仙女 ゼビオアリーナ仙台大会 前編

 センダイガールズプロレスリングの勢いが止まらない。

 2021年7月11日、後楽園ホール大会。

メインイベント終了後、マイクを持った橋本千紘は、声を震わせ涙を流した。集客が思うようにいかなかったからだ。観客席のざわめきが消え、空席のオレンジ色ばかりが浮かび上がった。

 あれから4年。2025年7月19日、後楽園ホールは超満員。すさまじい熱気に包まれていた。しかも、4月に里村明衣子が引退してから初の後楽園大会である。失った看板の穴を埋めるどころか、さらに前進する"新生・仙女"の息吹を、観客の誰もが感じていた。

 そのリング上で発表されたのが、8月24日、ゼビオアリーナ仙台でのビッグマッチ開催だった。収容人数は約4000人。仙女にとって史上最大の挑戦であり、勝負を賭けた興行だ。

 満員の後楽園が歓声に包まれるなか、私の胸に浮かんだのはひとりの選手の顔――愛海だった。

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 12歳でデビューし、「中学生レスラー」として話題になってからキャリア8年。他団体であればメインを任されてもおかしくはない。だが、彼女はいつも第1試合か第2試合に出場し、"会場を温める役"に徹している。もちろん試合順がすべてではない。それは理解している。それでも、私は思わずにいられなかった。

――悔しくないのか?

 私は悔しかった。彼女には才能があると信じているからこそ、その実力がまだ十分に照らされていない現状に、歯がゆさを覚えてしまうのだ。彼女を見ていると、現状に満足して、殻を破れない自分を見ているかのようで、つらくなる。

 ゼビオアリーナ仙台大会を前に、私は仙台に住む愛海にオンラインインタビューを申し込んだ。

 本当は悔しくてたまらないんじゃないか。本当は殻を破りたいんじゃないか。

 彼女の胸の奥に隠された野心を、どうしても確かめたかった。

【キャリアの差は、リングに立ったら関係ない】

 画面越しの愛海の背景は木目調。「山小屋ですか?」と尋ねると、「道場です」と笑う。その笑顔を見て、過酷なリングに立ち続ける彼女も、まだ21歳のひとりの女の子なのだと、ふと微笑ましくなった。

 その彼女が今年4月29日、里村明衣子の引退試合でタッグパートナーに抜擢された。途轍もない重圧。愛海は、毎晩のようにその緊張を夢にまで見たという。試合前日の夢では、泣き崩れて立ち上がれず、里村に背負われて入場する自分がいた。

 しかし迎えた当日、愛海は夢のなかの少女とは別人だった。入場時にはお決まりの「フォー!」のポーズを掲げ、緊張の影は見えない。リング上では橋本千紘とアジャコングに押しつぶされるように攻め込まれながらも、何度も立ち上がり、最後は里村の勝利をアシストした。持てる力を出し切った試合だったと思う。

 それでも、ほかの3人と比べれば存在感は薄かった。

橋本の迫力、アジャの重量感、里村のカリスマ。そのなかで愛海は役割を果たしながらも、やはり埋もれてしまった。

「アジャさんと橋本さんの壁は、まだまだ高かったです。キャリアの差なのかもしれないけど、リングに立ったら関係ないので。そこをどう越えたらいいのか......難しいです」

 愛海はそう言って肩をすくめた。キャリアの差を認めながらも、「リングに立ったら関係ない」と口にする。その矛盾は、まだ自分の言葉を探している証にも思えた。その揺らぎこそが、今の等身大の愛海なのだと思った。

【仙女を"世界の団体"にしたい】

 里村の引退試合を終えて、愛海の意識は変わったという。これまで「シングルのベルトを巻きたい」と繰り返してきたが、その先を考えるようになった。

 2017年4月、プレデビュー戦で引き分けたスターダムの琉悪夏と、タイトルを懸けて闘いたい。さらに、以前から名を挙げているGLEATのエル・リンダマンとも、ベルトを巻いた上で闘いたい。そうすれば仙女の価値が高まるはずだ、と。

