試合前のシートノック中、記者席で何度も「おぉっ!」と声をあげてしまった。
仙台育英の内野ノック。
背番号15は今野琉成(2年)、背番号6は砂涼人(1年)。いずれも下級生である。
【日本一激しいチーム内競争】
今野のグラブさばきは流麗で、三遊間の難しいバウンドをいとも簡単にバックハンドでさばいてみせる。身長172センチと小柄ながらスローイングも力強く、守備だけでも見る者を魅了する力があった。
だが、今野は背番号が示すとおり、レギュラーではない。この日の先発を1学年下の砂に譲り、ベンチスタート。出場機会のないまま、5対0で仙台育英の勝利の瞬間を見届けた。
試合後、今野は偽らざる本音を吐露した。
「本当に悔しい思いはあります。でも、砂や有本が入ったおかげで、『このままじゃダメだ』と成長のきっかけをもらったと考えています。『日本一激しいチーム内競争』が育英なので」
この日の仙台育英は、6番で二塁手の有本豪琉(1年)、7番で遊撃手の砂が先発。
ふたりの1年生は、猿橋善宏部長が「2年後を見越して、という感じで使われているわけではありません」と語るように、実力で先発の座を勝ち取っている。
この日、有本は甲子園初安打を記録し、守備でも軽快なプレーを披露。さらに砂はウエスト気味のボールに対して、身を乗り出すようにスクイズに成功。ほかにもヒットエンドランによる進塁打を決めるなど、派手さはなくても着実にチームに貢献した。
砂は身長168センチ、体重63キロの小兵ながら、幼少期から有名な選手だった。小学6年時には12球団ジュニアトーナメントの楽天ジュニアに選出。洋野シニア(岩手)に所属した中学3年時には、侍ジャパンU-15代表に選ばれ、U-15ワールドカップ優勝を経験している。鳴り物入りで仙台育英に進学した内野手だった。
同じ遊撃を守る今野は、砂の能力を認めている。
「砂の守備は本当にうまいですよ。いつも一緒にノックを受けていて、強く思います。
シートノックを見る限り、今野の守備も十分にハイレベルではないか。そんな感想を伝えると、今野は首を横に振ってこう答えた。
「ノックはだいたいどこにくるかわかるじゃないですか。バウンドを把握すれば、だいたい捕れるので。ノックは普通にできても、試合で発揮できなければ意味がないので」
この言葉を聞いて、今野や砂が戦っている次元が伝わってきた。シートノックでは、華麗にプレーできて当たり前。問題は、公式戦の緊迫した場面でも同じプレーができるかどうかなのだ。今野は「試合のほうが力が入ってしまうんですよね」と自身の課題を明かした。
須江航監督が砂を評価するポイントも実戦性にある。
「今野も砂も、ノックでの力は変わりません。投力に関しては、今野のほうが強いでしょう。でも、砂は試合のなかでのプレーの選択がいいんです。ここはランニングスローでいくべきか、待って捕るべきか、逆シングルで捕るべきか、股を割って捕るべきか。そういった実戦力は砂のほうがやや上でした。攻撃面ではスケールのあるタイプ、たとえば川尻(結大/3年)や高田(庵冬/3年)のような選手はいるんですが、間をつなぐタイプを欲していました。砂は打球角度が低く、進塁をアシストできる選手としてフィットしたんです。今野は体こそ小さいのですが、意外と打球角度が出る打者。低反発バットに変わる前なら、きっとスタメンで出ていたでしょうね」
【心に秘めたライバル】
今野は今、砂と有本が試合で力を発揮できるよう、サポートに心を砕いているという。
「1年生にはのびのびとプレーしてもらいたいので、常に『頑張れよ』と声かけしています。自分も1年生の時に試合に出させてもらって、先輩からのびのびやらせてもらったので。須江先生からは『失敗を恐れずにやっていいよ』と言われて、気持ちが楽になりました」
今野もまた、1年時からレギュラーとして活躍した経験がある。
