「本当にいい時を知っているので......。その時と比べると、劣るところもあったかもしれません。
未来富山の若き指揮官・角鴻太郎監督は、言葉を選ぶようにして江藤蓮(3年)の投球について語った。
【ほろ苦い甲子園デビュー】
江藤は未来富山のエースで4番打者という大黒柱であり、今秋のドラフト候補に挙がる注目選手でもある。今夏はプロ志望の甲子園球児が少なかったこともあり、プロ志望を公言する江藤を見守るプロスカウト陣の熱も高かった。
しかし、8月11日に高川学園(山口)との初戦(2回戦)に臨んだ江藤にとって、苦々しい甲子園デビューになってしまった。
5回1/3を投げ、被安打11、奪三振6、与四死球3、失点8。チームは5対8で高川学園に敗れた。
スカウト陣も首をひねった。複数のスカウトに話を聞いてみたが、「本来の江藤の姿ではない」という見解で一致した。その一部を紹介したい。
「富山大会はもっとよかったですよ。でも、甲子園を決めて、ひと息ついて、気持ちの面で落ちてしまったところがあったのかな」(Aスカウト)
「前はキャッチボールからボールの強さがありました。コンディションの問題なのか、体力的な問題なのか、今日はキレが今ひとつですね。
最高球速は自己最速に1キロ及ばない、144キロ。しかし、それ以上に物足りなく映った。そもそも、江藤のよさはスピードガンの数字では計れないのだ。
今年4月、奈良県内で実施された高校日本代表候補強化合宿に、江藤は招集されている。この合宿は一般公開こそされなかったものの、多くのプロスカウトが視察に訪れた。そこで江藤は強烈なアピールに成功している。
キャッチボールの時点で、素材のよさは際立っていた。奥村頼人(横浜)ら甲子園出場経験のある有望左腕が、江藤のボールを受けるたびに「えぐっ!」と驚嘆する。軽い力感の腕の振りなのに、ボールはぐんぐん勢いを増すようにグラブを叩いた。
参加選手同士の紅白戦では、やはり甲子園出場経験のある猛者6打者をねじ伏せた。ホームベース付近でも勢いを失わない好球質、空振りを奪えるカットボールはインパクト十分だった。
【このままでは上では通用しない】
身長180センチ、体重84キロのたくましい骨格を絶賛するスカウトもいた。この実力を甲子園でも披露できていれば、結果は違ったものになっただろう。
江藤が甲子園で投じたストレートは、スカウト陣が証言したように本来の江藤のボールではなかった。打者のスイングしたバットの上を通過するような、爽快なストレートは限られた。
試合後、江藤はこんな実感を明かしている。
「序盤はよかったんですけど、3~4回から真っすぐが高めに浮いたり、勢いがなくなってしまって。コースが甘くなって、打たれてしまったのは敗因だと思います」
6回途中で交代が告げられた江藤は、その後は右翼に回ってプレーした。そして、最後に見せ場が回ってきた。
未来富山が4点を追う9回裏、二死二塁。左打席に4番の江藤が入った。テレビ中継のモニターで確認すると、江藤が小刻みに口を動かしているのが見えた。明らかに、応援団が演奏する曲に合わせて口ずさんでいる。その直後、江藤は中前に安打を弾き返し、1点を還した。
試合後、江藤にこの場面について振り返ってもらうと、こんな答えが返ってきた。
「打てなかったらおしまいということはわかっていたんですけど、いつもどおり応援に駆けつけてくださった方々の応援に乗って、気楽に打席に立てました。だから、ああいう結果につながったのかなと感じます」
もしかしたら、江藤にとってはこの日、初めて勝負を楽しめた場面だったのかもしれない。
報道陣から進路について問われた江藤は、以前までの強いプロ志望からトーンダウンした様子をうかがわせた。
「ふがいないピッチングをして、このままでは上では通用しないと感じました。まだ期間はあるので、体づくりをするなかで最終判断をしたいと考えています」
大舞台で結果を残せなかったショックが、ありありとうかがえた。それでも、プロスカウトのなかには「評価する球団は必ずある」と断言する声も聞こえてきた。秋にかけて江藤がどんな決断をするのか、再び注目されそうだ。
【拾えなかった甲子園の土】
最後に「もし間違っていたら、違うと言ってください」と前置きしたうえで、江藤に聞いてみた。4月の高校日本代表候補合宿で見せたボールと比べると、甲子園でのボールは本来のパフォーマンスではなかったのではないか。すると、江藤はうなずきながら、こう答えた。
「合宿の時は真っすぐも、変化球の質も、制球もよかったんです。春から夏にかけて、多少は上がったところもあるんですけど、状態を仕上げきれなくて......。
この日、江藤は試合後に甲子園の土を拾わなかった。正確に書けば、「拾えなかった」。アイシングに時間を費やしたため、土を拾う時間がなかったのだ。
「時間が合えば拾いたかったです」
江藤はそう言ったが、これが江藤の野球人生における最後の甲子園マウンドとは思えない。
いずれ近い将来、江藤蓮は甲子園での借りを返しにくるはずだ。