木村沙織 インタビュー
海外挑戦 後編(全2回)
木村沙織は2012年ロンドン五輪後に海外へ渡り、当時の女子バレーボール世界最高峰と言えるトルコで2シーズンを過ごした。プレーヤーとして刺激を受けたのは間違いないが、生活すること自体が経験になった。
海を渡ったことで、日本のよさも確認できた。一方で、海外の選手が五輪という大舞台で強い理由もわかったという。
「トルコで(名物の)サバサンド、食べましたよ! 尾っぽの骨のあるほうは"ハズレ"なんですよね?」
木村は、明るく軽やかな声で言った。海外経験は、自らの人生にどのように糧になったのだろうか?
【トルコで学んだ栄養への意識】
ーーロンドン五輪で女子バレーボール日本代表として28年ぶりにメダルを獲った(3位)あとのトルコ挑戦、イスタンブールでの2年間を振り返っていかがですか?
木村沙織(以下同) 新しい環境に身を置くことができたのはよかったなと思っています。ロンドン五輪後、もし日本にいたままだったら、わかりきっているルーティンをこなすだけでスイッチが入らなかったと思うからです。
当時の自分にとって日本のリーグでプレーし続けるよりは、トルコに渡ったほうが学べることもたくさんあったし、海外のいろんな選手と練習できることで毎日が楽しかったです。
ーー異国に渡って吸収したこと、学んだことは何だったと思いますか?
トルコでは選手がみんなプロでしたから、食事の摂り方からして全然違いました。栄養の摂り方で、たとえば試合前にスパゲッティを食べる選手がいたりして驚きました。私がいた当時の日本のリーグは、試合開始がお昼の時間が多かったので、お昼は軽くしか摂らずに試合をしていました。
トルコでは、アスリートとして栄養に対する意識がすごく高いなと感じましたし、自分はその意識が足りなかったと反省しました。
ーーやはり、そういうクラブの選手たちがチャンピオンズリーグ優勝という勲章をつかみ取るんですね。
海外のチームの選手たちは、ベストパフォーマンスを出すために栄養や休憩の時間から逆算して試合に向かっていました。
練習量や技術面で日本人選手が負けることはないと思うし、プレーの正確性は上回っていたと思いますが、食事面は本当に学ぶことが多く、日本は遅れているのかもって思いました。
【自炊の定番はポトフだった】
ーートルコ生活では、自分で料理をしていたんですか?
ふだんは自炊でしたね。1年目の時は初めてのひとり暮らしで、初めての海外生活になりました。すごく疲れて帰ってくると、もう食事を作れなくてクッキーやポテトチップスで済ませちゃうこともありました。
お菓子が大好きなので、スーパーでも「これ、おいしそう!」って買っていましたけど......向こうでいろんな選手のプロとしての姿を見て、こんなんじゃダメだと、お菓子を食べるなら、たとえばゆで卵を食べようと思うようになり、1年目のシーズン途中から食事の内容はガラッと変えましたね。
ーーイスタンブールでの生活、自分の料理で一番リピートした食事は?
ポトフですね。作るのも簡単だし、野菜とお肉とバランスよく入っていますし。私は疲れると塊のお肉が食べられなくなるタイプなので、スープにしたほうが食べやすかったんです。だから、自炊の時はポトフばかり作っていました。
【海外で重要になる臨機応変な対応】
ーー日本と海外を比べて、それぞれ長所と短所はあると思いますが、そこはどうでしたか?
日本にいる時は、プレーする環境が整っているので、その違いはありました。日本は急に試合や練習がなくなったりしないですし、集合時間に必ずバスが来る(笑)。それはすごくありがたいことです。
ーー海外はもっと時間にルーズだし、予定していたようになかなかいきませんよね。一方、それに対する適応力が自然と鍛えられるところもあるようで......。
そう思いますね。海外の選手は臨機応変さ、対応力が身についていると思いました。五輪での戦いを振り返ると、意外とそういうところが大事な要素になるんです。いろんな大会がありますが、五輪が一番ハード。選手村には限られた人数しか入れないですから、自分でやることが多いのです。
たとえば食事も、自分で歩いて食堂まで行かないといけなくて、それがホテルのなかにあるわけじゃないので、かなり遠かったりして慣れないと疲れてしまう。食堂に行ったら行ったで、全世界のご飯にたくさんの選手たちが集まっているから、早めに食事のルーティンを決めないと、いつまで経ってもどれにしようと迷ってしまいます。
ふだんの大会では、バスも決まった時間に迎えに来てくれますが、五輪では自分たちでバレー会場へのバスの時間を調べて行かないといけない。乗り遅れそうになりますし、そういうことに対応するのが五輪ではじつは大変でした。
ーー海外の選手がタフな理由もわかったと?
そういうことに気づけたのは、海外でプレーしてよかったことのひとつかもしれませんね。
終わり
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【profile】
木村沙織 きむら・さおり/1986年生まれ、東京都出身。2003年、アジア選手権で代表デビュー。2005年、東レアローズに入団。2012年ロンドン五輪で銅メダル獲得。2012年に世界最高峰リーグであるトルコの「ワクフバンク」に移籍し、ヨーロッパチャンピオンズリーグ優勝を経験。2016年リオデジャネイロ五輪でキャプテンとしてチームを牽引した。2017年に引退。現在は、子育てとともにメディア出演などマルチに活躍する。夫は元バレーボール選手の日高裕次郎氏。