短期連載 プロ野球の「投高打低」を科学する 最終回
証言者:中垣征一郎(元オリックス巡回ヘッドコーチ) 前編

 150キロ台の速球を投げる投手が以前よりも増え、打者のチャンスが減った。先発が崩れたあとのリリーフでさえ、レベルが高い──。

近年の"投高打低"傾向について、現場の声を聞きに行くと、その一因が浮かび上がった。

 ではなぜ、速い投手が増えたのか。アマチュア全般に投手のレベルが上がっているからなのか。それともプロ入り後の体力強化と技術練習において何らかの進歩があり、増速するケースが多くなったのか。

 実情を探るべく、オリックスで2024年まで巡回ヘッドコーチを務めた中垣征一郎(現・フォースディレクト代表)に話を聞く。中嶋聡が監督に就任した2021年からチームがリーグ3連覇を果たしたなか、投手陣では宇田川優希を筆頭に剛速球を持つ若手が次々に台頭。トレーニング面から彼らの成長を支えた指導者に、球速向上のプロセスを尋ねたいと考えた。

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【投手のレベルは確実に上がっている】

 野球経験は中学までという中垣だが、高校・大学では陸上競技に取り組み、筑波大で体力トレーニング、ラグビー、陸上、サッカー、アイスホッケーなど多競技においてトレーナー活動を行なったあと、留学した米国のユタ大では運動学を専攻。1998年にMLB・メッツの夏季インターントレーナーから野球でのキャリアをスタートし、韓国プロ野球でのコンディショニングコーチ、2004年から日本ハムのチーフトレーナーに就任した。

 その後、2012年はダルビッシュ有(当時レンジャーズ)の専属トレーナーとなり、日本ハム復帰後はトレーニングコーチに。2017年からはパドレスで主に動作指導を担当し、オリックスには2019年に入団した中垣は約25年間、日米韓球界を渡り歩いてきた。最初に日本ハムに入った頃と比べ、投手のレベルは上がっていると言えるだろうか。

「それは上がっていると思います。

ただ、『球がは速くなればいいというものじゃない』といった勝負の仕方をしてきている人もたくさんいると思うんですけど、バッターにとって打ち返すのが難しくなることが、投手のパフォーマンスが上がることだっていう前提でいけば、明らかにこの20年で上がったと思います」

 当初、中垣の肩書きはコーチではなく、育成統括GM補佐、コーチング・パフォーマンスディレクターだった。だが一貫していたのは、育成の立場でチームに携わること。その目線で毎年入団する新人を見てきて、球が速い投手が増えていると実感することはあっただろうか。

「アマチュアの時にどれだけ速くても、入ってからうまくいかないケースがあります。プロでは"速いプラスもうひとつの要素"が絶対必要になってくるので、そこまで含めてアマチュアのレベルが今どこにあるのか、つぶさには見ていない僕にはわかりません。ただし、最大値として出せるスピードが速い投手は、以前に比べて多くなっている。これは間違いないと思います」

【レベルの高いリリーフが増えた理由】

 素材として速い投手は確かに増えてきたようだ。また一方では、「そうでもなかったピッチャーも速くなるケースもある」という。一例として、いずれもオリックスで指導した育成出身の東晃平、最速160キロを出した山﨑颯一郎の名が挙がる。

「東はもともと140キロ台前半だったのが、先発でコンスタントに150キロ台を投げられるようになった。あとは颯一郎の場合、高校時代はあまり140キロが出なかったけど、190センチの長身と、時々140キロを超えるいいボールがあってドラフト下位で入ったという選手です。それが150キロを超えるようになったとおり、プロに入ってきてから球速を上げている選手もいます」

 プロで球速を上げるには、当然、選手への指導があってのことと思われる。以前に比べ、そうした指導がうまくいくケースも増えているのだろうか。

「どういうふうにトレーニングをして、体力的に各要素を上げて、どういう噛み合わせのなかで投げると球速が上がりやすく、だいたい狙ったところにいきやすくなるか。そこにはいろんなアイデアがあると思うんですけど、そのアイデアに対して指針を出せるオプションといったものが、昔に比べて明確になってきているんじゃないかという感じはします。

