MLBのサムライたち~大谷翔平につながる道
連載06:田口 壮
届かぬ世界と思われていたメジャーリーグに飛び込み、既成概念を打ち破ってきたサムライたち。果敢なチャレンジの軌跡は今もなお、脈々と受け継がれている。
MLBの歴史に確かな足跡を残した日本人メジャーリーガーを綴る今連載。
第6回は、2度のワールドシリーズ制覇を経験した田口壮を紹介する。
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【2006年プレーオフの記憶に刻まれた活躍】
「ベーブ・ルースのようだ」と称された日本人メジャーリーガーは、実は大谷翔平が初めてではない。2006年のナ・リーグ優勝決定シリーズのこと。ニューヨーク・メッツとのシリーズで大活躍したセントルイス・カージナルスの田口壮は、今年度の殿堂入りを果たしたばかりの支配的なクローザー、ビリー・ワグナーからこう評されたのだった。
「ソー・タグチを打ち取る術を、私は見つけられなかった。彼はまるでベーブ・ルースのようだった」
6対6で迎えた第2戦の9回表、田口はワグナーから左越えに決勝本塁打を放った。そのシーズン、6月21日以降は本塁打ゼロであり、8回裏から守備固めで出場したユーティリティ外野手が、この年の後半戦では防御率1.99、21セーブ連続成功中だった切り札を攻略したインパクトは莫大だった。
「自分でも説明できませんよ。信じられない。私がホームランを打つなんて、誰も想像していなかったでしょう。私自身でさえ」
試合後、今は取り壊されたメッツの本拠地シェイスタジアムの会見場にひとりで現れ、通訳なしで現地記者の質問に答えていた田口の姿が印象的だった。
このシリーズでは第6戦でも4点を追った9回二死、田口はワグナーから2点二塁打を放っている。
ここで上位シードのメッツを撃破したカージナルスはその勢いを保ち、ワールドシリーズではデトロイト・タイガースに勝って世界一になった。田口もその快進撃に大きく貢献し、背番号99はセントルイスの街のカルトヒーローに就任したのだった。
田口にとって2006年秋の活躍が最大のハイライトではあったが、メジャーリーガーとしての輝きを放ったのはこの年だけではない。
1年目の2002年こそカージナルスの開幕ロースター入りは逃したものの、2003年以降は好守備と勝負強さで徐々に役割を増やしていく。2004年は打率.291をマークし、ワールドシリーズ第1戦にスタメン出場。特に打撃好調だった2005年は8月に打率.361、OPS(出塁率+超打率).912を残してリーグ 月間MVP候補にもなり、チームの看板であるアルバート・プーホルスが欠場したゲームでは3番打者も務めたこともあった。
2006年は前述どおりのインパクトのある貢献で、ワールドシリーズ優勝が決まった瞬間にフィールドに立っていた初の日本人選手に。さらに2007年にも打率.290を残すなど、いわゆる"スーパーサブ"の選手としては申し分のない成績を残し続けた。
【器用さと献身的姿勢が名門カージナルスにフィット】
もっとも、リーグ屈指の名門チームであるカージナルスで結局6シーズンも過ごすことになった理由は、このように数字が上質だったからではないのだろう。その器用さと献身的姿勢、"For the team"の精神は知将トニー・ラルーサが率いた常勝チームにきれいにフィットした。在籍期間を通じてラルーサ監督は田口を重宝し、その貢献を絶賛するコメントを残し続けた。
「田口を獲得した理由にパワーは含まれていなかった。バントを決め、出塁してくれれば十分だと思っていた。それがまさかホームランとは」
冒頭で述べた2006年のナ・リーグ優勝決定シリーズ第2戦後、ウォルト・ジョケッティGMが述べたそんな言葉も象徴的だった。チーム内外から愛されたロールプレーヤーが一刹那、強烈な輝きを放ち、チームを救ったからこそ、あの秋の活躍はドラマチックだったのである。
2008年に移籍したフィラデルフィア・フィリーズでは、とにかく長打力を重視するチャーリー・マニエル監督のスタイルにフィットしなかった印象がある。特に夏場以降は打撃不振に陥り、気の荒いフィラデルフィアのファンから罵声(ばせい)を浴びることも少なくなかった。それでも「せっかちな東海岸の気質にもやっと慣れてきました」と爽やかな笑顔で語り、プレーオフを勝ち抜いたチームでロースターに残り続けたことはいかにも田口らしかったのかもしれない。
フィリーズはこの年、ワールドシリーズを制し、田口は2個目の優勝リングをゲットした。タンパベイ・レイズとのワールドシリーズでは出場機会はゼロだったが、それでも毎試合ごとに丁寧に日本メディアの質問に答える姿が印象的だった。
こんな格好よさもあるのだろう。自身の仕事を黙々とこなしたベテラン外野手は、生き馬の目を抜くようなメジャーリーグでも所属するチームが常に優勝を争う「勝利の使者」となった。
【Profile】本名:田口壮(たぐち・そう)/1969年7月2日、福岡県生まれ。西宮北高(兵庫)―関西学院大―1991年NPBドラフト1位(オリックス)。2002年にフリーエージェントで、セントルイス・カージナルスと契約。メジャーリーグから日本球界に復帰した後はオリックスで2シーズンプレーした。
●NPB所属歴(12年):オリックス(1992~2001)―オリックス(2010~11)
●NPB通算成績:1222試合出場/打率.276/1219安打/70本塁打/429打点/87盗塁/出塁率.332/長打率.384
●MLB所属歴(8年):セントルイス・カージナルス(ナ/2002~07)―フィラデルフィア・フィリーズ(ナ/2008)―シカゴ・カブス(ナ/2009)*ナ=ナショナルリーグ
●MLB通算成績:672試合出場/打率.279/382安打/19本塁打/163打点/39盗塁/出塁率.332/長打率.385
●主な日本代表歴:2000年シドニー五輪(4位)