プレミアリーグ序盤の焦点(後編)
「三笘薫・田中碧・鎌田大地の立ち位置」

◆プレミアリーグ序盤の焦点・前編>>「夏の移籍市場ビッグクラブの勝ち組・負け組」

 移籍市場は悲喜こもごもだ。

 2015年夏、GKダビド・デ・ヘア(現フィオレンティーナ)はマンチェスター・ユナイテッドからレアル・マドリードに新天地を求めるはずだった。

しかし、まさかの通信機器の不備によって、交渉は破談に終わっている。

「マンチェスター・Uが意図的に仕組んだ」
「スペインはテクノロジーが絶望的に遅れている」

 憶測に基づく情報が乱れ飛んだ。たしかに世界的ブランドの両クラブが通信機器の不備とは、恥ずかしすぎて笑い話にもならない。

 また、労働許可書(英国就労ビザ)が下りずに、プレミアリーグ挑戦を泣く泣く断念した選手も少なくない。

三笘薫のブライトン残留は正解の兆し 夏の移籍市場を経て田中碧...の画像はこちら >>
 今年の夏は鎌田大地のチームメイト、クリスタル・パレスのDFマルク・グエイが移籍を阻まれた。リバプールとの間で条件面は合意し、メディカルチェックも問題はなかった。あとは公式発表を残すのみ......。ところが、クリスタル・パレスが後釜を確保できず、リバプールに断りの連絡を入れた。

 グエイに一切の責任はない。リバプール移籍の希望はクリスタル・パレス上層部に伝達済みで、クラブ側も後釜にブライトンのDFイゴールを確保していた。しかし、移籍期限最終日の9月1日にイゴール側がウェストハム移籍へと翻意したのである。市場の残り時間が限られていたクリスタル・パレスは、イングランド代表DFを引き留めるしかなかった。

 モチベーションが大幅に低下したグエイは、キャプテンの座を返上するという。オリヴァー・グラスナー監督は「グエイが移籍した場合は辞任する」と上層部に迫っていたとも伝えられている。シーズン開幕した今、チーム内はバラバラだ。

 スティーブ・パリッシュ会長は「来年6月で契約の切れる選手をフリーで放出するのは経営的に愚策」と語り、グエイの退団を容認していた。したがって早ければ来年1月、遅くとも夏には移籍が決定する公算が大きい。ただ、グエイの感情はないがしろにされた。後味が悪すぎる。

 この夏、クリスタル・パレスのMFエベレチ・エゼがアーセナルに移籍した。その結果、鎌田は2列目での起用が増えるのではないだろうか。グラスナー監督は「3列目がベスト」と話していたが、指揮官のプラン変更も考えられる。

【田中碧がベンチウォーマー?】

 チャンピオンシップから昇格した田中碧の所属するリーズは、今夏に10人もの新戦力を獲得した。彼らの平均身長はおよそ190cm。プレミアリーグの強度に耐えうる大型選手を重用するのだろうか。

 この動きに伴い、一部では「田中は控えに降格か?」とささやかれている。日本代表MFは180cmだからだ。ニューカマーたちに比べると上背はない。

 しかも2節のアーセナル戦で、田中はひざを負傷してしまった。9月いっぱいは欠場を余儀なくされるだろう。昨シーズンの4-2-3-1から4-1-4-1にシステムが変更し、3列目から2列目に上がった田中は、動きがやや窮屈にも映った。

 定位置争いのライバルになるショーン・ロングスタッフは、ニューカッスルでジョエリントンやサンドロ・トナーリ、ブルーノ・ギマランイスといった強力な中盤のバックアップとして働き、首脳陣からも支持されていた。田中にとって手ごわい相手である。

 しかし、プレミアリーグに残留するためには分厚い選手層が必要だ。体制を整えたリーズの戦力は、クリスタル・パレスをしのぎ、ウルヴァーハンプトン、ウェストハム、そして同じく昇格してきたバーンリーを上まわったようにも感じられる。

