第6代Jリーグチェアマン
野々村芳和インタビュー(後編)
◆野々村チェアマン・前編>>「シーズン秋春制をどうしても推し進めたかったワケ」
「持続可能」は、現代社会のキーワードである。
サッカーも例外ではない。
では、日本サッカー界が抱える「現時点の課題」とは何か──。
クラブの持続可能性を高める重要な要素として、「選手の移籍」に触れるべきだろう。
プロフェッショナルのクラブにおいて、選手を売るのは、収入の増減に直結する商行為のひとつである。
ところが、「人を売る」という行為がどこかネガティブなイメージを喚起させるからなのか、「安く売って高く売る」という経営方針を打ち出しにくい空気が、長くリーグ全体を覆ってきた。海外移籍については「自分たちの大切な選手を送り出す」といったムードが強く、「移籍で稼ぐ」ことはなおざりにされてきた。
Jリーグの野々村芳和チェアマンに聞く。
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「世界のサッカー市場では、1シーズンでおよそ1兆2000億円のお金が選手の移籍に投じられています。ヨーロッパの5大リーグに次ぐリーグ、オランダやポルトガルは200億円から300億円くらいを稼いでいる。それに対してJリーグは、まだまだかなり少ない。自分たちが育てた選手が、その価値に見合った金額で移籍して、クラブに移籍金が入る。そのお金がアカデミーに投資されて、次代の選手が育つ。
Jリーグのクラブには、若い選手が育つ環境も、仕組みもある。だとすれば、どうやって選手を移籍させるかというところで、もっともっと腕をふるうべきでしょう」
Jリーグは今年5月に、「移籍保証金等収入」を公開した。移籍金だけでなく、国際移籍の対価として得られる連帯貢献金、23歳以下の選手の移籍に付随するトレーニング補償も含めた金額で、2024年度の海外移籍の収入は45億円だった。オランダやポルトガルに比べると、かなり控え目な数字である。
【このままでは世界に後れを取る】
Jリーグは2025-26シーズンから、現行シーズンからヨーロッパと同じ秋開催・春終了のシーズンへ移行する(※Jリーグは「秋春制」という表現はしていない)。選手の国際移籍は、これまでよりもさらに活発となる。シーズン移行をきっかけに、日本人選手をその実力にふさわしい金額で移籍させ、クラブが収入を増やすという健全な仕組みを加速させていくべきなのだ。
「ドメスティックなエンターテインメント産業なら、外との付き合い方をそこまで意識しなくてもいいかもしれない。けれど、世界のマーケット入りを目指すなら、このままでは後れを取るばかりだというのは共通認識となっています。
先のクラブワールドカップの出場クラブで言うと、浦和レッズの2024年シーズンの売上高は102億円。これはJリーグでもっとも多い数字です。
クラブの収益を大きくしていきたいのだから、選手の移籍は個人の目標や夢を叶える機会にとどまらず、クラブがビジネスとして扱うべきです。クラブの強化担当者も、そういう意識を強くしています。自分たちの選手の価値を評価して、『この金額より下では出さない』いうような物差しを持てるようになってきていると感じますね」
各クラブが増収増益で経営規模を大きくしていけば、選手との契約も変わってくるのではないだろうか。
現在のJリーグでは、長期契約は例外的だ。たとえば、18歳の選手と年俸5000万円の5年契約を結ぶ、といったケースが普通になれば、ヨーロッパの中堅国への移籍が減るかもしれない。Jリーグで稼ぎながら実力をつけ、5大リーグへ挑戦するケースが増える、との期待感を抱くことができる。20歳で移籍することになっても、契約期間内なのでしっかりと移籍金を得ることができる。
「クラブ経営の方向性はさまざまありますから、『ウチは(選手を)買って勝つ』というクラブがあってもいいでしょう。ヨーロッパにも目の前のタイトルをとにかく取りにいくという発想で、実績や経験のある選手を揃えるチームがある。リーグ内でクラブごとの『色』がもう少しはっきり見えてくると、ビッグクラブと呼ばれるクラブが出てくる土壌が育ちます」
【安く買い叩かれないために】
野々村チェアマン就任後のJリーグは、成長戦略としてふたつのテーマを掲げている。ひとつは「全クラブがそれぞれの地域で輝く」というもので、もうひとつは「トップ層がナショナル(グローバル)コンテンツとして輝く」というものだ。
「ヨーロッパでは放映権料が、クラブの収入の大きな柱となっています。これまでのJリーグは、『おらが町のクラブを応援する』というのが放映権料の価値だったけれど、ホームタウンを超えていろいろな地域の人たちが、もっと言えばいろいろな国の人たちが応援したくなるクラブが出てきた時に、放映権料という価値はさらに上がると思うんです。
日本のクラブがクラブワールドカップに絶えず出場して、アジアを代表して戦っているという見え方になれば、アジアでの放映権料は上がるでしょう。そうやって国内にビッグクラブができると、選手の動きも変わる」
J1の下位チームやJ2のチームからでも、今はヨーロッパに移籍する選手が出てきている。それがよくない、と言うつもりはない。選手からすれば夢がある。クラブには『箔(はく)』がつく。
ただ、Jリーグの中小規模のクラブから国内のビッグクラブへ引き抜かれ、そこから海外にステップアップすることにも、意味はある。
それはつまり、日本のビッグクラブが現在の移籍市場におけるヨーロッパの中堅国の立場を担うことになる、ということだ。そちらのほうが、その選手の価値に見合った移籍金が日本国内で発生するのではないだろうか。少なくとも、安く買い叩かれるようなケースは減るはずだ。
クラブの経営規模拡大については、ヨーロッパでは外国資本の投資をどれだけ獲得できるかの勝負になっている。
【外国資本が投資したくなる国へ】
そして、Jリーグにも100パーセント外国資本のクラブが誕生した。大宮アルディージャがレッドブルのグローバルグループの仲間入りを果たした。RB大宮アルディージャとなったチームはJ2復帰1年目の2025年シーズンでJ1昇格争いを演じている。
「Jリーグのクラブが投資先になるかどうかについては、『投資したい』と思わせるものがあるのかどうかが、すごく大事なのでは。日本サッカーの魅力、Jリーグの魅力、日本人選手の魅力、安心安全なスタジアムの魅力に加えて、日本という国の魅力も含めて、投資を考える人たちの心に刺さると思うのです。
僕がチェアマンになってから、各クラブに『頭のなかを変えましょう』と言い続けてきました。各クラブが成長できる環境を整えるのが自分の仕事で、5年後、10年後にビジネス的にも世界と戦えるクラブが出てくるようにする。シーズン移行も、そのための施策のひとつなのです」
シーズン移行の先には、クラブの経営規模拡大、海外移籍の健全化、Jリーグの国際的な評価の高まり、といったことが期待される。そして何よりも、試合のクオリティがアップするはずだ。
レベルの高い競争が選手とチームを成長させ、Jリーグの価値を高める。日本サッカーがピッチの内外で国際的にも存在感を示していく、という日が訪れるはずだ。
<了>
【profile】
野々村芳和(ののむら・よしかづ)
1972年5月8日生まれ、静岡県清水市(現・静岡市清水区)出身。現役時のポジション=MF。清水東高時代に高校選手権に2度出場。慶應義塾大に進学したのち、1995年にジェフユナイテッド市原に加入する。2000年にコンサドーレ札幌に移籍し、翌年に29歳で現役を引退。2013年から札幌の代表取締役社長となり、2015年にJリーグ理事に選任。2022年3月に第6代Jリーグチェアマンに就任する。