── 格闘家の安保瑠輝也(あんぽ・るきや)選手のファンなんですか?

 日大山形のエース右腕・小林永和(3年)の試合後インタビューがひと段落したところで、そう尋ねてみた。出場選手が記入するアンケートの回答内容をもとに質問したのだが、小林は破顔一笑してこう答えた。

「はい! 自分は格闘技が好きなんですけど、安保選手のキックはすごくきれいで。足が柔らかくて、高くまで上がるんです。この冬、練習用の帽子に安保選手のキャッチコピー(デモリッションマン)を書いて、練習しました。自分はもともと真っすぐが速くなかったんですけど、『キャッチャーミットを破壊しよう』『バッターを破壊してやる』という思いをこめて、練習したんです」

 安保はインフルエンサーとしても活躍する格闘家である。K−1を主戦場とした際についたキャッチャーコピーは「デモリッションマン」。日本語に訳すと「破壊者」になる。

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【県岐阜商の強力打線を4回まで無安打】

 昨秋まで控え投手だった小林は、「デモリッションマン」の精神を胸に猛練習に励み、今夏は初めて背番号1を獲得。本田聖との二枚看板で山形大会を勝ち上がり、県岐阜商との甲子園初戦に先発登板した。

 ただし、気になることもあった。県岐阜商戦での小林は変化球主体の配球で、ストレートをあまり投げなかったのだ。

 そのことを指摘すると、小林は人懐っこい笑顔でこう答えた。

「まあ、変化球で多少破壊できたかなと思います!」

 身長177センチ、体重70キロとやや細身の体格で、ストレートの最高球速は139キロ。現代の高校野球では、とりたてて目立つ数字ではない。

 だが、小林は県岐阜商を立ち上がりから封じ込める。県岐阜商は今夏の岐阜大会6試合で、チーム打率.396、8本塁打を記録している。そんな強打線を4回までノーヒットに抑えたのだ。

 ただし、ストレートはあまり投げなかった。スローカーブ、通常のカーブ、チェンジアップとタイミングを外すボールに、120キロ台のスライダー、シンカーで揺さぶりをかける。左右の変化に奥行きまで使い、うまくかわしていく。高校生で、ここまで変化球を使いこなせる投手は珍しいだろう。

 驚くことに、小林は昨秋の段階ではストレートとスライダーしか信用できる球種がなかったという。

「強いチームだと2球種では終盤にきつくなってくるので。(本田)聖は真っすぐを武器にするピッチャーだし、自分は目指すなら変化球ピッチャーだなと思って。この冬に変化球を練習してきました」

【甲子園ではパームを投じず】

 そして、小林が冬場にマスターした球種のなかに「パーム」がある。プロ球界では床田寛樹(広島)や渡辺翔太(楽天)がパームの使い手として知られるが、本格的に持ち球にする投手は珍しい。

 小林は自身のパームについて「自信のあるボールです」と胸を張る。

「メジャーリーガーの変化球の動画を見ていたら、パームを投げるピッチャーがいたんです。ボールをわしづかみにして、指先を縫い目にかけずに抜く。キャッチボールで試してみたら、感覚がよかったので投げるようにしました」

 ただし、残念なことに、この日はパームを投げる機会がなかった。5回裏に県岐阜商の反撃に遭った小林は2点を失い、この回限りで降板している。じつは、パームは試合終盤の「秘密兵器」だった。

「県岐阜商みたいな強いチームは、試合終盤に球種を張ってきますから。終盤にパームを投げたら、バッターは印象に残るし、エサを撒く感覚で投げようと考えていました」

 もし、小林が甲子園でパームを投げていたら、どんな軌跡を描いたのだろうか。小林本人も「投げたかったです」と惜しんだ。

 試合は3対6で県岐阜商に敗退。とはいえ、小林の表情には充実感が浮かんでいた。

「1番から9番までスキのないチームに、変化球を混ぜながら自分のピッチングができました。

相手の力が上でした。甲子園で終われて幸せですし、自分は大学でも野球を続けるつもりなので、これからもしっかりやっていきたいです」

 いつか、小林が再び大舞台に立ち、「幻のパーム」を投じる日はくるのだろうか。技巧派デモリッションマンの野球人生は、これからも続いていく。

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