『フレンズ・オン・アイス』レポート前編

高橋大輔、30代最後のソロナンバーで魅了「フリーダムに滑って...の画像はこちら >>

【専売特許のじわじわ広がる表現力】

 8月29日、横浜。『フレンズ・オン・アイス』の公開リハーサルの前半のトリだった。

「30代最後のソロナンバー」

 会場のアナウンスでは、そう紹介された。

多くのファンは、そこに「歴史」を感じるだろう。10代、20代、そして30代と、日本人で史上初のタイトルやメダルを次々と勝ち獲り、4年ぶりの現役復帰で全日本選手権2位になるなど、ほとんどおとぎ話だ。

 紫のシャツと黒いパンツという衣装で氷の上に登場した高橋大輔(39歳)は、『Soundless Dream』という静かなピアノの音から始まる曲に合わせて体をくねらせる。冒頭のジャンプをきれいに降りながら、静かな高まりを、錯綜する情感を、濃密なスケーティングで表現している。ささやくようなボーカルに熱が帯び始め、3分間に満たない演技は無量の叙情を残して終わる。

「音のない夢」

 それがじわじわと広がる表現力は、高橋の専売特許だろう。音そのものになった高橋が演じ、その終わりが夢そのものになるのだ。

「振り付けは自分でしました。(村元)哉中ちゃんに手伝ってもらったんですけど。テーマは音楽を聞いたまま、その時の素直な気持ちで動くというか。すごくフリーダムに滑っています!」

 記者会見で高橋は朗らかな声で言っている。自由な演技だからこそ、広がりが無限なのだろう。

簡単に聞こえるが一番難しく、表現を深める彼らしさが際立っていた。

「素敵でした」

 横に立った村元哉中が高橋に声をかける。間髪入れず、高橋が「ありがとうございました。哉中ちゃんの(演技)も素敵でした」と促している。「かなだい」の呼び名でアイスダンス界に旋風を巻き起こしたふたりのかけ合いも、いつもながら明るかった。

 それも、高橋がリンクで積み上げてきた歴史の一部と言える。リンクを訪れたファンは、それぞれの夢を見るーー。

【トリノ五輪で戦った4人のナンバー】

 後半の最後のグループナンバーでは、高橋が生きてきたフィギュアスケートの時代に浸れるだろう。

 荒川静香、ステファン・ランビエール、カロリーナ・コストナー、そして高橋の4人が滑っている。それぞれが調和する姿は詩的だった。4人に共通するのは、2006年トリノ五輪でともに戦ったことだ。

 荒川はみごとに金メダルを勝ち獲って、ランビエールは殊勲の銀メダルをつかみ獲った。コストナーは母国開催の重圧に苦しみながらも、それを糧に4大会連続出場で2014年ソチ大会では銅メダルに輝く。

高橋もトリノ大会では若さが出たが、バンクーバー大会では前十字靭帯断裂のケガから復帰し、ランビエールに競り勝ってアジア人男子初のメダルをもたらしている。

 長い時を経て、彼らがコラボする姿はノスタルジーを誘い、フィギュアスケートの引力の強さも感じさせた。

「このグループナンバーは、ステファンに作ってもらいました」

 そう説明したのは、トリノで栄光を手にした荒川だ。

「トリノ五輪から次のミラノ(・コルティナ五輪)で20年が経ちますけど、リンクでひとつの作品を作れる喜び、楽しさを感じることができました。それぞれスケーターが国は違っても、今でもフィギュアスケートに情熱を注いでいて、いろいろな意味でタイムスリップしたような気持ちになる瞬間でした。感情を揺さぶられるというか。来年、五輪が同じイタリア開催というのもあって、(若い選手に)エールを送れるような機会にもしたい、と滑りました」

【紡がれていくフィギュアスケートの歴史】

 この日は、3人のキッズスケーターやジュニアの上薗恋奈らも滑っていたが、その舞台が先人のスケート人生で築かれていることを肌で感じることができただろう。誰かが誰かに影響を与える。その連鎖がフィギュアの歴史の根幹だとすれば、その一端を目にすることができる。

 アイスショー『フレンズ・オン・アイス』は、トリノ五輪と同じく2006年の初演から19年の年月を重ねてきた。

「今回の『フレンズ・オン・アイス』は、それぞれのスケーターの個性やキャラクターを最大限に引き出せる形にしました。幅の広い世代、全世代のスケートのよさを見てもらえたらと思います。

日本でなかなか見られないレジェンドスケーターの演技も見られるので、ぜひスケートの神髄を! 新たにスケートシーズンが始まるなか、みなさんもパワーをチャージできるように」

 荒川が言ったように、最後のグループナンバーは象徴に過ぎない。シェイ=リーン・ボーン、ジェイソン・ブラウン、コストナー、ランビエール、ケイトリン・ウィーバー&アンドリュー・ポジェなどのレジェンドスケーターの演技は、控え目に言ってスペクタクルだった。若いスケーターたちはそれに刺激を受け、輝くはずだ。

 トリノから20年目の五輪シーズン、フィギュアスケートの歴史は今も紡がれる。

「『フレンズ・オン・アイス』はずっと出演させてもらってきて、今回も素敵です。30代最後っていうのは......40って響きがね、もうひとつ違う世代にいくなって(笑)。でも、ぜひ見てほしいなって思います!」

 そう話す高橋の声は若々しかった。

後編につづく

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