Jリーグ創設前は日産自動車サッカー部として、以降はマリノスとして日本サッカー界をリードしてきた横浜F・マリノス。そんな名門が今季はながらく降格圏に沈み、一時は最下位にも。

悩めるトリコロールの問題を、長く密着取材を続ける記者が明かす──。

「マリノス、大丈夫?」
 
 今年に入ってからサッカー好きの友人や知人に会うたびに、何十回、何百回と同じことを聞かれてきた。その頻度は時とともに増えていったが、答えはいつも同じ。
 
「大丈夫じゃないから、この順位にいるんだよ」
 
 横浜F・マリノスは4月下旬にJ1の最下位に転落すると、約3カ月にわたってそこから抜け出せずに苦しんだ。筆者が2017年から同クラブを追いかけるようになってからはもちろん、クラブにとって史上最悪とも言える危機的な状況だ。
 
 日頃からJリーグを見ていない人々にも、マリノスが日本サッカー界を代表する名門であることは知られている。Jリーグ発足時に加盟した"オリジナル10"のひとつであり、そのなかでも鹿島アントラーズとともに、一度も降格を経験していない稀有な存在でもある。だから、筆者の職業を知っている地元の友達や飲み仲間から──その多くはサッカーにそれほど興味がない──「マリノス、大丈夫?」と聞かれるのだ。そのたびに、事の重大さをより強く実感する。

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 今季は再びタイトルを狙えるチームを作るべく、強化体制と指導体制を一新してスタートした。久しく不在だった強化責任者として西野努氏がスポーティングダイレクター(SD)に就任し、その西野氏がスティーブ・ホーランド新監督を選任。イングランド代表でギャレス・サウスゲイト監督の右腕を務め、チェルシー時代には数々の名将たちを支えてきた指導者への期待は非常に高かった。

 
 ホーランド監督が最初に目指したのは「失点を減らすこと」だった。9位フィニッシュだった昨季はリーグで3番目に多い61得点をマークした一方、62失点は下から4番目。J2に降格した3クラブとそう変わらない失点数を記録した守備陣を改善すれば、タイトルを争えるというのが新指揮官の見立てだった。
 
 西野SDとともに昨年のうちから新天地での挑戦に向けた準備をしてきたホーランド監督は、新システム「3-4-3」の導入を宣言し、シーズンオフの補強や編成もその戦術に合わせて進められてきた。

ホーランド監督の誤算と低下する求心力

 ところが、蓋を開けてみると理想と現実の大きなギャップが露わになった。ホーランド監督はプレシーズンキャンプ中から丁寧に新システムの落とし込みを進めてきたが、練習試合をやってみると思ったように機能しない。結局、開幕してすぐに、じっくり仕込んできたはずの3-4-3を捨て、昨季までと同じ4-2-3-1へと回帰していくことになる。
 
 この迷走が、選手からの信頼を損ねる原因のひとつになった。3-4-3の導入によって間違いなく守備への意識は高まり、自陣ゴール前での粘り強さには明らかな改善が見えた。
 
 一方で"失点を減らすこと"に意識が向きすぎ、肝心の攻撃で正しい方向性を示せずにいた。マリノスの武器だったはずの攻撃力が失われ、守備に奔走するばかりでボールに関わる機会が減った前線の選手は不満を溜めていく。リーグ開幕戦でPKによる1点を決めて以降、ゴールから遠ざかった昨季J1得点王のアンデルソン・ロペスは、公然と不満を口にするようになり、新体制で出場機会が激減した同胞のエウベルとともにモチベーションの低下を隠せなくなっていった。
 
 なぜチームのバランスが崩れてしまったのか──。

ある日の練習後、5年ぶりにマリノスに復帰したGK朴一圭と話していると、彼がポロッとこぼしたことがあった。
 
「キャンプでやったロアッソ熊本との練習試合で、PKにつながった僕のパスミスがありましたよね。あの後、ロッカーで結構怒られたんですよ。それでチーム内に『あのプレーはダメなんだ』という意識が生まれ、できるだけリスクを冒さないようプレーするようになってしまった気がするんです」
 
 1月26日に35分×3本で行われた熊本戦の1本目終了間際、1点リードの状況で朴は狭いスペースに速い縦パスを刺した。受け手がそのまま反転できれば一気にチャンスにつながりそうな場面だったが、遠野大弥がコントロールを誤ると、熊本のカウンターを自ら止めようとしてPKを与えてしまう。結局、それを決められて1-1で2本目へと向かうことになった。
 
 直後のロッカールームでは、ホーランド監督が「勝ちにこだわってほしい。勝ち癖をつけることが重要だ」と選手たちに訴えかけた。朴に対しても「勝っている状況で折り返せたのだから、わざわざ難しい状況を作るのではなく、もっとシビアに判断してほしい」という要求があった。
 
 指揮官としては、練習試合でも公式戦と同じ水準で勝利にこだわる姿勢を見せて欲しいと伝えたかったのだろう。しかし、実際はプレシーズンだからこそできるはずのトライに意欲的だった選手たちを萎縮させてしまい、影響は長く尾を引くことになる。

守備陣にケガ人が続出し、春には降格圏へ

 シーズンが開幕すると、マリノスは上海申花と上海海港を磐石の戦いで破り、AFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)のリーグステージを順調に突破する。

そして公式戦9試合でわずか4失点と、課題だった守備面の改善には一定の成果が出た。ところが、攻撃の停滞感がどうしても拭えない。
 
 ボールを保持していても効果的に前進できるシーンはほとんど見られず、特にリーグ戦ではまともにシュートを打たせてもらえないまま勝利を逃す試合が続いた。するとACLEで準々決勝進出を決めた3月中旬以降、チームは泥沼にはまっていく。
 
 ACLEファイナルズ参戦のために、いくつかのリーグ戦が延期や前倒しになって週2試合ペースの連戦に突入すると、ローテーションを確立できなかったことの影響も出始めた。シーズン開幕からほとんど同じメンバーで連戦をこなすなかで、とりわけディフェンスラインに負傷者が続出。疲労によりパフォーマンスが低下した選手も増え、失点がかさんでいった。
 
 代表ウィーク明けの3月29日に行なわれたJ1第7節ファジアーノ岡山戦からの4試合で2分2敗と低迷し、マリノスはついに降格圏へ転落する。3-3で引き分けた4月9日のJ1第5節延期分・川崎フロンターレ戦では、守備陣をフル稼働で支えていたジェイソン・キニョーネスも負傷交代し、暗雲が立ち込めた。
 
 いよいよホーランド監督解任か......。そんな空気が生まれつつあったフロンターレ戦直後の4月10日、西野SDが報道陣の取材に応じる機会が設けられた。

(つづく)
>>横浜F・マリノスの苦悩の根深さを分析

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