後編:菅野智之が2ケタ勝利にたどり着いた理由
ボルチモア・オリオールズの菅野智之はメジャー1年目にして10勝をクリアし、チームのエースと呼べる立場になった。特筆すべきは、今季のオリオールズは低迷しているにもかかわらず、菅野が登板したゲームでは16勝8敗と強さを誇っていること(ほかの投手の先発日は44勝62敗/現地8月24日時点)。
菅野の適応能力とコミュニケーション能力には、テキサス州出身の41歳、オリオールズのドリュー・フレンチ投手コーチも感心させられているようだ。
フレンチ投手コーチとの単独インタビュー後編では、直接接したものだけが知り得る人間としての印象、そして今後もメジャーで活躍を続けるための条件などについて語ってもらった。
*インタビューは現地時間8月24日、オリオールズの本拠地カムデンヤーズで収録
前編〉〉〉35歳のルーキー・菅野智之が復調したターニングポイント
【復調の大きな要因は速球速度のアップ】
――(インタビューの前編で説明してくれた)配球の変更、オールスター前後の休養以外に、菅野投手の後半戦での好調の原因になっている要素はありますか?
ドリュー・フレンチ(以下、DF) : この2カ月ほどで球速が上がってきたのも大きいだろう。シーズン前半はスプリットに頼る傾向があったが、速球の速度がアップし、同時にほかの球種の質も上がり、今は投球の幅が広がっている。トモは非常に多才だから、5~6種類の球を打者の特徴に合わせて自在に使える。制球もゾーン全体に散らせる。だから相手打者は的を絞れないんだ。
――シーズン中、頻繁に打ち込まれた時期には「球種を読まれているのでは」という声もありました。菅野投手はその対策面であなたがいい仕事をしてくれているとも話していました。
DF : いまやメジャーでは球種を盗まれる危険性はどこにでもある。キャッチャーが股間でサインを出す時代は終わり、数字を出すことも減った。相手チームは投手のグラブの位置や仕草を観察している。
【もっと理屈っぽい人かと思っていたが......】
――今季のオリオールズはプレーオフ進出が難しくなり、そのおかげもあって菅野投手も7月のトレード期限前に放出されるのではないかとの噂もありました。ご存知のとおり、菅野投手は日本ではずっと読売ジャイアンツ一筋で投げ続けてきた投手。ここでトレードの噂に取り巻かれたことは、考え方に何らかの影響を与えていたと思いますか?
DF : トモ個人については断言できないが、チーム全体にとって大きな影響はあった。7月に9人がトレードされ、チームの心臓部を失ったようなものだ。誰にとっても、それが影響しないはずがない。難しいのは"存在しないかのように振る舞うこと"で、逆に"存在を認めたうえで対応すること"が一番簡単なんだ。
選手たちはトレードを自分でコントロールできず、それはトモも同じだった。
――菅野投手はチームのスタッフに信頼を寄せており、特にあなたとの関係は非常に良好に見えます。この信頼関係はどうやって築き上げたのでしょうか?
DF : オフシーズンの間からエージェントを介してアプリでつながり、Zoomで何度か話した。獲得の過程から、どうやってここに辿り着いたのかを学び、トモの全体像を理解しようと努めた。1年しか契約がないかもしれないのだから、1日1日を無駄にしたくない。日本での輝かしい実績――投手としての実力、守備力、耐久性、長いキャリア。
――菅野投手とのやり取りで意外に思ったことや印象的な話は?
DF : もっと理屈っぽい人かと思っていたが、実際はすごくシンプルだ。会話もすぐに行動に移す。経験豊富だから"こういう時はこう投げる"というこだわりが強いのかと思ったが、実際は何にでもオープン。むしろ"これで大丈夫?"と、こちらが心配するくらいだ。トモは人間的にすばらしく、自分がアメリカで経験が浅いことを理解していて、我々の経験を取り入れようとする。そのバランスがよかった。関係を築いて信頼し合うようになってからは、時に厳しいことも率直に言い合える。今は本当にいい関係で、シナジーとつながりを強く感じている。
――35歳という年齢も考え、菅野投手がメジャーで地位を確立できる資質はどのくらいあると感じていますか? 今後、さらに何か加えるべきものはありますか?
DF :何かを"加える"必要はないと思う。今後もやるべきなのは、"今やっていることを続けること"だ。年齢を重ねれば回復や体力の問題は出るが、トモはトレーニングやコンディショニングに手を抜かない。