東洋大姫路・木本琉惺「下剋上物語」(前編)

 東洋大姫路(兵庫)に「ベンチ外の星」と呼びたい選手がいる。

 2番・中堅手として出場する木本琉惺(3年)。

現在は背番号8をつけるレギュラーだが、高校で初めて背番号をつけたのは今春の県大会。つまり、今春の選抜では20人のベンチメンバーに入れず、アルプススタンドで応援していたのだ。

【夏の甲子園2025】東洋大姫路の「下剋上球児」は「ベンチ外...の画像はこちら >>

【2安打1犠打で済美戦勝利に貢献】

 東洋大姫路の部員数は89名(マネージャーが2名)。そのうち3年生は44名もいる。2022年4月に岡田龍生監督が就任以降、ますます有望選手が集まるようになってきた。そんな強豪で3年春からレギュラーの座をつかむのは、並大抵のことではない。

 しかも、今春のセンバツまで中堅手のレギュラーだったのは、伏見翔一(2年)。小柄ながら広大な守備範囲を誇り、打線のつなぎ役としても有能な選手だった。

 ちなみに、東洋大姫路は昨秋のレギュラー9人中5人が今夏までに入れ替わっている。エースが阪下漣から木下鷹大に代わったのは故障が原因だが、いかに選手層が厚く、競争が激しいかが伝わるだろう。ただし、現レギュラーで3年春の県大会まで1回もベンチ入りしたことがなかったのは、木本だけだ。

 8月8日の甲子園初戦(済美戦)。試合をとおして、木本が起用される理由が理解できたような気がした。

 5回も回ってきた打撃機会のうち、バントをすることじつに3回。そのうち2回は犠打で、1回は三塁側へ絶妙なセーフティーバントを決めた。ほかにも中前に落ちる安打も放ち、3打数2安打。5対3と接戦を制したチームに貢献している。

 試合後、木本のもとを訪ねてみた。身長174センチ、体重67キロ。高校球児としては細いシルエットである。

 木本の好きな言葉は「下剋上」だという。

「誰にも相手にされないようなどん底から、這い上がってきたんで」

 木本はそう言って、はにかんだ。その壮絶な高校生活を振り返ってもらった。

【寝坊癖が直らずに無期限謹慎】

 甲子園球場のある兵庫県西宮市で育った木本は、尼崎北シニアでプレーした。兵庫県の東側で過ごしたため、西側にある東洋大姫路の存在自体を知らなかった。だが、履正社を強豪に育て上げた岡田監督が東洋大姫路の監督に就任すると知った木本は、「岡田監督に野球を教わりたい」と願うようになったという。

「何度か断られたんですけど、それでもあきらめきれなくて。中学のチームをとおしてお願いして、何とか入れてもらったんです」

 当時は3学年合わせて部員100人を超える大所帯。東洋大姫路に入学した木本は「こんなに(人数が)おるん?」と面食らった。先輩はもちろん、同期の実力にも驚かされるばかりだった。

「木村(颯太/今春センバツでの4番打者)なんて身長は同じくらいなのに、バッターボックスに入ると威圧感が半端なかったです」

 すっかり自信を喪失した木本は、巨大戦力のなかで埋もれていった。寮生活にも戸惑い、何度も朝寝坊をしては厳しく指導された。それでも寝坊癖が改善されず、木本はとうとう「無期限謹慎」を言い渡された。高校1年の9月から11月まで、グラウンドに立ち入ることすら禁じられた。

「ずっと部屋にいたんですけど、何をしていたか記憶が飛んでるんです」

 自業自得と言われれば、それまでだ。木本は来る日も来る日も、白い目で見られる日々を過ごした。だが、周りの同期は「腐るな」と励ましてくれた。

「チームに迷惑をかけて、みんなから『うっとうしい』と思われていたと思うんです。

でも、同期は見捨てずに『ここで野球をやめても、何も残らない。腐るなよ』と言ってくれて。なんとか続けられました」

【俊足アピールもベンチ入り果たせず】

 謹慎が解けたあと、木本はアピールに努めたが、思うような結果が出なかった。自分がレギュラーになる道筋など、到底描くことはできなかった。

 ただし、光明もあった。高校に進学後、急に足が速くなったのだ。

「中学の頃は50メートル6秒7くらいで、普通のレベルでした。でも、高校の体育祭で走ったら1番になって。なんでかわからないんですけど、50メートルのタイムは6秒0になりました」

 2年生になり、俊足を生かした外野守備でアピールしようと試みた。だが、タイミング悪く右肩を痛めてしまう。そのまま夏が終わり、最高学年になった。すると、いつの間にか中堅のポジションは1年生の伏見のものになっていた。

「気づいたら伏見が守っていて、『こんなんおったっけ?』とビックリしました」

 木本は2年秋もベンチ入りを逃すが、チームは秋の兵庫大会、近畿大会と勝ち上がり、優勝する。明治神宮大会ではベスト4に食い込み、翌春のセンバツでは優勝候補に挙げられた。ベンチ外の木本の出る幕など、どこにもなさそうだった。

つづく

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