 昨季の田中はプレミアリーグ昇格に最大限尽力し、チームMVPにも輝いた。そんな彼がベンチウォーマーになるかもしれないのだから、戦力は増強されたと判断していいだろう。

 昨季から在籍するイリア・グルエフやイーサン・アンパドゥに加え、新戦力のロングスタッフとアントン・シュタッハ(ホッフェンハイム→)が参戦する今季の定位置争いは、チームのレベルアップに直結する。そうなれば、プレミアリーグ残留というベストアンサーにたどり着く。

 アーセナルのデクラン・ライスは「リーズで最も警戒すべき選手」として、田中を高く評価している。ケガからの復帰後、田中は再びポジションを確保することができるか。

【ブライトンの戦力は今季も充実】

 今夏は例年にも増して、選手の獲得合戦に注目が集まった。しかし、移籍市場の勝ち負けは新戦力の獲得だけでは判断できない。主力の残留も注目すべきポイントだ。

 サウジアラビアからラブコールを受けているMFブルーノ・フェルナンデスはマンチェスター・Uに、アトレティコ・マドリードが接近したDFクリスティアン・ロメロはトッテナム・ホットスパーに留まり、サポーターは安堵のため息をついた。

 そしてブライトンは、三笘薫とMFカルロス・バレバを手放さなかった。今夏における最強の補強といって差し支えない。

 ここ数年、三笘の周りにはメガクラブの影がずっと見え隠れしている。一方、バレバにはマンチェスター・Uが触手を伸ばし、1億ポンド(約200億円)のオファーが届いたとも伝えられた。三笘とバレバを合わせると、ブライトンは1億6000~7000万ポンド(約320~340億円)のビッグディールも可能だったに違いない。

 それでもトニー・ブルーム会長は、首を縦に振らなかった。FWジョアン・ペドロがチェルシーに、DFペルビス・エストゥピニャンがミランに去ったとはいえ、GKバルト・フェルブルッヘン、DFルイス・ダンク、DFヤン・ポール・ファン・ヘッケ、FWヤンクバ・ミンテ、FWダニー・ウェルベックなどの主力は、三笘やバレバとともに残留している。

 また、足もとの柔軟なテクニックが持ち味のMFブラヤン・グルダは2シーズン目を迎えて急成長し、ニュルンベルクからローンバックしたFWステファノス・ツィマスはシュート技術に磨きがかかっている。

 その一方で、DFオリヴィエ・ボスカリ(PSV→)、DFディエゴ・コッポラ(ヴェローナ→)、FWハラランポス・コストゥラス(オリンピアコス→)といった将来ビッグディールとなる可能性を秘めたタレントも獲得した。かつてのDFマルク・ククレジャやMFモイセス・カイセド、そして今回のジョアン:ペドロ(いずれも現チェルシー)と同じ流れと言えるだろう。

【安く買って高く売るビジネス】

 ブライトンは大半の主力を確保し、将来性の豊かな選手も手に入れた。今夏の収支バランスはプラス7500万ユーロ(約130億円)。あいかわらず商売がうまい。この充実した戦力を武器に、今季も結果を残す可能性は高そうだ。

 移籍市場では天文学的な数字のやり取りが頻繁に報じられる。ブライトンも昨夏は2億ポンド(約400億円)を投じた。しかし、誰もが知る大物ではなく、ビジネスの基本は先行投資だ。

「安く買って、高く売る」を貫いている。

 今夏もアーセナル、ボーンマス、ブレントフォード、バーンリー、リーズ、マンチェスター・U、ニューカッスル、ノッティンガム・フォレスト、サンダーランドがクラブ史上最高額を市場に投じている。ただ、それは果たして正解なのか。資金力の豊かなメガクラブはともかくとして、中規模程度の経済力ならブライトンを参考にしなければならない。

 クリスタル・パレスの鎌田、リーズの田中、ブライトンの三笘──。プレミアリーグを賑わせた夏の市場をまたぎ、昨季と今季ではまったく彼らの立ち位置は変わってくる。今季もチームに欠かせぬ存在として重宝されることを願いたい。

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