 男子レスラーの名前が出たことに、私は少し驚いた。「先輩たちの影響もあります」と愛海は言う。

「昔は、女子と男子が闘うって当然じゃなかったわけじゃないですか。それを"アリ"にしたのは、里村さんだったり橋本さんだったり、仙女なのかなと自分は思っています」

 彼女の口調は淡々としていたが、その言葉には仙女の歴史を背負う意識がにじんでいた。男子と闘うことをためらわない感覚は、すでに彼女の世代の"当たり前"になっているのかもしれない。

 シングルのベルトも大事だが、その前に課題がある。愛海はまだ、仙女生え抜きの先輩から一勝も挙げていない。DASH・チサコ、橋本千紘、岩田美香――。いずれも仙女を支えてきた強敵であり、彼女たちを越えなければベルトには届かない。

「今の自分に足りないのは、経験かなと思っています。日本でしか試合をしたことがないので、海外でも経験を積んで、仙女を大きくしたい。仙台から世界へ行きたい。

大きな夢なんですけど、自分は仙女を"世界の団体"にしたいんです」

 そう言ったとき、彼女の表情はわずかに明るくなった。淡々とした口調ながら、言葉の熱がぐっと前に出てくる。

 第1、第2試合ばかりで悔しいのではないか――そう思い込んでいた私の想像は、あっけなく裏切られた。彼女は足元ではなく、はるか先を見ていた。仙台という地方都市から世界を見据えるその視線に、私は胸を突かれた。

【第2試合で何を任されているか、考えなきゃいけない】

 2021年7月、後楽園ホールで橋本千紘がマイクを持ちながら涙を流した時、愛海はセコンドからその姿を見ていた。悔しさと同時に、焦りもあったという。橋本ひとりが背負っているのではない。仙女が一丸となって前に進まなければいけない。その思いが強く残っている。

 あれから4年。団体は大きく変わった。

SNSの強化、YouTubeへの取り組み、ポスターデザインの刷新。かつては「プロレスでは絶対に負けない」と胸を張っていた仙女が、試合以外にも力を注いだ。その結果が、今年7月の満員の後楽園だった。場内の光景を見て、愛海は思わず泣いたという。

「今はまだ、橋本さんが団体を引っ張っていると思います。自分は水波(綾)さんとタッグを組んでいて、そこでも水波さんに引っ張ってもらっている。だからこそ、自分も仙女を引っ張っていく"力"になりたい。これからは後輩とタッグを組んで、自分が前に立つ経験をしたいんです」

 さらに話は広がっていく。ゆくゆくは"世界のレスラー"になりたいという彼女に、私は「どうすれば世界のレスラーになれると思いますか?」と尋ねた。体を大きくするとか、表現力を磨くとか、そんな答えを想定していた。

 だが、彼女の答えは意外だった。「英会話を習おうと思っています」――。

 拍子抜けするような素直さに、思わず笑ってしまった。しかも英語を身につけたら、次はスペイン語を習いたいと言う。少しズレた感性だが、そこに彼女らしさが透けて見えた。

 8月24日、ゼビオアリーナ仙台大会。愛海はセイディ・ギブスと組み、Chi Chi&スパイク・ニシムラ組との試合が組まれていた。試合順は今回も第2試合だ。セミやメインに立つ先輩たちとの差を、どう感じているのか。

「正直、悔しいです。でも、そのなかでもやれることはたくさんあると思うんですよ。自分が第2試合で何を任されているか、考えなきゃいけないと思う」

 彼女の言葉は終始、淡々としていた。だがそれは、熱を隠すための静けさでもあるのだろう。

「仙台で会いましょう」――その約束を胸に、私はオンラインインタビューの画面を閉じた。私は純粋に、愛海という存在がどんな未来を切り拓くのかを見届けたいと思った。

(後編:悔し涙の後楽園ホール大会から4年 ファン激増の仙女が地元で浴びた大歓声>>)

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