藤川敦也(延岡学園3年)の右手中指の指先は、赤黒く滲んでいた。
「マメというか、水ぶくれみたいになっていて、岡村(了樹/富島3年)にストレートを投げた時に破れました。
【名前の由来は古田敦也】
7月22日、夏季宮崎大会準々決勝。延岡学園の藤川は8回二死まで2失点と好投したものの、指先のアクシデントで降板する。チームは1対2で富島に敗れた。
九州きってのドラフト候補は、甲子園にたどり着くことはできなかった。試合後、藤川は涙を滲ませつつも、淡々とメディアの囲み取材に応じた。
身長184センチ、体重89キロ。「敦也」の由来は頭脳派捕手・古田敦也(元・ヤクルト)だそうだが、いかにも「九州の怪童」といったムードが漂う。
ただし、本人は「どちらかと言うと静かで、感情を表に出すタイプではありません」と語る。そのうえで、藤川はこう付け加えた。
「でも、その分、ピッチングではオラオラしていくというか、強気でいきます」
最速153キロの剛腕。そう聞くと、荒々しく力任せに投げ込むパワーピッチャーを想像するかもしれない。
だが、実像は違う。セットポジションで始動、バランスよく体重移動し、スリークォーターの角度でボールをリリース。
1球1球、丁寧に。指先から丹念に力を伝え、ボールを爪弾く様子が伝わってくる。そんな印象を伝えると、藤川はうなずきながらこう答えた。
「力感をなくして質のいいボールを投げることは、ずっと取り組んできたことでした。力感なく、強いボールを投げられたら、バッターは打ちづらいと思うので。持久力も持ちますし、ずっと目指していきたいです」
【ドラフト候補との対決には完敗】
そして、要所でギアを入れ替えられるのも、藤川の魅力だろう。富島には、岡村了介という大黒柱がいる。強肩強打の捕手ながら、俊足も武器にする。スカウト陣からも注目されるドラフト候補だ。
岡村が打席に入ると、藤川の球速は一段と増した。捕手の牛島虎太郎は「ちょっと燃えていましたね」と証言する。
「いいバッターですし、甘く入ったらホームランを打たれる。強いボールを投げようと思って、投げていました」
しかし、結果的にこの日の勝負は岡村の完勝だった。第1打席は、145キロのストレートをとらえられて左前安打。第2打席は118キロのカーブを豪快に弾き返され、中堅越えの適時二塁打。第3打席は右前打、第4打席は前述のとおり四球を与えている。全打席出塁されただけでなく、2盗塁を許した。
リードする牛島は、こんな後悔を口にする。
「今日はカーブとスライダーしか使わなかったんですけど、岡村にはフォークも使えばよかったです。藤川のフォークは140キロくらい球速が出て、ストレートの軌道から落ちる。2ストライクに追い込んでから、使うべきでした」
藤川を評する際、いつも枕詞のように使われるのが「ポテンシャルが高い」というフレーズだ。将来、さらに才能を花開かせる可能性は十分にある。
「昔から持っているものは周りより優れていると言われてきましたけど、もっとすごい人はいるし、足りないところはまだまだあります。石垣(元気/健大高崎3年)とか、関東や関西のピッチャーは、球速は150キロを超えるし、いい変化球があって、コントロールもいい。自分より大人のピッチングをしていると感じます。見習うべきところは、いっぱいあります」
【大阪桐蔭・森陽樹との違い】
今春に延岡学園の監督に就任した石田敏英監督は、藤川の潜在能力について「すごく高いと思います」と語る。石田監督は聖心ウルスラ学園の監督時代に、控え内野手だった田原誠次(元・巨人)の投手転向を後押しし、無名だった戸郷翔征(巨人)をスカウトしている。
さらに聖心ウルスラ学園聡明中の監督時代には、今やドラフト候補になった森陽樹(大阪桐蔭)を指導している。森と藤川を比較してもらうと、石田監督はこう答えた。
「森は中学生の頃は、キレのあるストレートを投げていました。藤川はどちらかと言うと、重くて強いボールを投げるタイプ。それぞれにボールの質が違いますね」
捕手の牛島は小学校(穂波ブルースカイ)、中学(ヤング北九ベースボールクラブ)、高校と藤川とバッテリーを組み続けてきた。牛島は藤川の球を受けられたことについて、「幸せでした」と総括した。
「小学生の頃から、『県大会にいいピッチャーが出る』と聞いても、実際に見てみたら藤川のほうがよくて。いつもレベルが違っていました。藤川のボールって、めちゃくちゃ伸びて、ドーンってくるっすよ。ピンチになるとギアが上がって、変化球まで速くなるんです。自分は性格的にイケイケなので、ピンチでもインコースを攻めたいんですけど、藤川はしっかりと投げてくれる。信頼しています」
どちらかといえば、牛島が主導してきたふたりの関係性。高校で道が分かれることになりそうだが、心配はないのか。そう尋ねると、牛島は快活に笑い飛ばした。
「大丈夫っしょ! あいつならやってくれるっす」
今後の希望進路を聞くと、藤川は淀みなく答えた。
「プロに行って、活躍して、メジャーに行くのが最終目標です。いずれはメジャーでプレーするために、一から全力でやっていきます。やらなきゃいけないことは、たくさんあるので。
藤川敦也の高校野球は終わった。だが、怪童の野球人生には、まだまだ開かれていないページがたくさん残っている。
次のページには、何が描かれているのか。それは、野球ファンや寄り添ってきた人間の希望でもある。