 たとえば、走ることはものすごく大事で、走れる体でいることも同じように大事です。でも、大事だからといって、ほかにやらなきゃいけない練習内容が圧迫されるようなトレーニングの組み方というのは、ピッチャーとしてうまくいかない可能性があると思います。そして、そういったことが以前に比べて整理整頓されてきた結果、出てこられるようになった選手もいるわけです」

 最たる例が、中継ぎで台頭する投手だという。先発するには球種が少なく、精度も高くないが、リリーフであれば、速い真っすぐと得意の変化球ひとつで機能できる投手。真っすぐと変化球とのコントラストを生かして1イニング、ゲームをつないで勝ちにつないでいける。まさに、リリーフでレベルの高い投手が増えたという現場の声に通じる話だ。

「先発ピッチャーをチームのなかで育成するのは、打者が出てくるのと同じようにものすごく大変なテーマだと思います。もちろん、リリーフで出てくるのも決して簡単ではない。『リリーフピッチャーのほうが育成しやすい』という話ではまったくないんですけど、確率としては以前より出やすくなっているのかな、とは思いますね」

【球速アップするがゆえのリスク】

 簡単ではないという意味では、中継ぎで急台頭して活躍しながら、翌年は不調に陥る投手も散見される。実際問題、5年、10年と好成績を続けられるリリーフ投手はほとんどいない。

それは先発投手もしくは野手が、長く活躍することと同様に難しい課題。まして、速い投手には速いがゆえの故障の懸念もあるという。

「最大値が145キロだったピッチャーの球速が150キロ台後半に上がったとします。そうすると次の登板までに回復できていたはずの歪みが、じつは回復できていないまま次の週に持ち越したり、リリーフで次の登板に持ち越したり......ということが起きやすくなるとは思うんですね。じゃあ、その歪みの影響を1回、1回、1球、1球、すべてを本当にデータ化できるかといったら、これはおそらく、どこまでテクノロジーが発達しても容易ではないでしょう」

 球速が上がっている投手の故障を防ぐため、オリックスでは各部署と連携。留意点を逐一チェックし、必要なトレーニングの内容を選手に伝えていた。だが、四六時中、選手について回って、伝えたことを実践しているか否か確認できるはずもない。実践していたとしても、それで万全か、1回、1回のトレーニングのなかで検証しきることはどこまで可能だろうか。

「選手が自分の持つ能力を上げて、球速を上げようとした時、どんなに理論背景が明確になって反映されたとしても、解決しきれないことがずっとあると僕は思います。むしろ、そういうことと並行して進んでいくものなんだと、自覚しなきゃいけないんじゃないか、と思います」

 中垣が育成の立場で投手の故障防止に努めていた一方、監督の中嶋は2021年の就任時から「なるべく3連投させない」起用を実行。何よりも選手の健康状態を気遣う方針のもと、エースの山本由伸(現・ドジャース)を中心とする投手力で3連覇が達成された。しかし、2024年はリリーフ陣で不調の投手が続出。

2023年のWBCで優勝に貢献した宇田川、山﨑も結果を残せず今に至る。

「投手と守りを中心としたチームだったことはそうなんですけど、3連覇目は野手もとてもよく打って、あの3年間、本当に選手はものすごく頑張って。で、24年に思うようにいかない選手が出た。それを受け止めなきゃいけないのはベンチであって、選手ではないと思いながらも、やはりプロ野球なので、どうやったら選手個々を鼓舞できるのか、ということは最後まで頑張ったつもりです。

 ただ、たとえば今、宇田川、山﨑が苦しんでいる。じゃあ、あの最高のステージに行った経験が彼らにとって無駄かといったら、僕は絶対そうじゃないと思っています。彼らはあのステージで、あのポテンシャルを見せたから、これから先、第二、第三のチャンスを得る可能性がある。くすぶったまま、この4年間を過ごしていたら、今どうなっているか、わからないわけですよね」

(文中敬称略)

つづく>>

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