そんな有望選手が、2年生になってからベンチへ。あらためて仙台育英のチーム内競争の厳しさを感じずにはいられない。
それでも、今野は前を向いている。「自分が一番うまいと思わないと、一番にはなれないので」と、心は折れていない。
今野には、砂以外にも心に秘めたライバルがいる。
「去年の夏に横浜と練習試合をやったんです。自分はサードで出たんですけど、同じ1年生の池田聖摩はショートで出ていて。もともと有名な選手なので名前は知っていて、初めてプレーを見たら自分より全然うまくて。そうしたら、須江先生から『いいライバルじゃん』と言われて。それから自分のなかで、勝手にライバルと思ってやっています」
池田は確実に2026年のドラフト候補に挙がる逸材だ。
2ケタの背番号をつける今野にとっては、今は遠い存在かもしれない。それでも、1年後はどうなっているかわからない。今野が砂からレギュラーの座を奪い返す可能性も十分にある。
【3年生と同じ思いで戦う】
砂もまた、今野の実力を認めている。
「今野さんが中学生の頃から存在は有名だったので、知っていました。育英でも、去年からレギュラーで出ていて、『うまいな』と思っていました。一緒にノックを受けさせてもらうと、スピードはあるし、簡単にエラーしない粘り強さを感じます。肩も強いし、本当にすごいなと思っています」
仙台育英の競争が激しいのは、内野だけではない。外野陣も甲子園初戦は左翼・土屋璃空(3年)、中堅・原亜佑久(3年)、右翼・田山纏(2年)が先発出場したが、ほかにも佐々木義恭(3年)や倉田葵生(2年)も同等の力がある。とくに佐々木はチームの主将であり、中軸を任された実績まである。
さらに言えば、ベンチ入りメンバー20人の枠に入りきれなかった選手のなかにも、高い能力を秘めた選手がいる。須江監督は3投手の名前を挙げた。
「3年生の吉田瑞己、達冴介、山元一心はベンチには入れられませんでしたが、大きな伸びしろがあります。吉田は多彩な変化球を操って、社会人野球の投手みたいな投球ができる。最後に状態を崩してしまいましたが、線が細くて運動センスもあるので、大学で這い上がってくるはずです。
達は日本ハムの達孝太投手の弟ですが、本来はショートのレギュラーになっても不思議じゃない素材でした。本人が投手をやりたいという強い意志があって、なかなか出てこられませんでしたが、3年春になってようやく体ができてきました。今はすごい勢いで成長していますよ。
山元は公式戦でも投げていた投手で、ポテンシャルはすごいものがあります。140キロ台後半の球速をマークしたこともありましたが、夏までにパフォーマンスを安定して出せませんでした。内面的に大人になってくれば、大卒でのプロ入りも望める素材です」
1年生の砂は「ベンチに入れなかった上級生や仲間の思いも背負って戦っています」と胸の内を明かした。そして、今野はこんなエピソードを語ってくれた。
「この夏に入る前、須江先生から『自分にプレゼンしてこい』と言われたんです。そこで自分が伝えたのが、『今年に負けたら、引退のつもりです。3年生と同じ思いで戦います』ということでした。今もその思いは変わりません」
須江監督もまた、今野の熱い思いを感じ取っている。
「今野はチームで一番パッション(情熱)があります。声や仕草で周りに注意喚起ができて、チームのエラーを減らせる選手。高校生は安易に『執念』という言葉を使いますが、今野の野球に懸ける覚悟は本物です。将来的には『この選手がいてくれてよかった』と言ってもらえるような、周りに影響力を与える選手になっていくはずです」
酷暑の夏。仙台育英は初戦で川尻と田山が熱中症の症状を訴え、途中交代している。戦いが進むなかで、アクシデントはつきもの。そんな非常時こそ、「日本一激しいチーム内競争」が生きてくるはずだ。
知られざる守備職人・今野琉成は、自分の名前が呼ばれる瞬間に向けて、虎視眈々と準備を重ねていく。