人間は「第一印象」に引きずられやすい。ポジティブな印象ならまだいいが、ネガティブな印象だと、のちのちまで尾を引くケースがある。
しかし、なかには別人のように進化して、驚かされることもある。今夏に沖縄尚学(沖縄)の2年生左腕・末吉良丞(すえよし・りょうすけ)を見た時、それを思い知らされた。
【3安打14奪三振で金足農を完封】
8月6日、甲子園1回戦・金足農(秋田)戦を迎えた末吉は、インパクト十分の投球を見せる。9回を投げ抜き、被安打3、奪三振14、与四死球0の完封勝利。金足農の投手陣も好投したため、1対0とクロスゲームにはなった。だが、この日の末吉なら何イニング投げても、高校生が得点を奪うのは難しいのではないか。そう思わせるような、圧巻の内容だった。
試合後、末吉はテレビ中継社のインタビューに、こんな感想を語っている。
「春はピッチャーが点を取られすぎて負けて、悔しい思いでいたので。夏は完封勝利ができてうれしいです」
今春のセンバツに出場した末吉は、1回戦で青森山田(青森)から3失点、2回戦で横浜(神奈川)から5失点を喫している。とはいえ、青森山田戦は昨夏の甲子園ベスト4を経験した強打者が複数残るなかでの完投勝利。横浜戦はリリーフとして最低限の仕事をし、チームとしては7対8と今春王者を最後まで苦しめた。
今春のセンバツで末吉を見た時点で、筆者は「昨秋より、ずっとよくなっているな」と感じていた。
筆者が初めて末吉を取材したのは、昨秋の明治神宮大会。当時、「沖縄に1年秋の時点で最速150キロを投げた左腕がいる」と聞いて、胸が躍った。しかし、実際に末吉の投球を見て、肩透かしにあった気分になった。
球速は常時130キロ台。特別な長所を感じる球質でもない。当時の末吉から「最速150キロ」をイメージすることは、とてもできなかった。
むしろ変化球をうまく使う、技巧派の印象を受けた。試合後の取材でも、末吉は目指す投手像として宮城大弥(オリックス)の名前を挙げている。
寒風が肌を刺す神宮から、太陽が肌を焦がす甲子園へ。1年足らずで見た末吉は、同一人物とは思えなかった。
【右打者に効果的だったシュートハイ】
そう言えば、と思い当たる節があった。沖縄尚学の比嘉公也監督が金足農戦直前の会見で、こう語っていたのだ。
「真っすぐの力強さと変化球のスピード感が出てきています。ムキになってボールをふかす悪いクセが出なければ、成長したところを見せられると思います」
実際には「成長」どころではなく、「変身」と言ってよかった。
この日、最速146キロを計測したストレートは、球速もさることながら、球威が見違えるように向上していた。捕手のミットを「バチィッ!」と強く叩くストレートは、金足農打線にまともにとらえさせなかった。
なぜ、ここまで球威が向上したのか。試合後に尋ねてみると、末吉は落ち着いた口調でこう答えた。
「夏に向けて投げ込みをしたのと、春に甲子園で体格差を感じて体づくりをしたことが一番だと思います。春と違って真っすぐに威力が出て、安定感が出てきました」
とくに強烈に印象づけたのは、右打者の外角高めへのストレートだった。外角に向かってシュートしながら、浮き上がるような球筋。末吉は「シュートハイ」と表現した。
「シュートハイを外に浮き上がらせて、空振りを取るイメージで投げています。今日はボールが抜けることなく投げられました」
ストレートの質が高まり、スライダー、カーブ、フォークといった変化球の効力もいっそう増した。
決め球のスライダーは、どんな感覚で投げているのか。そう問うと、末吉はこんな実感を語ってくれた。
「真っすぐの軌道から斜め下に外れて、右バッターの膝元に落ちていくイメージです。しっかりと前で切るようにリリースできると、いいところにいきます」
今の末吉は間違いなく、今年のドラフト会議でも上位指名されるレベルだろう。だが、昨秋の末吉の姿は、いったいなんだったのか。コンディションが悪かったのか、神宮球場のマウンドが合わなかったのか。
末吉に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「秋はバランスのいいフォームで投げられなくて、スピードが出ませんでした。比嘉先生からは『腕だけで投げている』と言われて、そこから『下から上へ』と体を使う意識になりました。だんだんバランスのいいフォームになってきたと思います」
【覚醒の陰に新女房役の存在】
また、末吉の快投を支えた要因のひとつに、バッテリーを組む宜野座恵夢(ぎのざ・えいむ)の存在を挙げないわけにはいかない。
宜野座は今春のセンバツまでは右翼手として出場し、沖縄に帰ってから捕手に転向している。
「最初は正捕手でミスが目立った山川(大雅/2年)にお灸を据える意味で、宜野座に替えたんです。でも、宜野座はピッチャーの引き出し方を自然に覚えていきました。宜野座は左右だけではなく、高低を使って配球できます。末吉の一番いいボールは、右バッターへのシュートハイ。この球が140キロ台で決まったら、高校生で打ち返すのは難しいですよ。末吉には『このボールを武器にせい』と言っています」
宜野座は中学まで捕手を本職としており、「久しぶりにキャッチャーができるのが楽しみでした」と明かす。遠投110メートルの強肩でもあり、今春の沖縄でのチャレンジマッチでは、機動力があるエナジックスポーツの盗塁を2回も防いでいる。比嘉監督は「今夏の沖縄大会決勝では、エナジックは1回も走ってきませんでした。末吉も安心して投げられているはずですよ」と語る。
ストレートの進化に、長所を引き出してくれる女房役の出現。末吉は今や難攻不落の投手になりつつある。
2026年のドラフト戦線では、早くも横浜の2年生右腕・織田翔希が目玉格になりそうな気配が漂っている。だが、今の末吉なら、織田が相手でも投げ勝つ自信があるのではないか。最後にそう尋ねると、末吉は表情を変えることなく答えた。
「織田くんはやっぱり世代ナンバーワンのピッチャーだと思っています。でも、彼のことは特別に意識せず、自分は自分の持ち味で勝負していきたいです」
沖縄尚学は2回戦で鳴門と対戦する。因縁の横浜と対戦できるのは、ともに勝ち上がり、再抽選が行なわれる準々決勝以降になる。
末吉良丞が今の状態をキープできれば。波乱の予感がしてくる。