ホンダF1・折原伸太郎 インタビュー後編(全2回)

 ベテランF1カメラマンの熱田護氏が、ホンダF1の現場責任者を務める折原伸太郎・トラックサイドゼネラルマネージャーに直撃インタビュー。ホンダがPU(パワーユニット)を提供するレッドブルの今シーズン前半戦について振り返ってもらおう。

 レッドブルはアップダウンの激しいシーズンを送っているが、劣勢のなかでも驚異的なパフォーマンスを発揮するマックス・フェルスタッペンの強さの秘密、また悪戦苦闘する角田裕毅選手についても語ってもらった。

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【不思議だったリアム・ローソンの不調】

ーー2025年シーズン前半戦のレッドブルはいろいろな出来事がありました。とくにイギリスGP終了後、20年にわたってレッドブルを牽引してきたクリスチャン・ホーナー氏を電撃解任したのは世界中が驚きました。新たなチーム代表にはレーシングブルズのローレン・メキース氏が就任。折原さんはメキース新代表とはアルファタウリ(現レーシングブルズ)で一緒に仕事をしてきていますが、どんな方ですか?

折原伸太郎(以下同) どんなスタッフに対しても分け隔てなくフランクに接しているイメージです。とても気さくな方だと思っています。

ーー今シーズンのレッドブルはドライバーラインナップにも変更がありました。マックス・フェルスタッペン選手とリアム・ローソン選手のコンビで開幕を迎えましたが、ローソン選手はレッドブルのマシンで結果を出せず、わずか2戦でチームを去ることになりました。

 ローソン選手に何が起こっていたのかはわかりませんが、走り始めからフェルスタッペン選手とは明らかにペースが異なっていました。そして周回を重ねても、その差が全然埋まっていかなかった。

 レースペースに関してローソン選手は、「タイヤ交換して1周目はいいが、そのあと難しくなる」とよく話していました。それはエンジンの全開率から見ても明らかでしたが、なぜペースが落ちてしまうのか、その原因についてはPUサプライヤーの我々としてはわかりません。

ーーローソン選手は決して遅いドライバーではありません。

実際にレーシングブルズに戻ったあと復調し、結果を出しています。なぜレッドブルで速く走れなかったのか。間近で見て、どう感じましたか?

 私がアルファタウリで働いていた時(2023年)に彼がチームに入ってきて、走り始めからすごく速かったので、器用なドライバーだなという印象を持っていました。だからレッドブルのマシンもすぐに乗りこなすだろうと思っていたのですが、開幕前のバーレーンテストから苦戦している彼の姿を見て、すごく不思議に感じていました。

【角田裕毅はマシンに自信を持てない状況か】

ーーローソン選手は開幕2戦で結果を出せず、第3戦の日本GPからフェルスタッペン選手の新たなチームメイトとして角田裕毅選手がレッドブルのマシンに乗ることになりました。角田選手の第一印象はどうでしたか?

 日本GPでホンダがサポートする日本人選手がトップチームのレッドブルに乗るというのはすごく感慨深い瞬間でした。実際に鈴鹿サーキットを走り始めると、角田選手のタイムの出方は悪くなかったですよね。予選では少し苦労していましたが、いいタイムの出し方をしていましたので、これはいけるんじゃないかなと期待感を持ちました。

ーーただ現在に至るまでなかなか期待した走りができていないというのが現実だと思います。不運なアクシデントがあったり、マシンのアップデートが思うように進まなかったりといろいろ状況が重なっていますが、ローソン選手と同じような結果に終わったレースもありました。一方で、フェルスタッペン選手は2024年までと比べるとたしかに苦戦はしていますが、予選でポールポジションを獲得したり、何度か勝ったりしています。角田選手とのパフォーマンスの差はどこから生まれているのでしょうか?

 私もわからないというのが正直なところです。角田選手は、レッドブルでのデビュー戦となった日本GPは12位で入賞はできませんでしたが、タイムの出方がすごくよかった。

次のバーレーンGP(予選Q3進出・決勝9位入賞)とサウジアラビアGP(予選8位)も調子がよかった。いい形でレッドブルでのスタートをきれたので、ここまで苦戦するとは予想していませんでした。

 その原因がどこにあるのか、同じガレージにいて無線も聞いていますが、わからないです。ローソン選手の時と同じ答えになってしまいますが、クルマが自分のイメージどおりになっていないのはわかりますが、何が原因でそうなっているのかはわかりません。

