ヤクルトファーム 灼熱の戸田物語(2)
真夏の戸田球場。炎天下のグラウンドでは、立場も年齢も異なるヤクルトの二軍選手たちが、それぞれの想いを胸に黙々と汗を流している。
【毎日特守をやらせてください】
3年目の北村恵吾(24歳)は、1年目こそプロ初本塁打がグランドスラムという派手な活躍を見せたが、この2年は「もちろん悔しさはあります」と戸田暮らしが続いている。
北村は常々「自分は打撃でアピールしないと」と口にしているが、今年はそれに加え、土橋勝征コーチに「これから毎日、試合後の特守をやらせてください」と申し出て、西浦直亨コーチや裏方スタッフの協力も得ながら、4月から取り組んでいる。
「打撃の状態が上がってこないなかで、守備ではエラーをするし、打球にも反応できないで......。まずはチームに迷惑をかけないため、『守備がうまくならなあかんな』と思ったんで、土橋さんにお願いした感じです」
居残り特守には、ドラフト同期の橋本星哉(24歳)や西村瑠伊斗(21歳)らも参加し、汗と泥にまみれながら「はい、前、前、前!」「一歩目、一歩目!」といった声が飛び交い、雰囲気は明るい。雨の日も欠かさず行なわれ、北村は特守を終えたあとに"おかわり特守"をする日もあった。その後は選手寮の室内練習場で、坪井智哉打撃コーチとのバッティング練習も続けている。
「自分のマインドの変化だったり、体調の変化で、ここまでやってきたことを継続しないのはもったいないですし、納得いく形で1日を終わりたいというのがあるんで」
北村の守備の成長を見れば、「継続は力なり」という言葉が本当だと実感する。
「自分でも試合のなかでの成長を実感しています。特にセカンドは一番練習していますし、守っていて安心感があります。Gタウンで二遊間のゴロをダイビングキャッチしたプレーがあったんですが、その時『球際が強くなったかも。反応もよくなったかも』って思いました(笑)。あとは、練習を積み重ねたことで体力もついてきたのかなと。足もよく動きますし、暑いなかでも試合中に集中力が切れることはないですね」
8月3日、神宮球場で行なわれた阪神戦。
「最初はめちゃくちゃ緊張して、ふわふわした感じでしたが、カウントを整えたくらいから楽にはいけたかなと。この球場、この舞台で野球をしたいとファームで頑張ってきました。ここからずっと一軍の戦力になれるように、やってきたことを継続していきたいです」
8月7日の巨人戦ではセカンドで先発出場、10日の阪神戦では代打ホームランをレフトスタンドに放ち、13日のDeNA戦でもホームラン。
「バッティングの感じはいいですね。結果が出ているのもあって、ちょっとびっくりしているくらいです(笑)。自分のなかでは、守備で『大丈夫だな』と思えたことが大きかった。セカンドの守備はかなり緊張して、マジでやばかったんですけど、(巨人戦で)増田大輝さんのゴロをランニングスローでアウトにできたことで楽になりました」
一軍では戸田のように、試合後に「特守」はできないが、松元ユウイチコーチや寺内嵩幸コーチにお願いして、試合前に「相当ハードな意識で練習しています」という。
「ここからも一日一日、必死に頑張っていくだけです」
【来年こそ支配下を目指して】
今シーズン、ヤクルトは12人の育成選手から、1年目の下川隼佑(25歳)と7年目の沼田翔平(25歳)が支配下登録選手となった。
同じ育成の3年目・西濱勇星(22歳)は、躍動感あふれるフォームから150キロを超える真っすぐを武器に支配下を目指したが叶わなかった。
「5月まではすごくいい感覚だったんですけど、いろいろあって、徐々に球速が出づらくなる体になってしまって......。
そうしたなかで、下川と沼田が支配下を勝ちとった。
「なんて言うんですかね、支配下になれなくて悔しい気持ちもあります。でも、今年は関わってきた人たちが他の球団でも何人か支配下になったんですけど、一緒に頑張ってきたので、ものすごくうれしかったですね。来年は自分がその立場になれるようにと、モチベーションになりました」
8月2日、西濱はオイシックス戦に登板。1回を無失点、2奪三振。最速は151キロをマークした。
「感覚は、今年一番よかったです。狙ったところに投げられましたし、(マイク・)バウマン選手から教わったスプリットとチェンジアップの中間のような変化球もいい感じでした。自分にとっては、いわば再スタートですね。まずは来年、再契約してもらうことが一番の目標なので、気持ちを切り替えて結果を残せるように取り組みたい。来年こそ、支配下に上がって一軍で投げられるようになりたいです」
8月11日には、山本哲哉二軍投手コーチ、2年目の翔聖(19歳)とともに一軍練習に参加。試合も観戦して「楽しかったです」と、モチベーションを高めて神宮球場をあとにした。
【下手なところは見せられない】
プロ20年目の川端慎吾(37歳)は、野手組では最も早く球場入りし、打撃ゲージや防護ネットの出し入れを率先して行ない、練習も若手と同じメニューをこなしている。
「今は『絶対に一軍で活躍するんだ』という気持ちだけで頑張っています。戸田で若い選手たちと一緒に練習し、試合をすることが刺激になっています。何て言うんでしょう......下手なところは見せられないというか、見本にならなければという思いがあります。自分にプレッシャーをかけながら、一生懸命頑張っている感じですね(笑)」
若い選手たちについて聞くと、「今はガツガツした子が本当に少ないので」と言い、こう続けた。
「僕らが若い頃は嫌でも量をこなすという感じだったんですけど、今は自分でしっかり考えて取り組まなければいけない時代です。だからこそ自覚を持って、もっともっと練習しないといけないと感じています」
今シーズン、川端は一塁の守備に就いてフル出場する試合があった。練習では山崎晃大朗コーチのアメリカンノックで、レフトからライトを走り回る日もあった。
「身体的にはまったく問題ないです。最初の頃は守備に就くと体が張ったりしましたが、これだけコンスタントに守備をこなしていると、体も慣れてきますね(笑)。打撃については、年齢を重ねるにつれて衰えは自分でも感じます。それをカバーするために、経験や衰えを受け入れたうえでコンパクトに大振りしないよう意識して取り組んでいます」
そうしたなかで、今年は引っぱることを意識した打席が多い印象がある。
「強い打球をずっと打ちたいと思っていますし、引っ張れなくなったらもうダメですし。そこは意識しています」
15日の楽天戦では「引っ張りにいってました」と、快心の逆転満塁ホームランをライトへ叩きこんだのだった
8月4日の試合前練習のこと。
「(この前は)やられたな。大丈夫だ、まだ始まったばかりだ」
青木宣親GM特別補佐が、サブグラウンドでキャッチボールをしているルーキーの中村優斗(22歳)に声をかける。中村は7月31日のDeNA戦で2回5失点を喫して敗戦投手となり、二軍に合流していた。
一方、メイン球場では、育成1年目の松本龍之介(20歳)が、7年目の山野辺翔(31歳)や濱田太貴(24歳)に助言を受けながら、マシンを相手にバント練習に励んでいた。
球場に隣接する陸上競技場では、ケガからの復帰を目指す塩見泰隆(32歳)と並木秀尊(26歳)が、ダッシュなどのリハビリメニューを根気強くこなしていた。塩見が球場で動き始めたのは7月2日で、その際「だいぶ(肌が)白い」と笑っていたが、今では戸田の太陽の下で健康的に色づいているのだった。
つづく