西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第64回 ディーン・ハイセン

 日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。

 今回は、レアル・マドリードに移籍した20歳のセンターバック、ディーン・ハイセンを取り上げます。ビッグクラブで若いCBの台頭が目立つのには理由があります。

【若いセンターバックの台頭】

 若いセンターバック(CB)が台頭してきた。誰でも最初は若いに決まっていて、30歳でデビューする選手はまずいないわけだが、CBというポジションは比較的敷居が高いものではないかと思っていた。

レアル・マドリードに早くも不可欠なディーン・ハイセン ビッグ...の画像はこちら >>
 格で守る、という言い方もあったくらいで経験が必要なポジションとされてきた。傑出した選手は皆そうだが、傑出したCBも若くしてポジションをつかむ。ただ、ピークに到達するのは経験を積んでからで、30歳を超えても守備の重鎮としてどっしり構えている選手の多いポジションではあった。

 ところが、最近はかなり様相が変わってきた感がある。

 レアル・マドリードに加入したディーン・ハイセンは20歳。プロデビューして2シーズンしか経過していない。

 バルセロナのパウ・クバルシは現在18歳だが、デビューした2023年時点では16歳だった。今やバルセロナの守備の中心となっている。

 トッテナムに加入した高井幸大も20歳。

川崎フロンターレでレギュラーポジションをつかむや、あっというまに日本代表に上り詰め、Jリーグ史上最高額の金額で移籍している。

 CBに求められるものが変わってきた。若い才能が経験豊富なベテランに取って代わるようになった大きな理由だと思う。

 ハイセン、クバルシ、高井に共通するのはパスの能力だ。CBとしての守備能力は必須だが、それだけでは現代のCBは務まらなくなってきたのだ。

【プレーメーカーとしてのCB】

 ゴールキックからのビルドアップは、現在およそどのチームでも行なうようになっている。だが、以前からそうだったわけではない。ここまで浸透したのはこの5~10年ほどで、それ以前はゴールキックは遠方へ蹴るものだった。

 ゲームの形が変われば、それに応じて必要な選手も変わってくる。まずはビルドアップで相手のプレスを外す能力のあるCBが必要になった。これはGKも含めて後方の選手すべてがそうである。現在、CBに求められている能力はその先だ。

 ビルドアップに対してハイプレスで奪えないと悟ると、相手は自陣に撤退して守備ブロックを形成するようになった。

かつてよく使われた「バスを置く」という守り方だ。バスを置くという表現には批判的な意味が込められていたものだったが、今はそれが普通になっている。

 カットインでバイタルエリアへ潜り込んでくる強力なウイングに対して、中途半端に守っても意味がない。そこでカットインのコースを遮断すべくふたりがかりの「ダブルチーム」が採用されていて、さらに逆のウイングへのサイドチェンジへの対抗措置として5バックも一般的になってきた。撤退守備は5-4-1、あるいは5-5という形で行なわれている。

 かくして撤退守備を崩して得点するのは難しくなっているが、「バス」の手前には広大なスペースが生まれた。ブロック内に進入するのが難しくなったかわりに、ブロックの手前まで運ぶのは容易になったわけだ。

 ここでCBの仕事が変わってきた。ブロックの手前までボールを運び、ブロックの中へ有効なパスを通す能力が問われている。つまり、ゲームメイクの仕事は今やMFからCBにシフトしている。これは以前のCBにはほとんど求められていなかった資質であり、そのため若い才能が台頭しやすい状況になっていると考えられる。

【ビッグクラブ向きの攻撃力】

 ハイセンはアムステルダム生まれ、5歳でスペインへ移住した。

マラガのアカデミーに所属していたが、16歳の時にイタリアのユベントスのユースへ移籍している。すでにいくつかのビッグクラブに注目されていたハイセンがユベントスを選択したのは、ジョルジョ・キエッリーニ、レオナルド・ボヌッチといった経験豊富な職人的CBの存在が大きかったからだそうだ。

 ユベントス・ネクスト・ジェネレーションというリザーブチームでプレーした後、18歳でトップチームと契約するが1試合しか出場していない。ローマに貸し出され、13試合プレーしてプレミアリーグのボーンマスへ移籍した。移籍金は1800万ユーロ(約30億円)と言われている。

 ボーンマスでは32試合に出場。完全に中心選手として活躍しリーグ9位に貢献。そして次のシーズン、つまり今季からレアル・マドリードへ。移籍金はわずか1シーズンで5950万ユーロ(約102億円)に跳ね上がっていた。

 移籍早々、クラブワールドカップではレギュラーポジションを確保。ラ・リーガ開幕後もCBとして堂々の先発である。ダビド・アラバ、エデル・ミリトンの負傷離脱という事情はあったにせよ、レアル・マドリードでレギュラーを張れるCBを手放してしまったユベントスは後悔しているに違いない。

 身長197センチ、空中戦は強い。長いリーチを利してのタックル、的確な読みによるカバーリングも魅力だが、なんといってもハイセンの特徴は配球能力だ。右利きだが左足も自由に使える。撤退守備の手前を制圧しつつ、ブロック内へ躊躇なく正確なパスを差し込んでいく。FWの足下へスパッと入れる低いパスだけでなく、ふわりと浮かせるパスもうまい。

 ほとんどの試合でボールを支配できるビッグクラブにとって、攻撃能力の高いCBは不可欠で、ハイセンはうってつけの逸材だった。

 アンダー世代はオランダ代表だったが、ネーションズリーグのオランダ戦でスペイン代表デビューし、生まれた国のファンから盛大なブーイングを浴びた。18歳のクバルシとのコンビが定着する日もおそらくそう遠くないだろう。

 プロデビューして3シーズン目だが、経験不足という感じはまるでしない。ベテランのような風格さえ漂う。たまに雑に対応してかわされる、裏をとられた時のスピードに難もあるとはいえ、攻撃力は弱点を補って余りあり、早くもレアル・マドリードに不可欠な存在になりつつある。

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