短期連載 プロ野球の「投高打低」を科学する
証言者:中村剛也(埼玉西武ライオンズ) 前編

 近年プロ野球の"投高打低"の傾向について、打者はどう感じているのか。プロ24年目を迎えたベテラン、西武の中村剛也に聞く。

 通算480本塁打を超えたスラッガーとすれば、"打低"という表現は心外かと思われるが、まず現実を問うべく「去年は日本人の3割バッターがひとりだけになって」と切り出した。その途端、中村は「え~っ、そうなんですか?」と驚きの声を上げた。

 こちらがはっきり「去年」と発しなかったせいか、中村は「今年、今のところひとりだけ」と受け取ったようだった。実際には、ひとりだけというわけではない。あらためて「去年はソフトバンクの近藤健介選手だけでした」と伝えると、「あっ、そうそう」と納得した様子で、驚きは消えた。

 とはいえ、3割打者の極端な減少については、一選手としてやはり気になっているようだった。そんな中村に話を聞こうと考えたのは、「飛ばない」ボールの影響をどう見ているのかを知りたかったからだ。

なぜプロ野球は「投高打低」の時代に入ったのか 西武・中村剛也...の画像はこちら >>

【スピンがかかりづらくなった】

 昨季開幕直後、「今年のボールは飛ばない」という選手や関係者の声が数多くマスコミで伝えられた。「飛ばない」と言えば、2011年から導入された統一球だ。

 両リーグ合計の本塁打数は前年の1605本から11年は939本、12年は881本と激減した。のちの検証で、ボールの反発係数が基準値以下だった事実が判明。問題となった経緯はここでは省くが、中村はその「飛ばない」と言われた統一球でも飛ばした。

 2011年、中村は両リーグで唯一の40本台となる48本塁打。

12年はパ・リーグトップの27本を放ち、2年連続で最多本塁打のタイトルを獲得した。飛ばない統一球も関係なかった感のある打棒について、中村は当時、「飛ばないという意識をなくしただけです」とコメントしていた。では、実際に飛ばない感覚はなかったのだろうか。

「どうですかねえ。そこまで飛ばないって感じなかった。多少は『飛距離は落ちたのかな』っていう感覚はありましたけど、僕はそんなになかったですね」

 2011年6月、中村は左手甲に死球を受けた。左手がほとんど使えないなかで本塁打が出て、右手で押し込む感覚をつかめた。その後にどん詰まりが本塁打になり、心に余裕ができた──。それからボールは関係なくなったともコメントしているが、昨季の「飛ばない」ときはどう感じていたのか。

「なんですかね......打った打球にバックスピンがうまくかからない感覚はありましたね。ただ、NPBは別に何も変えていないということを発表しているわけですから、ほんとのところはわからないんですけど。でもちょっとスピンがかかりづらくなって、浮力がかからずに棒球みたいな打球が多いなと。

ほかの人の打球を見ていても、少し思いましたね」

 ボールの中心よりやや下を上から叩き、バックスピンをかけることで打球を飛ばす。これは、中村が長年続けてきた打ち方だ。しかし、今シーズンはその打ち方で打っても、これまでとは違う感覚があった。となると、ボールに何らかの変化があった可能性も考えられる。たとえ反発係数が基準値内であっても、縫い目が高ければ空気抵抗を受けやすくなり、打球の失速につながるという。ただ、今年は「ボールが飛ばない」という声は伝わってこない。

「あんまり言わなくなってますね。でも、『ボールが飛ばない』というより、ピッチャーの投げるスピードボールが速くなったり、変化球もいろんな種類があったりして、ほんとにバッターは難しくなっていると思うんです。今年もホームランはそんなに出てないですし」

【速い球が一番打ちづらい】

"投高"に関して、中村は投手のレベルが上がったと感じている。大阪桐蔭から2001年のドラフト2位で西武に入団して4年目の05年、22本塁打を放ってブレイクした。そこから20年間で、投手はどう向上してきたのか。

 2005年は両リーグ合わせて3割打者が24人、30本塁打以上が13人で、防御率1点台の投手はゼロ。今に比べれば"打高投低"だった。

では、当時の投球はどうだったのか。

「小さく変化する球が増えてきた頃ですね。外国人ピッチャーのツーシームとかシンカー系の球とか、あとはカットボールとかも出てきました。逆に今は、スイーパー系の大きく曲がるボールがちょっと多くなっているかな。でも、どうですかね......そんなに変わらないと思いますけどね。以前に比べてチェンジアップが増えたっていう感覚もないですし」

 中村自身への攻め方の変化もあったと思われるが、そのなかで顕著だったボールはあったのだろうか。ブレイクすれば相手に研究され、克服して本塁打を量産すれば、さらに研究され厳しく攻められることもあったのではないか。

「あんまり気にしないタイプなんで。どういう攻め方をされようと、ピッチャーはストライクゾーンに投げてくるわけですから。その球を『なんとか捉える』っていうふうに考えてやっていましたね」

 この考え方があるからこそ、長く第一線で活躍し、2019年には36歳で打点王に輝けたのだと思い知らされる。では「投手の球が速くなった」という件はどうだろうか。150キロを超すボールを投げる投手が増えたことで、難しくなった面はあるのだろうか。

「やっぱり速い球が一番打ちづらい。ふつうに考えて、ピッチャーが投げて、(捕手のミットに)着くまでの時間が短いので難しい。そこに緩い球が入ったり、速くて変化する球が入ったりとなると、余計に厳しくなりますからね」

【レベルアップする中継ぎ投手】

 打者が難しくなった要因として、特に挙げられるのが先発投手の降板後に登板する中継ぎ投手の存在だ。近年では、相手が負けている展開で出てくる"敗戦処理"的な投手でも球が速く、レベルは低くない。そのため、打者にとってチャンスが少なくなっているのが現状だ。

「そのとおりです。前はそうじゃなかったですから......。先発ピッチャー、勝ちゲームで登板するセットアッパーやクローザーは、今と比べてもそこまで遜色なかったと思うんですけど、そのほかで投げてくるピッチャーは全然違うと思います。

 ふつう負けた展開で投げる投手というのは、単純に力は落ちると思うんです。球速はもちろんですが、コントロールが少し甘くなったり、勝ちゲームのピッチャーよりも打てるチャンスはあると思うんですよ。でも、そういう投手は多くないですし、140キロそこそこのピッチャーはもういないので」

"打高投低"の時代を知るベテランにとって、「もういない」感は痛切と思われる。140キロ台前半のスピードであれば、打てるチャンスはまだ多かったはずだ。

ただ、球速表示と体感スピードの違いもよく言われることで、"160キロ"でも特別速いと感じない時もあると聞く。

「あります、あります。タイミングさえ合っていれば、155キロぐらいの球はそこまで速さを感じないときあります。でも、さすがに160キロは速く感じて、もう、タイミングもクソもないと思うんで(笑)。日本ハム時代の大谷翔平(ドジャース)とか、ロッテ時代の佐々木朗希(ドジャース)とか、160キロはやっぱり速かったですから」

 160キロになると、早めにタイミングを取らないといけない。だが、ほかに変化球があることを考えると、タイミングを合わせるのが難しくなるという。それは150キロでも変わらないだろうが、はたして打者にとって対策はあるのか。さらに中村に聞く。

(文中敬称略)

つづく>>

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