名前について聞かれるのは、もはやうんざりしているのでしょうか?

 西条・宇佐美球児(3年)に恐る恐る尋ねてみると、「いえ、そんなことないです」という反応が返ってきた。重ねて、自分の名前が気に入っているかを聞くと、宇佐美はやや困惑混じりに「一応......、はい」と答えた。

 球児という名前で問題があるわけではないが、自分から積極的にネタにするつもりもない。そんな意思が透けて見えた。

名前の由来は藤川球児 西条・宇佐美球児は甲子園出場ならずもラ...の画像はこちら >>

【6回までに12奪三振の快投も...】

「球児」という名前の由来は、父が高校球児であり、阪神ファンでもあったことに起因する。宇佐美は「小さい頃は阪神の試合を見に行っていました」と語った。

 藤川球児監督が就任して1年目。阪神タイガースの独走状態が続くなか、愛媛に「球児」という名前のドラフト候補が出現した。昨夏は2年生ながら、愛媛大会準優勝の立役者になっている。

 といっても、宇佐美は「本家」とは違い、左投手である。また、藤川監督は現役時代に「火の玉ストレート」と呼ばれた、ホップ成分の強い快速球を武器にした。一方、宇佐美のストレートはシュート成分が強いのが特徴だ。最高球速は143キロで、ドラフト候補としては驚くような数字ではない。宇佐美は「スピード面が課題です」と語る。

 7月25日、坊っちゃんスタジアムでの愛媛大会準々決勝・小松戦に、宇佐美は先発登板した。

小松の宇佐美秀文監督は、川之江、今治西、小松と公立3校を甲子園に導いた実績がある。試合前の会見で西条の宇佐美について問われた宇佐美監督は、「藤井(秀悟/元・ヤクルトほか)以来の素材でしょう」と、今治西での教え子を引き合いに出して称賛した。

 しかし、結果から先に書くと、宇佐美球児を擁する西条は1対4で小松に逆転負けを喫した。宇佐美は9回を完投し、被安打4、奪三振12、与四死球5、失点4、自責点1という成績だった。

 ただし、この数字には注釈を加えたい。12個の奪三振は、すべて6回までに記録したもの。そして、与四死球と失点はすべて7回以降に許したものだ。

 6回までの宇佐美と7回からの宇佐美は、まるで別人のようだった。

 立ち上がりは球速を常時130キロ台に抑え、制球重視で三者凡退。宇佐美は「9イニングを投げきるためと、相手が(ボールを)見てくると思って、慎重に入りました」と狙いを明かした。2回以降は「どんどん押していってもいいかな」と出力を開放し、スピードが140キロ台に乗ってくる。3回にはこの日最速となる142キロを計測した。

【新兵器・ツーシームも披露】

 宇佐美といえば、ウイニングショットのスライダーが知られてきた。しかし、宇佐美は今春以降、ストレートの球威向上に力を入れてきたという。

「4月に菅(哲也)先生が来られてから、『ストレートで押すことが大事』と言われてきました。スライダーを投げていれば抑えられますけど、上の世界で勝つにはストレートが大事になってきます。右バッターのアウトコースはもともと得意だったので、インコースをしっかりと突けるように練習してきました」

 そしてこの日、宇佐美は「新兵器」も披露している。ストレートの軌道から小さく落ちるツーシームである。

「夏に使うために、ずっと使ってなかったボールです。(リリーフ登板した)前回の試合でも、2球しか投げていません」

 ツーシームは130キロ前後の高速帯と、120キロ前後の低速帯で使い分けている。小松打線の意識がストレートとスライダーに向くなか、ツーシームは有効に作用した。投球術とコーナーワークが冴え渡り、宇佐美は4回表一死から4者連続奪三振をマークしている。

 0対0で迎えた6回表には、二死二塁のピンチを迎えたものの、右打者の秦遼太郎の外角へ139キロの快速球を投げ込む。ボールはシュートしながら外角へと収まり、空振り三振。ピンチを脱した瞬間、宇佐美はある違和感を覚えたという。

「左足のふくらはぎが、つったような感じがありました」

 宇佐美はそう振り返る。ただし、こうも付け加えた。

「でも、たいした痛みはなかったです。(治療後は)普通にピッチングできていたので」

 6回裏に西条は1点を先取し、あとは3イニングを守りきるだけ。そのプレッシャーがエースに重くのしかかる。7回以降、宇佐美のストレートは頻繁に抜け、スライダーは引っかけ、制御できなくなっていた。

「少し球が浮き始めて、それを抑えようとしてフォームのバランスを崩した感じです。なかなか点が取れないなか、抑えないといけない焦りから、体が突っ込んでフォームに影響したのかなと思います」

 守備の乱れもあり、西条は8回表に3点、9回表に1点を失う。試合はそのまま終わり、宇佐美の夏が終わった。

【今後の進路は未定】

 宇佐美が今年に掲げていた目標は、「甲子園出場」と「高卒で支配下でのプロ入り」。この日の敗戦で甲子園行きはなくなり、宇佐美は大粒の涙を流した。一方で、後者の実現も際どい状況になりそうだ。

 6回までに12奪三振という成績は鮮烈だった。ただし、今夏にアピールしたドラフト候補左腕と比べて、宇佐美の資質が飛び抜けて高いとは言いがたい。育成ドラフト指名でもプロ入りする意思があるかを聞くと、宇佐美は「まだ決めていません」と答えた。今後、進路について熟考することになりそうだ。

 出力面は課題ながら、言い換えれば「伸びしろがある」ということでもある。精度の高い変化球をコントロールできる技術面を高く買うスカウトもいるだろう。宇佐美が「勝てる投手」になれる素養は、十分に示せたはずだ。

 宇佐美球児の名前が、全国に知れ渡る日はくるのか。その歴史は、まだ始まったばかりだ。

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