【コート上で24歳の祝福】
9月2日、有明アリーナ。髙橋藍は目鼻立ちが整った小さな顔を輝かせていた。
男子バレー日本代表とブルガリア代表の壮行試合1戦目が行なわれたその日、彼は24歳のバースデーを迎えた。
そして彼らしかったのが、不意に24歳の抱負を尋ねられた時だ。
「強くなります!」
髙橋は確信に満ちた表情で言った。「幸せに過ごしたい」「素敵な1年に」「何事もなく」など、出来合いのフレーズもいろいろあるが、彼が選択したのは「強くなる」という誓いだった。勝負を楽しみ、乗り越え、強さを手に入れてきた男の矜持だ。
この日のブルガリア戦も、髙橋はセットカウント4-0とストレート勝利(強化試合ということで、特別に1セット多く行なわれた)に大きく貢献した。日本が世界ランキング5位、ブルガリアが同15位。相手は長旅と時差もあるなかでの敵地でのプレーで、お互いがテストの場なだけに、勝敗はそれほど重要ではないが......。
「これだけ大勢の方の前で、誕生日に勝てたのは率直にうれしかったです。合宿で積み上げてきたものもトライできたし、自分自身もいいプレーを出せました」
髙橋はそう言って、口元を緩めた。
「自分は点を取る立場でもありますが、ほかにも石川(祐希)選手、宮浦(健人)選手と点を取れる選手はそろっているので、リズムを作るプレーや、(崩れかけた時に)もう一度立て直すプレーが大事だと思っています。
その点、サーブからしっかりといいボールを打てていたし、スパイクもプッシュやリバウンドと、冷静に判断してプレーできたと思います。もう少しで点につなげられるところでミスもしたので、そこは自分自身がさらに成長できるかな、と感じました」
【体脂肪率を気にしながらの体作り】
彼は確かに万能だった。ディフェンスに定評のある選手だが、ワンハンドでボールを上げるなど技術の高さを随所に見せた。レセプション回数は、チーム最多18回で失敗なし。そのレシーブ力がチームに安定をもたらし、ブロックディフェンスも旋回させていた。得意のショートサーブは相手を幻惑させ、敵守備を崩しただけでなく、2度のエースも奪った。
また、15得点はチーム最多で、多彩なスパイクを見せた。1セット目は、空中で止まって猫のように右手を出すフェイントから、左手で空いたコースにプッシュ。3セット目には一転、サントリーサンバーズ大阪でコンビを組んだセッター、大宅真樹からのトスをバックアタックで豪快に打ち抜いた。ほかにも、あえてリバウンドを狙うように打つなど変幻自在だった。
「(代表合宿が始まってからの)この1カ月は、バレーのスキルやフィジカルの向上を意識してきました。たとえば体のキレを出すため、体脂肪率を1パーセントは減らしたいなって。
髙橋はそう言うが、機動力が増し、同時にパワーもついたように見えた。
「栄養士やトレーナーとも相談し、食事制限をしています。"体重を維持しながら体脂肪を落とそう"と、炭水化物の量は変えず、タンパク質を摂りながら脂質は抑えるメニューで。結果、大好きなラーメンが食べられないです(笑)。
今の体脂肪率は10.6パーセント前後なので、理想は10パーセント前半かなと。9パーセント台になると逆によくなさそうなので。今日も浮遊感があったし、ジャンプのバネ、スイングスピード、空中での姿勢などがよくなって、攻撃の幅が広がりそうです」
【「"たら、れば"は考えたくない】
彼は勝負そのものを楽しみ、強くなってきた。そのプロセスでは、必ず勝利の算段を整えている。だからこそ逆境にもアジャストし、乗り越えられる。興味深いのは、その鍛錬が"絶対に負けられない"という重圧に転じないこと。ひりついた瞬間にこそ、価値を感じている点だ。
昨シーズンのSVリーグの期間中、チャンピオンシップの"負けたら終わり"の勝負に向け、聞いたことがあった。
――ヒリヒリした感じはプレッシャーにならないですか?
「ならないですね(笑)。ファイナルこそ、楽しまないといけない。そのために長いシーズンをやっているんで、そこで勝てないなら意味がない」
彼は軽やかな口調で言った。事実、髙橋はチームをSVリーグ初代王者へと導いている。まさに"勝負の怪物"だが、負けを引きずらない、からりとした性格こそ、彼の強さだ。
――負けた試合は振り返らない?
そう質問を投げた時の答えは明快だった。
「いや、負けた試合も勝った試合もあまり見ないですね(笑)。『このプレーをこうしたらよかった』とか、『こういう決め方できたんだ』って考えることはプラスもあるかもしれないけど......。"たら、れば"は考えたくないです。自分は常に先を見ておきたいので」
彼は野心的だが、ネガティブな執着心がない。いつもフラットで、明るく、だから何者にもなれる。バレーボールを広く普及させるためには、道化にもなれる。
9月3日も、日本はブルガリアに3-2で制して連勝している。スコア的には1戦目と比べると苦戦だったが、たくさん選手を入れ替えながらの調整のため、悲観する要素はない。
次の壮行試合は、9月6、7日に行なわれる強豪・イタリア戦。そこで仕上げ、9月12日にフィリピンのマニラで開幕するバレーボール世界選手権に挑む。
「強くなる」
それが髙橋の24歳の誓いだ。
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