ホンダF1・折原伸太郎 インタビュー前編(全2回)

 連戦となった第13戦のベルギーGPと第14戦のハンガリーGPを終え、F1はサマーブレイクに入った。ホンダとのパートナーシップ最終年を迎えているレッドブルは、マックス・フェルスタッペンが孤軍奮闘を続けているが、すでにドライバーとコンストラクターのタイトル獲得は難しい状況に追い込まれている。

 ホンダ陣営は、レッドブルの現状をどのように見ているのか。そしてサマーブレイク明けの後半戦でどう巻き返していくつもりなのか。今回、ベテランF1カメラマンの熱田護氏がホンダF1の現場責任者を務める折原伸太郎・トラックサイドゼネラルマネージャーにインタビューを行なった。

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【限界ギリギリを要求するレッドブル】

ーーレッドブルとホンダの現状を伺う前に、折原さんの仕事内容を簡単に教えてください。

折原伸太郎(以下同) 2023年からトラックサイドゼネラルマネージャーという肩書きで仕事をしています。ホンダは現在、レッドブルとレーシングブルズの2チームにパワーユニット(PU)を供給していますので、ホンダのスタッフは両チームにまたがって働いています。彼らを束ねる責任者というのがトラックサイドゼネラルマネージャーの役割です。

 私には今、もうひとつ役割があり、レースウィークはレッドブルのガレージに常駐し、PUのチーフエンジニアとして現場オペレーションのまとめ役を担っています。

ーー現場の仕事を担う前は、日本でPUの開発に携わっていたのですよね?

 日本ではチーフエンジニアとしてPUの開発に従事していましたが、F1のプロジェクトに関わり始めたのは2013年から。もともとF1がやりたくてホンダに入社し、チャンスとタイミングに恵まれて第4期の立ち上げメンバーに選ばれました。

ーーマクラーレンと組んで2015年にスタートした第4期は最初すごく苦労しましたが、2019年からレッドブルと組んで大きな成功を収めました。2023年シーズンはレッドブル・ホンダが22戦21勝という偉業を達成していますが、今シーズンになって再び厳しい戦いが続いています。

 昨シーズンの後半からレッドブルへ異動し、その頃からライバルが追い上げてきて苦労し始めていたのですが、2025年になって状況はさらに変化しています。

たとえばPUに対する要求も変わってきています。

 2022年も2023年もパフォーマンス向上要求はありましたが、リスクを取ってまで限界を攻めるという意思表示はありませんでした。

 でも、ライバルがだんだん追い上げてくると、多少、信頼性のリスクを取ってもいいのでパフォーマンスの向上を求められるようになってきています。PUにとって適切な温度に水やオイルを保つためには、吸い込む空気は多いほうがいいので、カウルの開口部を広げておきたいのです。でもチームとしては開口部が大きければ大きいほど空力性能が低下してラップタイムも落ちてくるので、それはやりたくない。

 ホンダとしては信頼性を確保するために絶対に超えてはいけないラインはあります。そのラインは死守しながら運用しています。ですが、レッドブル側からの要求は「PUの信頼性を確保できる限界ギリギリのラインに近づいてしまうけれど、あと一段階、カウルの開口部を閉めることができれば、ラップタイムが向上するがどう思う?」という感じに変わってきています。

【パフォーマンス優先で「危なかった」レースも】

ーー今シーズンはすでに中盤戦に入っていますが、レースを重ねるにつれてレッドブル側からの要求のハードルはどんどん高くなっている感じですか?

 そうですね。少しでもパフォーマンスを優先させる方向にいっていますし、求められるレベルもどんどん厳しくなっています。

ーーしかし、パフォーマンスを上げることに振りすぎて、PUの信頼性に関するトラブルが発生したケースはなかったですか?

