【平成の名力士列伝:魁聖】サッカーとサンバ嫌いのブラジル人の...の画像はこちら >>

連載・平成の名力士列伝53:魁聖

平成とともに訪れた空前の大相撲ブーム。新たな時代を感じさせる個性あふれる力士たちの勇姿は、連綿と時代をつなぎ、今もなお多くの人々の記憶に残っている。

そんな平成を代表する力士を振り返る連載。今回は、4人目のブラジル出身力士として人気を博した魁聖を紹介する。

連載・平成の名力士列伝リスト

【恵まれた体躯を生かした真っ向勝負で三役に】

 ブラジル出身だけど、サッカーは嫌いでゲームが大好きな「インドア派」。恵まれた体を生かしたスケールの大きな右四つの相撲で平成時代後期の土俵を彩った魁聖は、率直で飾らず、周囲に流されることなく自分を貫く強さも持った個性派力士だった。

 ブラジル・サンパウロ市出身で本名はリカルド・スガノ(のちに日本国籍を取得して菅野リカルド)。祖父は名古屋市、祖母は北海道出身の日系三世として昭和61(1986)年に生まれた。10歳から柔道を始め、16歳の時、父イチローさんに勧められて地元のクラブで相撲の稽古もするようになり、同じサンパウロ市出身で元十両・若東の黒田吉信さんの指導を受けた。

 17歳だった平成16(2004)年7月、大阪で行なわれた世界ジュニア相撲選手権にブラジル代表として出場。個人戦無差別級で、優勝した澤井豪太郎(のち大関・豪栄道)に敗れたものの3位に入賞している。この時、7月場所のテレビ中継を見て大相撲への興味をかきたてられ、やがて力士になるという夢を抱いた。黒田さんに相談したところ、元関脇・魁輝の友綱部屋を紹介され、2年後の平成18(2006)年に来日して9月場所で初土俵(友綱部屋はのちに元関脇・旭天鵬が継承後、大島部屋と改称)。四股名は師匠の現役時代の魁輝の一字に、サンパウロ市を聖市とも呼ぶことから「魁聖」、下の名は父の名から「一郎」とした。

 順調に出世して平成22(2010)年7月場所で新十両昇進を果たし、ブラジル出身4人目の関取に。

東十両筆頭で迎えた平成23(2011)年1月場所で8勝7敗と勝ち越し、24歳にしてブラジル出身初の新入幕を確実にした。

 ところが、当時の大相撲界は八百長騒動の渦中にあったため、3月場所は中止となり、新入幕の舞台となったのは5月技量審査場所。興行ではないため入場料は取らず、アルコール類の販売もないなど異例の場所で、新入幕会見も行なわれず、祝賀ムードは控えめの昇進となった魁聖だが、場所が始まるとそんなうっぷんを晴らすかのように勝ち進んだ。新入幕力士としては31年ぶりとなる初日からの9連勝を果たし、横綱・白鵬と首位に並ぶ快進撃。終盤は上位力士と対戦して黒星が続き、新入幕優勝は成らなかったものの、10勝5敗で敢闘賞に輝いた。

 194センチ、175キロの恵まれた体を生かし、右四つ寄りでグイグイ前に出る相撲は迫力十分。その後は平幕上位でなかなか勝ち越せず、三役昇進を逃し続けたが、平成28(2016)年5月場所に待望の新小結に昇進して8勝7敗と勝ち越し、7月場所では新関脇。惜しくも7勝8敗に終わり、9月場所は小結で6勝9敗と負け越して三役の座を明け渡したものの、その後も長く幕内で活躍。小結復帰を1度果たし、平幕下位ではしばしば大勝ちして、敢闘賞を新入幕場所も含めて計3回、獲得している。

【サッカーとサンバ嫌いの飾らないブラジル人】

 土俵を離れれば率直で飾らない好青年で、周囲からは笑いが絶えなかった。ブラジルといえばサッカーとサンバを思い浮かべるが、魁聖はどちらも「嫌いです」とキッパリ。サッカーは子供の頃、親に無理矢理やらされてから嫌いになったそうで、W杯期間中などにサッカーの話題を振られても、興味なさそうに生返事が返ってくるばかりだった。

 その一方で、子供の頃から好きなのは「ゲームやアニメ。オタクですね(笑)」。本場所中も気分転換にオンラインの対戦型ゲームなどに興じ、場所後の休みなどは一日中ゲーム三昧。令和2(2020)年に結婚した日本人の夫人もインドア派で、一緒にゲームを楽しんでいるという。好きな飲み物は、お酒よりもコーラ。ブラジルでは、赤ちゃんの頃から哺乳瓶に入れて飲んでおり、昼食時だけで1.5リットルのペットボトルを空にし、国による味の違いもわかるという。それは、文化の違いを乗り越えて辛抱を重ねた高見山らの昭和の外国出身力士のイメージとは違う、個性的で新しい平成の外国出身力士のひとつの姿のようにも見えた。

 そんな魁聖は、横綱戦37戦全敗という史上ワースト記録の持ち主でもある。白鵬に13敗、日馬富士に13敗、鶴竜に10敗、稀勢の里に1敗。大関戦は豪栄道から4勝したほか、把瑠都、照ノ富士、髙安からも1勝ずつ挙げているが、横綱にはどうしても勝てなかった。

 不名誉な記録であることは間違いない。しかしそれは、横綱を相手にしても、白星をもぎ取るために立ち合いで変化をしたり、土俵際で逆転技に頼ったりすることなく、大きな体をまっすぐぶつけてひたすら前に出る、自分の相撲を貫き続けたからだとも言える。

そんな姿勢は、勝負師としては物足りないかもしれない。しかし、明るく、飾らず、ポジティブに、自分の道を進み続ける姿は、魁聖らしい個性として、ファンの記憶に刻まれている。

 令和4(2022)年7月場所、東十両11枚目で5勝10敗と負け越して幕下陥落が決定的となり引退。現役中に日本国籍を取得しており、相撲協会に残って年寄友綱を襲名した。現在は、現役時代に友綱部屋の兄弟子だった元大関・魁皇の浅香山部屋付きの親方として、後進の指導にあたっている。

【Profile】魁聖一郎(かいせい・いちろう)/昭和61(1986)年12月18日生まれ、ブラジル・サンパウロ出身/本名:菅野リカルド/所属:大島部屋/初土俵:平成18(2006)年9月場所/引退場所:令和4(2022)年9月場所/最高位:関脇

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