきたい。そんな思いが、あらためて強くなりましたね」

 たしかに、出場機会は激減している。

しかし、だからこそ彼が出場する際の「小林コール」は球場を揺るがすような迫力に満ちている。そんなことを指摘すると、照れたように小林は笑った。

「岡本(和真)が復帰したら、すぐにかき消されてしまいますよ(笑)」

 この日、一番の笑顔を見せて、小林は言った。

【自分のやるべきことは必ずある】

 セ・リーグは現在、阪神タイガースの独走状態が続いている。リーグ連覇を目指すジャイアンツは必死に食らいつく。ファームで汗を流す小林もまた、まだまだ首位奪取を目指して懸命に汗を流している。

「まだまだ阪神のあとをついていきたいと思います。下位チームとの差も少しずつ縮まってきているけど、下を見るよりは上を向いてやっていきたいです。チームとしては若い選手にもっともっと出てきてほしいし、そのなかで、僕自身も少ないチャンスをモノにして、しっかりと結果を出していく。試合に出ていない時も、自分の役割をきちんと見つけて、しっかりバックアップしていく。どんな場合でも、自分のやるべきことは必ずありますから」

 やはり、ここでも「若手の奮闘に期待したい」という小林の姿勢が透けて見える。自身のことよりも、チームのこと、若手のことを最優先に考える姿が強く印象に残るインタビューが続く。

あらためて、後半戦への意気込みを聞くと、その表情がさらに引き締まる。

「いい時も、悪い時も、ファンのみなさんからの声援はハッキリと聞こえています。今はタイガースにちょっと離されているけど、少しずつゲーム差を縮めて、『絶対にひっくり返してやるぞ』という強い気持ち、あきらめない気持ちは全員が持っています。若い選手も台頭してきて、これからチームはもっともっと強くなります。その姿をぜひ見ていただいて、これからもジャイアンツを応援してください」

 やはり、最後まで「若手の台頭」を期待する発言が続いた。自身の成績を追い求めつつ、同時に若手選手たちの奮闘、成長にも期待する。それが、2025年シーズン、小林誠司の現在地なのだろう。試合開始が近づいてきた。インタビュー終了間際、小林は言った。

「こんな話で大丈夫ですか? 口下手なんで、何とかうまくまとめてください」

 その瞬間、取材現場には実に温かい空気が流れた。他者を気遣う優しさ、それもまた小林の大きな魅力なのだと、あらためて気づかされた瞬間だった。若手の成長に期待しつつ、自身のため、チームのために最善を尽くす。

一軍復帰を目指し、汗を流す。小林誠司、36歳。さらなる挑戦の日々は続く──。


小林誠司(こばやし・せいじ)/1989年6月7日生まれ、大阪府出身。広陵高から同志社大、日本生命を経て、2013年ドラフト1位で巨人に入団。強肩の捕手として活躍し、16年から4年連続してセ・リーグの盗塁阻止率トップを記録。また菅野智之とのバッテリーは「スガコバ」と呼ばれ、最優秀バッテリー賞を2度受賞。17年には侍ジャパンの一員として第4回WBCに出場し、攻守で活躍した。近年は出場機会を減らしているが、リーダーシップと高い守備力でチームに貢献している

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