世界選手権や五輪で好成績を収める卓球女子日本。その実力は折り紙つきだが、どうしても越えられない"最後の壁"がある。
1年前のパリ五輪では中国が女子団体・シングルスともに金メダルを獲得。日本は団体で銀、シングルスで銅にとどまった。さらに今年5月の世界選手権ドーハ大会もシングルスとダブルスの両方で中国が金メダルを手にし、日本はまたもシングルス銅という結果だった。
果たして、世界の大舞台で日本が中国を超える日はいつ来るのか――。
その答えを探るべく、幾度も中国と激闘を繰り広げ、現在は卓球の普及とスポーツキャスターとして活躍する元卓球選手の石川佳純(全農)さんに、8月7日に開幕した国際ツアー「WTTチャンピオンズ横浜」(7~11日/横浜BUNTAI)の記者会見で話を聞いた。
石川さんが語る、中国に勝つ難しさと可能性とは。
【中国のエースとナンバー2は「頭1.5個分くらい抜けている」】
半世紀以上にわたり日本が掲げてきた悲願、"打倒・中国"。
近年の国際ツアーでは日本の選手が中国の選手を破って優勝するシーンも増えてきた。だが、世界選手権や五輪といった大舞台では、あと一歩が届かない。
現役時代、何度も中国の高い壁に跳ね返されてきた元女子日本代表キャプテンの石川佳純さんは、その実力差の要因について「エース」と「ナンバー2」の存在を挙げる。
「やはり孫穎莎(スン・インシャ)選手の強さが際立っています。世界選手権ドーハの決勝でも王曼昱(ワン・マンユ)選手にフルゲームの大接戦で勝って金メダルを獲りましたが、あの試合で彼女の底力をあらためて感じました。
8月5日更新の世界ランキングでは1位に孫穎莎、2位に王曼昱、3位陳幸同、4位蒯曼(クアイ・マン)、5位王芸迪と続く。
ベテランの陳幸同と王芸迪は中国代表チームの常連メンバーで、21歳の蒯曼は次世代のエース。蒯曼は世界選手権ドーハで、王曼昱とのペアで女子ダブルス金メダルを獲得するなど存在感を放ちつつある。
そのなかでも孫穎莎は別格だ。2022年7月から3年にわたり世界ランキング1位を守り続け、世界選手権ではシングルス2連覇中。まさに現代卓球の象徴と言える。
【大舞台で中国勢に勝つことは「1勝の重みと意義が違う」】
中国の背中を追う日本は17歳の張本美和(木下グループ)が世界ランキング6位で日本人トップ。東京五輪で金・銀・銅メダルに輝きながら、その後に低迷した伊藤美誠(スターツ)が復調して8位につける。さらに、今年から国際ツアーに本格参戦した大藤沙月(ミキハウス)が9位と続く。
パリ五輪シングルス銅メダルのエース・早田ひな(日本生命)は利き腕のケガの影響もあり、13位までランキングを下げている。そんななか、石川さんが「すばらしいメダルだった」と称賛するのが、伊藤が世界選手権ドーハで掴んだシングルスの銅メダルだ。
伊藤は準々決勝で、過去2勝10敗と大きく負け越していた王芸迪を相手に、ゲームカウント4-1で快勝。続く準決勝で、世界女王の孫穎莎にストレートで敗れたものの、自身初となる世界選手権シングルスのメダルを獲得した。
「大舞台で中国に勝つというのは、国際ツアーで勝つのとは次元の違う難しさがあります。大会に懸ける思いだったり準備だったり、選手の力の入り方がまるで違うんです。特に今回の世界選手権は開幕の2週間以上も前に組み合わせが決まって対策を練られていた分、中国に勝つハードルはより高かったはずです」
自身の経験も踏まえて語る石川さんは、「世界選手権や五輪での1勝は、重みと意義が違う」と力を込めた。
【今の日本なら「勝てるチャンスはある」】
大舞台での中国の強さは普段の"3倍増し"と言っていいかもしれない。だが、石川さんはこんな兆しも見逃していない。
「かつてと比べると、中国の選手層が少し薄くなっているようにも見えます」
石川さんが世界選手権デビューを果たした2009年から現役を引退する2023年まで、中国には張怡寧(ジャン・イーニン)、李暁霞(リ・シャオシャ)、丁寧(ディン・ニン)ら不動のエースがいた。
彼女たちは五輪、世界選手権、ワールドカップの卓球三大大会を制した名選手で、「大満貫」という中国の称号を与えられている。
当時の中国はまさに、難攻不落。石川さんは「『絶対に勝てない』と思うような選手が何人もいて、しかも新しい選手がどんどん出てくるイメージでした」と振り返るが、「今は日本の選手たちが毎回、ワクワクする試合を見せてくれて『勝てるんじゃない!?』と思う試合が増えてきました」と声を弾ませる。
そうしたなか、今年6月から7月にかけて、平野美宇(木下グループ)が世界最高峰の中国超級リーグに参戦し、孫穎莎と同じチームでプレーしたことが話題になった。これについても石川さんは「中国側が日本の選手を戦力として認めた証ではないか」と捉えている。
「もちろん、日本の技術や戦術を見せてしまうデメリットもありますけど、それはお互い様。
実際、平野は昨季リーグ2位の強豪・深圳大学のチームメートたちから刺激を受け、「毎日いろんな気づきがあって、(シングルス2回戦で敗れた世界選手権ドーハのショックから)気持ちを立て直すきっかけになりました」と話している。
勝負の厳しさを熟知する石川さん。中国を超えられなかった悔しさは今も忘れてはいない。その思いを胸に、つい2年前までコートに立ち共に戦った後輩たちにこうエールを贈る。
「選手の皆さんにはチャンスをどんどん増やして、『あと少し』『よし、勝った!』という風にステップアップしていって欲しいです」
日本の選手たちの雄姿に、これからも注目したい。
【プロフィール】
◆石川佳純(いしかわかすみ)
1993年2月23日生まれ、山口県出身。小学1年生で卓球競技を始め、小学6年生で初参戦した全日本選手権で3回戦に進出し注目を浴びる。2012年ロンドン五輪で、男女を通じて史上初のシングルス4強入りし、団体でも史上初のメダルを獲得。リオデジャネイロ五輪では団体で銅メダルを獲得した。2017年の世界選手権では、混合ダブルスで日本人選手48年ぶりとなる優勝を果たす。2021年の東京五輪では、日本のキャプテンとしてチームを引っ張り、団体で銀メダルを獲得。2023年5月、現役引退を発表。