西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第62回 エステバン

 日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。

 今回は、プレミアリーグのチェルシーに移籍した18歳のブラジル人、エステバン。10代の選手たちはますます成熟してきていて、ビッグクラブもそうした即戦力の若手選手を獲得する傾向が出ているといいます。

【絶対的エース・パーマーとポジション争い!?】

 2007年4月24日生まれの18歳、エステバンのチェルシーへの移籍金は3400万ユーロ(約58億1000万円)と報道されている。

【プレミアリーグ】18歳エステバンのチェルシー移籍が示すビッ...の画像はこちら >>
 クルゼイロのユースに所属している時に10歳でナイキ社と契約。ネイマール、ロドリゴを抜くブラジル史上最年少だそうだ。パルメイラスでは2023年から2025年までトップチームでプレーしていて、愛称は「メッシーニョ」。

 ただ、プレーぶりはリオネル・メッシにはあまり似ていない。スラリとした細身でむしろネイマールの後継者という趣なのだが、利き足が左だからだろうか。軽快なフットワークと瞬間的に無重力化するような加速が独特だ。

 ポジションは右ウイングかトップ下。プレシーズンマッチではどちらでもプレーしている。ポジション的にはコール・パーマーとまる被りだが、パーマーのライバルというより、右ならジョアン・ペドロとの競争。パーマーが右ならタイプは違うがエンソ・フェルナンデスあたりとトップ下のポジション争いということかもしれない。

ただ、チェルシーの絶対的エースであるパーマーと張り合える存在に浮上する可能性もある。

 チェルシーは欧州でも補強支出の多いクラブで、エンソ・フェルナンデスを獲得した時の1億680万ポンド(約170億円)はクラブ最高額だったが、モイセス・カイセドの1億2100万ポンド(約212億円)で更新。長期契約でノニ・マドゥエケとは7年半、ミハイロ・ムドリクと8年半など、移籍金の減価償却期間を延ばす工夫をしながら大幅な選手の入れ替えを進めてきた。2023-24シーズン時点では世界で最も補強費用を使ったクラブだった。クラブワールドカップではパリ・サンジェルマンを下して優勝。即戦力を獲得しての強化が実ったタイトルと言える。

 そのチェルシーが10代の選手を獲得したのはやや意外な感もあったが、欧州ビッグクラブの補強戦略が少し変化してきたということかもしれない。

【移籍傾向の変化】

 レアル・マドリードは基本的に獲得した大物選手の売却は考えていないクラブだった。キャリアピークのスターを獲得して、レアル・マドリードで引退するか、移籍金をとれない年齢になってから他へ移って余生を過ごすというのが、これまでのパターンだった。

 ところが、近年は若手の補強が中心になった感がある。ヴィニシウス・ジュニオールは18歳の時に契約していて、ロドリゴも18歳。ジュード・ベリンガムは20歳、アルダ・ギュレルとエンドリッキも18歳で獲得。今季加入のフランコ・マスタントゥオーノも18歳である。

 通常、この年齢の選手はいわゆる育成枠であり将来の売却益を考慮した獲得なのだが、レアル・マドリードは即戦力あるいは準戦力としてみているようだ。確かに10代では逸材中の逸材だから、分厚い選手層に割って入るだけの力はある。移籍金は10代としては破格であり、そう簡単に売却できない市場価値のついた特別な若手でもある。

 すでにキャリアを積んだ旬の選手の移籍金はそれなりに高額だ。どうせ高い移籍金を払うなら若い才能に投資するようになってきた。レアル・マドリードはその先駆と言える。

 エステバンの市場価値もすぐに跳ね上がるだろう。そうなると移籍先も限定されてくるので意外と売りにくいはずで、やはり戦力として考えているのではないかと思われる。

 クリスティアーノ・ロナウドやメッシの場合もそうだったが、世界のトップへ駆け上がる選手は10代ですでにその能力を発揮していた。ただ、以前よりもビッグクラブ側が将来のスーパースターにより機会を与えるようになってきた。

 エステバンはまだ華奢な印象はあるとはいえ、ブラジルの天才少年らしく技術とセンスはずば抜けていて、それだけでなく欧州サッカーに順応できるだけの賢さも備わっているように見える。まだプレシーズンマッチだけではあるが、才気と若さだけで突っ走るようなプレーではなかった。

【10代選手の成熟】

 エステバンとはタイプが違うが、ミランにカカが加入した時と似ているかもしれない。

 メディカルチェックで見たこともない驚異的な数値を出していたカカは規格外の身体能力のアタッカーだったが、ミランでのデビュー当初はむしろ周囲と協調できる賢い選手という印象だった。今にして思えば少し遠慮もあったのかもしれない。すぐに強烈な推進力と突破力を見せて本領を発揮するのだが、最初は少しおとなしかった。ただ、それだけに若さに似合わぬ成熟した印象があったものだ。

 エステバンも年齢からするとかなり大人っぽいプレーができる。現代の10代の若手は、おそらくひと昔前よりプレーヤーとして成熟していて、自分の得意分野だけでなくチームのなかで機能する術をすでに身に着けている。そうした流れから、ビッグクラブも10代の選手を即戦力として認識しているのだと思う。

 もし、スーパー・ティーンエージャーが期待どおり大成しなかったとしても、才能の大きさは間違いないのでそれなりの移籍金で放出することもできるだろうし、サウジアラビアやアメリカという移籍先ができた事情も背景にあるのかもしれない。

 ただ、やはり大きいのは、10代の選手たちの成熟だろう。

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