 ただ昨シーズンまでの角田選手はいいタイムを出すまでにそれほど時間がかからなかったですよね。パッと乗って、すぐにいいタイムが出た。たとえば、急に雨が降ってきてコンディションが変わってもポンとタイムを出していましたが、そういう場面が少なくなっています。やっぱりマシンに対する自信を持てないということが影響しているのかもしれません。

【F1】角田裕毅の苦戦の裏側「決して腐っているわけじゃない。努力が実を結ぶ日が来る」ホンダ・折原伸太郎が語る
レッドブルのPUに関するチーフエンジニアを担うホンダF1の折原伸太郎・トラックサイドゼネラルマネージャー(右)

ーー僕がコース脇で撮影していると、アルファタウリやレーシングブルズの時代には予選でコースのギリギリまで攻めて、「カッコいいじゃん。いいタイムが出ているな」と感じるシーンが何度もありました。そういう時には実際にいいタイムが出ていたのですが、最近の予選アタックでは明らかにコースのギリギリまで攻めていない。けっこうスペースを残しているんですよね。

折原さんがおっしゃるようにマシンに対して自信が持てないのかもしれません。ただ、同じマシンに乗ったフェルスタッペン選手はポールポジションを獲ってくるわけです。

 フェルスタッペン選手が速いのは、やっぱりずっとレッドブルのマシンに乗っていることが大きいと思います。マシンは毎年モデルチェンジしますが、結局は延長線上で開発が行なわれています。多少おかしな挙動をしたとしても、フェルスタッペン選手にとっては想定の範囲内ということで済んでいる。

 角田選手はレーシングブルズからレッドブルへ移って違うマシンに乗って、その挙動に慣れていないのかもしれません。日本GPからレッドブルのマシンに乗り始め、まだ10戦ぐらいしかレースをしていません。マシンに対する自信度で言えば、フェルスタッペン選手とまったく違うはず。そのなかでトラブルやクラッシュなどで悪い流れになってしまうと、攻めきれない場面が増えているというのが私の想像ですね。

 でも角田選手は決して腐っているわけじゃなく、結果が出なくても担当エンジニアと遅くまでコミュニケーションを取って、少しでもクルマをよくしようと努力を続けています。そこはアルファタウリやレーシングブルズ時代と変わっていません。彼は結果が出ない時ほどエンジニアとよく話し込んで、次のレースに改善してきています。

そこは今も継続しているので、きっとその努力が実を結ぶ日が来るのではないかと期待しています

【フェルスタッペンのすごさとは?】

ーーあらためてフェルスタッペン選手の間近で仕事をしている折原さんに聞きたいのですが、彼はどこがすごいのですか?

 マシンに起こっている事象をすべて理解していることだと思います。セッションが終わったあと、チームのミーティングがあって、フェルスタッペン選手はマシンの状況をレポートしてくれるのですが、本当にこと細かく覚えています。

「あのラップでクルマの動きはこうだったけど、次のラップではコーナーのクリッピングポイントではこういう動きで、出口はこういう動きだった......」という感じで話してくれます。

 彼は時間が許せば、走り始めの1周目から全周回でマシンがどんな動きをしていたのかを説明できると思います。頭のなかでマシンがどんな動きをしているのかを完全に理解しているからこそ、エンジニアに対してどう直してほしいと的確に指摘ができます。そこが彼のすごさだと思います。

ーー2025年シーズンはフェルスタッペン選手のドライバーズタイトル5連覇と、コンストラクターズタイトルの奪還がかかっていましたが、タイトル争いは厳しい状況にあります。後半戦はどんな目標を持って戦うつもりですか?

 チーム側とは「チャンピオン争いは置いておいて、それぞれのレースでベストの戦いをしよう」と話しています。ホンダとしても同じスタンスで臨みます。それぞれのレースに対してしっかりと準備をして、最大限のパフォーナンスを発揮できるようにしたいです。それがうまくできれば、きっと結果に結びつくと思いますので、ぜひ応援してください。

終わり

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【プロフィール】
折原伸太郎 おりはら・しんたろう/1977年、東京都生まれ。

ホンダF1第2期活動(1983~1992年)でのマクラーレン・ホンダの活躍を目の当たりにしてF1の世界に憧れ、2003年にホンダ入社。市販車用エンジンの開発に携わったあと、ホンダ第4期F1プロジェクトの立ち上げメンバーとして参画。イギリスの前線基地の立ち上げ、日本国内でのPU開発に携わり、2023年からトラックサイドゼネラルマネージャーを務める。2024年末からレッドブルでのPUのチーフエンジニアも兼任。

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