「怪物」がその長い足をのぼり階段にかけ、ぐいっと全身を高みへと押し上げる。菰田陽生(こもだ・はるき/山梨学院2年)の進化を目の当たりにして、そんなイメージが浮かんできた。

 8月11日、山梨学院対聖光学院(福島)の甲子園2回戦。山梨学院の先発右腕・菰田は6回までノーヒットノーランを続けていた。

 7回に初安打を許し、一死三塁から左前適時打を浴びたところで菰田の交代が告げられた。試合は山梨学院が終盤に勝ち越し、6対2で勝利している。

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【"投げ屋"から"投手"へ急成長】

 身長194センチ、体重100キロ。菰田の巨躯には、無限のロマンが詰まっている。山梨学院の吉田洸二監督が「日本球界の宝」と表現し、話題にもなった。

 この日、菰田が投じた最高球速は147キロ。今春の選抜で最速152キロを計測しただけに、物足りなく映った高校野球ファンもいたかもしれない。

 だが、投手としての中身は、春とは比べものにならないほど濃密だった。選手の技術指導を担当する吉田健人部長は言う。

「選抜は大差がついたなかでの登板で、『これが菰田だ』と力を見せつけるような投球でした。でも、それでは長いイニングは投げられません。

選抜は春先でしたし、この素材を壊してはいけない。『まだ今じゃない』と我慢して、2年夏くらいから先発できるようになればと思い描いていました」

 満を持して迎えた、2年夏の甲子園だった。菰田は立ち上がりから力感のない投球フォームで、どんどんストライクゾーンに投げ込んでいく。球速は常時140キロ前後に抑え、時には出力を上げ、140キロ台中盤の剛速球を投げ込むシーンもあった。

 この日の投球スタイルについて聞くと、菰田はこう答えた。

「まずは最少失点に抑えること。後ろは3年生が絶対に守ってくれるので、打たせて取ることを考えていました。出力をずっと上げても体力が持たないので、少しでも長いイニングを投げられるように、8割くらいの力感で投げました」

 6回までノーヒット投球が続いたが、菰田の投球からは「抑え込んでやる」というガムシャラさは伝わってこなかった。この日、菰田が奪った三振数は、わずか1である。

 ノーヒット投球を継続しても、スタイルが変わらなかった理由を聞くと、菰田はうなずきながらこう答えた。

「まずはこの試合に勝つことだけを考えていました。自分のことではなく、チームの結果だけを考えていました」

 春までの菰田が「投げ屋」だとすれば、夏の菰田は「投手」だった。

時にはキレのあるスライダーを交え、打者を打ち取るシーンも見られた。6回1/3を投げ、投じた球数は80球。石橋をたたいて渡るように起用されてきた菰田にとって、自己最長のイニング数になった。

【ノーワインドアップにした理由】

 そしてもうひとつ、菰田の投球には変化が見られた。投球フォームが春までのセットポジションから、ノーワインドアップ投法に変わっていたのだ。その理由を聞くと、菰田はこう答えた。

「夏の途中から、(吉田)部長からアドバイスを受けて、変えました。セットよりも勢いがつくようになりました」

 吉田部長は、菰田にノーワインドアップを勧めた理由をこう語る。

「大きな体を勢いよく使えるので、長いイニングを投げた時の疲労感が違います。あと、彼は体が大柄で、野手もやっていますし、その日のコンディションによって調子の良し悪しが出やすい。そこでワインドアップとセットの2パターンを持っていたほうがいいんじゃないかと伝えました」

 身長194センチと上背のある菰田だが、昨秋の投手デビュー時からボールの角度で勝負するタイプではなかった。それを踏まえて、吉田部長はこんな見立てを語った。

「菰田は角度より、ダルビッシュ有さん(パドレス)のように並進運動で勝負できるタイプだと思います。

球持ちがよくて、ボールを前で離せる。だから体感以上に(ホーム)ベース板での強さが出せます」

 投手・菰田は順調に階段を上がっている。ただし、菰田はかねてより「大谷翔平選手(ドジャース)みたいになっていきたい」と語ってきたように、強い二刀流志向である。

【打者としてはノーヒット】

 打者・菰田はこの日は4打席に立って、ノーヒット。やや当てにいくような、らしくないスイングが目立った。センバツでは3番を任された打順は、7番まで下がっている。

 あらためて、二刀流志望の意志は揺るがないか確認すると、菰田は首肯した。

「バッティングはまだまだ全然なので、もうひとつ上げたいです。MAXでいけていない感覚があります」

 菰田の二刀流志望を伝えると、吉田部長は苦笑交じりにこんな見方を明かした。

「私はピッチャーのほうがいいと思うんですけどね」

 そして、吉田部長は打者・菰田の課題について語った。

「体が大きいこともあって、打つべきゾーンが広くて絞りきれていません。なんでもかんでも振りにいくのではなく、自分の決めた球だけ振りにいけるようになるといいんでしょうけどね」

 無限の可能性を秘める大器だからこそ、選択肢を狭める必要はない。

山梨学院の指導陣は、そんな思いで菰田の二刀流育成を続けている。

 投手として新たな顔を見せてくれた今夏。投手としてさらなる一歩を踏み出すのか、それとも打者として新たな扉が開くのか。

 菰田陽生という球界の宝を見守る夏は、まだまだ続く。

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