 壊れたことはないですが、危なかったなというレースは何度かありました。オペレーションをするうえで、難しい例のひとつとしてトラフィックの影響があります。速いチームは前方を走ってトラフィックの影響を受けないのでPUの水温や油温は上がりにくい。

でも中団グループのトラフィックのなかで走ることが多くなると温度がどんどん上がっていって、PUにとってはよくない方向にいってしまいます。

 我々は信頼性の限界に対する位置づけを監視しながらオペレーションしていますが、今シーズンは中団を走ってそのままトラフィックから抜けられずに身動きが取れなくなるケースもあり、予想以上に温度が上がってしまったことはありました。

 どのイベントか具体的に申し上げられませんが、けっこう厳しいところまで温度が上がってしまい、冷えた空気を取り込むために前のマシンとの距離を取ってくれ、半車身だけマシンを横にずらして走ってくれとお願いしたことがありました。前のマシンとの車間を空けることだけは我々としても絶対にお願いしたくないのですが......。

【F1】苦境レッドブルの要求に変化「リスクを取っても限界ギリギリを...」ホンダ・折原伸太郎が明かす現場のせめぎ合い
今季は苦戦を強いられ戦い方が変化しているというレッドブル

ーーホンダは今、技術的にギリギリの戦いを続けているということですね。

 そうですね。あとペナルティに対する考え方もこれまでと変わってきています。各ドライバーが年間で使用できるPUの上限数は4基に定められており、規定数を超えて使用する場合はグリッド降格のペナルティが科されます。

 たとえ5基目のPUを投入してペナルティを受けることになったとしても、1基あたりの走行距離は確実に減らすことができ、信頼性のリスクを減らすことにつながりますし、フレッシュなエンジンを使えるメリットもあります。何よりもペナルティを受けて後方からスタートすることになってもマシンに速さがあったので順位を取り戻すことができました。

「トータルで考えると年間5基で運用したほうがいいよね」とレッドブルのメンバーと会話をしながらPUを運用していました。でも、今は全体的に競争力が拮抗しており、オーバーテイクも難しい状況になっているので、ペナルティを受けて後ろからスタートはしたくない。

基本的には年間4基でシーズンを乗りきろうという認識になっています。

【ベストな結果のために毎戦全力】

ーー今シーズンは全24戦で競われます。年間4基で戦うためには単純計算をすると、1基のPUで6レースを戦えれば、ペナルティなしで乗りきれます。新品と6レースを戦ったPUでは、どれくらい性能がダウンするものですか?

 そこは企業秘密ですが、性能劣化は確実にあります。ただホンダは他のメーカーに比べて劣化が少ないと言われています。具体的な数字は言えませんが、予選の順位で言えば、かなり接戦のところでポジションに影響が出るくらいのイメージになります。

ーーライバルを引き離し、チャンピオン争いを独走していた時代とは戦い方がかなり変わってきていますね。

 今シーズンのレッドブルは金曜日のフリー走行1回目と2回目でなかなかいいタイムが出なくて、夜の間に頑張ってリカバリーして土曜日の予選でタイムをひねり出してくる......というパターンが多い。

 我々ホンダのエンジニアは、毎戦エネルギーマネジメントのセッティングを事前にシミュレーションで用意し、金曜日のフリー走行でドライバーが実走しながら調整していく流れになっています。

 でもフリー走行と予選でのデータの乖離(かいり)が大きいというのは、データの合わせ込みが多少大変になってきますし、精度にも影響します。そういう細かい点を含めて大変なところはありますが、毎戦ベストの結果を出せるように全力を尽くしています。

後編につづく

【プロフィール】
折原伸太郎 おりはら・しんたろう/1977年、東京都生まれ。

ホンダF1第2期活動(1983~1992年)でのマクラーレン・ホンダの活躍を目の当たりにしてF1の世界に憧れ、2003年にホンダ入社。市販車用エンジンの開発に携わったあと、ホンダ第4期F1プロジェクトの立ち上げメンバーとして参画。イギリスの前線基地の立ち上げ、日本国内でのPU開発に携わり、2023年からトラックサイドゼネラルマネージャーを務める。2024年末からレッドブルでのPUのチーフエンジニアも兼任。

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