南野拓実が所属するモナコは、アーセン・ベンゲルが名古屋グランパスエイトの監督になる前に率いていたクラブだ。そのため日本のサッカーファンにも興味を持たれ、「モナコってどんなクラブなんだ?」と調べた人も少なくないだろう。
モナコの歴史を紐解くと、これまで数多くの名選手がフランスの古豪を経由して世界に羽ばたいている。
DFリリアン・テュラム、DFパトリス・エヴラ、MFエマニュエル・プティ、MFユーリ・ジョルカエフ、MFハメス・ロドリゲス、MFジョアン・モウティーニョ、MFベルナルド・シウバ、FWジョージ・ウェア、FWティアリ・アンリ、そしてFWキリアン・エムバペ......。
フットボールへの貢献度は、とてつもなく大きい。
さて、南野は30歳になった。現時点のトップチームでは年長のひとりであり、精神的支柱としての役割も求められる。過去のインタビューなどから察するに、彼は「闘将」という雰囲気ではない。長友佑都のような熱い言葉で導くわけでもなさそうだ。何事にも達観しているかのような落ち着きで、チームに安心感をもたらすタイプのように感じる。
実際に南野は、今季新加入のFWアンス・ファティ(22歳/バルセロナ→)にはスペイン語で、MFエリック・ダイアー(31歳/バイエルン→)には英語で積極的に話しかけ、コミュニケーションを図っているという。アディ・ヒュッター監督も「タクミがリーダーであることはチームの共通認識」と高く評価している。
昨季クラブ最多の16 ゴールを決めた22歳のFWミカ・ビエレス、チャンスメイク能力が一段と向上した23歳のMFマグネス・アクリウシュといった若手も、南野の存在によって気負わずにプレーできるだろう。モナコは今シーズンもリーグ・アンで上位に進出する公算が大きい。
もちろん、例によってパリ・サンジェルマン(PSG)が優勝候補筆頭ではある。リーグ・アンどころか、チャンピオンズリーグ(CL)でも同様に位置づけられている。
【世界を完全に掌握できる逸材】
PSGのオーナー企業『カタール・スポーツ・インヴェストメント』は、リオネル・メッシ、ルイス・スアレス、ネイマール、エムバペといった我の強いスーパースターを軸とする編成をあっさりと捨て、驚異のハイ・インテンシティ集団へシフトチェンジした。
彼らの大目標はCL連覇だ。しかし、リーグフェーズは厄介なことになっている。セリエAの曲者アタランタとのホームゲームを皮切りに、バルセロナ(A)、レバークーゼン(A)、バイエルン(H)、トッテナム・ホットスパー(A)、スポルティング(A)、ニューカッスル(H)と、強敵・難敵との対戦が連続する。
それでもパリSGはCLを重要視し、リーグ・アンは多少の戦力ダウンで臨むだろう。モナコにとってはビッグチャンス到来だ。ゲームキャプテンの経験もある南野が優勝カップを高々と掲げる可能性も、決してゼロではない。
一方、モナコのCLはどうか。クルブ・ブルッヘ(A)、マンチェスター・シティ(H)、スパーズ(H)、パフォス(A)、ガラタサライ(A)、レアル・マドリード(A)、ユベントス(H)......。モナコのリーグフェイズもなかなか厳しい。
特にマンチェスター・C、スパーズとプレミアリーグ勢が続く2~3節は難しすぎる。
ただ、今季のモナコには、まもなく"あの男"が帰ってくる。
ポール・ポグバだ。
彼の才能に疑いの余地はない。リオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウドと同等......いや、フットボール史上に名を残す偉大なる両選手を上まわるポテンシャルを持ちながら、自分自身と真摯に向き合ってこなかった。
エージェントの影響力が大きすぎたのか、監督やコーチよりも取り巻きを重視したのか。実兄に脅迫されたことすらあった。マンチェスター・ユナイテッドの下部組織に所属していた当時、サー・アレックス・ファーガソンをして「世界を完全に掌握できる逸材」とまで言わしめた男は、堕ちるところまで堕ちた。
【ポグバは南野に一目置いている】
2024年、ドーピング検査で陽性反応。4年間の出場停止処分が科された。その後、医師から処方されたサプリのなかに微量の禁止薬物が含まれていた──いわゆる誤接種であることが判明し、ポグバに対するペナルティは1年半に軽減されたが、すでにユベントスを解雇されており、彼のキャリアは終わったとも考えられていた。
しかし、捨てる神あれば拾う神あり。
今年6月、モナコと契約した際、ポグバは記者会見で落涙した。不遜な態度が何かにつけて物議をかもしてきた男は、32歳になって人の温かさがあらためて身に染みたのだろう。終わったはずのキャリアが新章を迎えたのだ。意気に感じないはずがない。人々のサポートで心が清められたポグバは数段バージョンアップして、再びピッチに立つ時を待っている。
現在、ポグバは急ピッチでコンディションを仕上げているという。ただ、個別練習を経て全体練習に加わったとはいえ、まだ実戦に戻れる状態ではない。チアゴ・スクーロCEOによると、「復帰は9月下旬を予定している」。その大舞台は10月1日のマンチェスター・C戦か、あるいは10月23日のスパーズ戦か。
ここから、南野との共演が始まる。
ポグバが配したラインブレイクのパスに、南野がすぐさま反応する。
「タクミは誰よりも早くトレーニング場にやってきて、最後まで残っている。彼のようにストイックで、しかも楽しそうにフットボールと接する選手は初めて見た。見習わなくてはならない」
「タクミのプレーを見ていると、常に考えながらプレーしていることが手に取るようにわかる。実にスマートで、フットボールを深く理解しているからこその動きだ」
ポグバは南野に一目置いている。こうした感情はチームにプラスの要素をもたらし、すべてが円滑に動いていく。
道を踏み外したとはいえ、ポグバはフランス代表で2018年のロシアワールドカップ優勝に貢献している。昨シーズンの南野は絶対的な存在感を示し、今シーズン第3節のストラスブール戦でも後半の追加タイムに劇的な決勝ゴール。
交わるはずのなかった南野とポグバが、ともにモナコのユニフォームを身にまとっている。あとは存分に楽しむだけだ。