スターダム 上谷沙弥インタビュー 後編

<前編を読む>アイドル時代には届かなかった「センター」の座を掴んだスターダム上谷沙弥 「神様はいるんだね......」>>

 2023年7月、試合中に左ひじを脱臼して長期欠場となった上谷沙弥。リングから離れた期間、彼女は自らのプロレスと向き合い、のちにある決断を下す。

それは、誰もが予想だにしなかった「ヒールターン」。なぜ彼女は"悪"の道を選んだのか。そして、ヒールとして覚醒したのちに、引退をかけて戦った中野たむとの「究極の試合」で何を感じたのか。その胸中に迫る。

上谷沙弥が語るヒールターンと、中野たむとの敗者即引退マッチ「...の画像はこちら >>

【自分の背中を追ってきた玖麗さやかに思うこと】

――上谷選手はハイフライヤーとして活躍していましたが、長期欠場中にファイトスタイルのことも考えましたか?

上谷:そうだね。「このファイトスタイルでどこまでやれるのか」「このままずっと飛び続けられるのか」とか、プロレスをいつまで続けるのかも含めて、本気で考えたよ。「自分を変えるタイミングがきた」と思ったし、のちのヒールターンのきっかけになった。自分の代名詞である空中殺法にとらわれなくていいや、無理に"いい子"でいなくてもいいやって割り切ることができたんだ。欠場期間は、自分のスタイルを見直す大きなターニングポイントだったね。

――2023年11月28日に復帰。12月25日には新人・玖麗さやか選手の指名を受けてデビュー戦の相手を務めました。

上谷:重要な役割だからもちろん自分自身も緊張感もあったけど、私が浮ついていたら玖麗はもっと不安になるから表には出さなかったし、「絶対にブレない」って決めてた。デビュー戦の玖麗が安心して全力でぶつかってこられるように、こっちは冷静でいる必要があるからね。

――その玖麗選手とは、今年の5月にも赤いベルト(ワールド・オブ・スターダム王座)をかけて戦い、勝利しましたね。

上谷:玖麗は、私に憧れてプロレスラーを目指したらしい。デビューの時には、「いつかベルトをかけて戦いたい」って話していたよ。でも、まさかこんなに早く、赤いベルトに挑戦してくるとは思わなかった。玖麗はどこかフワフワしてて、もう少し時間かかると思ってたから。

 だから、デビューから1年4カ月でシンデレラ・トーナメントを制覇し、挑戦表明した時は感慨深いものがあったね。私が持っていた、デビュー1年11カ月でのシンデレラ・トーナメント制覇という最短記録を塗り替えたことも驚いたけど、同時に「よくここまで来たな」って。

――その玖麗選手に、昔の上谷選手の姿を重ねたファンも多いと思います。

上谷:そうかもね。私も赤いベルトに挑戦するまで早かったし。玖麗の挑戦が決まって賛否両論あったかもしれないけど、試合で魅せてしっかり認めさせたよね。でも、まだこれからっていうのは、玖麗自身もわかってると思うし、大切なのは「玖麗さやか」というレスラーが、ここからどんな存在感を発揮していくかだよね。

中野たむが引退した今、ベビーフェイスで誰が台頭していくか......すごく楽しみにしてるよ。

【黄金世代との別れ、そしてヒールへ】

――2024年3月に林下詩美選手がスターダム退団を発表。4月12日にラストマッチとして、"黄金世代"と言われた4人でのタッグマッチ(林下&上谷vs舞華&飯田沙耶)が行なわれました。

上谷:あの時の試合の空気は、今でも覚えてる。林下詩美は2歳年下だけどキャリアは1年先輩。あの人だけは、私が弱いところを見せても黙って受け止めてくれた。私は何かあれば、すぐに頼ってた。だから、スターダムからいなくなるって聞いた時に押し寄せてきたのは不安だった。「私はひとりでやっていけるのか」って気持ちが大きかったね。

――林下選手が退団したあと、コスチュームのメインカラーを赤にし、ユニットのQueen's Quest(クイーンズ・クエスト)を背負う覚悟を示したように見えました。

上谷:あの時に赤を選んだのは、「林下詩美の意志を背負う」という意味もあったけど、それだけじゃない。「赤いベルトを巻く」って信念も込めて赤にしたんだ。

――2024年5月19日には、プロレスリングWAVEに初参戦。

他団体への出場はいかがでしたか?

上谷:スターダムのリングだけでは見えない景色があったから、刺激しかなかったね。「プロレスって、こんなにも多様なんだな」って気づかされた。特にWAVEは"コミカル"な戦いもあるし選手のキャラも濃いから、レスラーとしての引き出しが一気に増えたよ。その経験が新しい"武器"になったね。

――昨年6月22日には、「Queen's Quest vs 大江戸隊」の完全決着戦があり、敗れたQueen's Questからは上谷選手以外の選手が"強制脱退"する形となりました。

上谷:あの時は「Queen's Questのリーダーとしてやっていく」と心に決め、メンバー全員を背負う覚悟で戦いに挑んだ。だから負けた時の悔しさは言葉では言い表せない。背負うと言いながら、仲間を守れなかった。

 ただ、リーダーとして全部守っていこうって気持ちもあったと同時に、「すべてをぶち壊して、自分自身をイチから変えたい」という気持ちもあって葛藤してたね。

――その気持ちが爆発したのが、2024年7月28日の札幌大会のメイン、舞華選手と刀羅ナツコ選手によるワールド・オブ・スターダム王座戦でしょうか。上谷選手は舞華選手のセコンドを務めていましたが、相手の刀羅選手の勝利をアシストしました。

上谷:そう。

舞華さんが技を決めた瞬間、私は迷いなくレフェリーの足を引いてカウントを阻止してた。あれがすべての終わりで、すべての始まりだったね。いろんな感情がグチャグチャになって、「H.A.T.E」への加入を決めたんだ。

――まさかのヒールターンでしたね。

上谷:ヒールターンした直後、SNS上ではみんな「無理だ」「似合わない」とか言いたい放題。でも、逆に火がついた。言われたことすべてをエネルギーにして、全部をひっくり返してやるって心に誓ったよ。

――ヒールターンしてから約1年が経ちますね。

上谷:ベビーフェイスの頃は「ちゃんとしないと」「真面目でいなきゃ」って、どこか縛られていた自分がいた。でも、今は嫌われて当然。ヒールにとって、ブーイングは声援と同じ。嫌われるのが怖くなくなったから、自分のなかでリミッターが外れて、やっと自由にプロレスができるようになった。

 昔は代名詞だった空中技も、やってもいいしやらなくてもいい。悪いこともするし、メチャクチャやりたい放題。今が一番、"上谷沙弥らしい"プロレスができてるよ。

【「私が"闇"なら、中野たむは"光"」】

――2024年12月、中野たむ選手から念願の"赤いベルト"を奪取しました。

上谷:中野たむとはデビューの頃からアイドル活動も一緒で、"師匠と弟子"って関係だった。でも私は、5★STAR GPで戦った時に左ひじを脱臼したのを口実にして、「全部お前のせい。だったら、お前の大事なもの全部、私が奪ってやる!」ってなった。完全に言いがかり。試合では脱臼の記憶を思い起こさせるようにケガをしたふりして、油断させて赤いベルトを奪った。全部、私の思いどおりになったね。

――そして2025年4月27日、中野たむ選手と横浜アリーナでの「敗者即引退マッチ」が行なわれました。

上谷:3月3日の後楽園ホールで"敗者退団マッチ"があって、私が勝ったけど彼女は引き下がらなかった。「これで終われない、すべてをかける、引退をかける。

だからその赤いベルトが欲しい」って。だから私も受けて立った。

 赤いベルトと引退、全部をかけて戦った。お互い、プロレスに人生をかけたからこそ、あそこまでいけた。中途半端な相手だったら、あんな試合にはならなかったよ。

 正直、プロレスがなければ私には何も残らない。だから絶対に、赤いベルトもスターダムの頂点も譲る気はないよ。横浜アリーナという大きな会場で、満員のお客さんのなかで極限の試合ができたことは、プロレスラーとして大きな財産になった。そして、プロレスラーとしてだけでなく、自分自身の人生に刻まれる一戦だったね。きっと、中野たむもそうだと思う。

上谷沙弥が語るヒールターンと、中野たむとの敗者即引退マッチ「ここまで私を連れてきたのは間違いなくあの人」
中野たむについて語った上谷 photo by Tanaka Wataru

――今振り返ると、中野たむ選手はどんな存在でしたか?

上谷:私にとって中野たむは"光"。プロレスの世界に引っ張ってきたのも、私が迷いながら踏み出した時も「上谷なら絶対スターになれる」と背中を押してくれたのも、たむだった。引退マッチで私に負けてリングを去ったけど、ここまで私を連れてきたのは間違いなくあの人。私が"闇"なら、中野たむは"光"なんだ。

【上谷が描くスターダム、女子プロレスの未来】

――今後の目標は?

上谷:今年はメディアに出演していることがスターダムの観客動員にもつながっているから、出られるものは全部出て、暴れまくりたい。今の目標は、スターダムで東京ドーム興行を成し遂げること。これは中野たむの夢でもあったんだ。アイツのすべてを私は奪ったから、夢まで奪ってやったよ。いつか東京ドームを、黒色に染めてやる!

――海外進出は考えていますか?

上谷:私個人では海外は考えてない。スターダムで黒く光り輝きたいね。

――上谷選手を見たければスターダムを観ればいい、ということですね。

上谷:まあ、そうなるよ。今、団体最高峰の赤いベルトは私の腰にある。今の目標は、世間の目をスターダムに集めること。そして団体が、世界一の規模に成長すること。プロレスラーは人に見られる仕事だし、たくさんの人にプロレスを知ってもらいたい気持ちが強いね。

 女子プロレスは「昭和で止まっている」と、すごく実感している。でも今年に入って、ようやく"今の女子プロレス"を観てもらえるようになってきた。プロレスが、野球やサッカーなどに肩を並べて、手軽に会場に足を運べるようなものにすることが私の目標だ。

 2025年も残り半年。しもべたちに"史上最大の悪夢"を見せてやるから、お前ら、これからも私から目を離すなよ!

【プロフィール】

上谷沙弥(かみたに・さや)

1996年11月28日生まれ、神奈川県出身。子どもの頃からダンスに励み、アイドルの活動もしていたが、2019年にプロレスの世界へ。同年8月10日に後楽園ホールでの渡辺桃戦でデビューし、12月8日には「ルーキー・オブ・スターダム~2019年新人王決定トーナメント~」で優勝。2020年7月26日には林下詩美とのタッグでゴッデス・オブ・スターダム王座を獲得し、2021年6月12日にはシンデレラ・トーナメントで優勝。そして2021年12月29日には中野たむから白いベルト(ワンダー・オブ・スターダム王座)を奪取し、最多連続防衛記録15回を達成。2024年7月にヒールターンし、同年12月29日には中野たむから赤いベルト(ワールド・オブ・スターダム王座)を奪取した。

編集部おすすめ