山中慎介インタビュー 中編

(前編:山中慎介が井上尚弥vsアフマダリエフを予想 挑戦者とは実力差があるが「どこか不気味な怖さがある」>>)

 ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)との大一番に向け、井上尚弥はそのアフマダリエフに唯一の黒星をつけた元王者マーロン・タパレス(フィリピン)と約1カ月のスパーリングを実施。さらに、13年ぶりに帝拳ジムへ出稽古し、世界を視野に入れるサウスポー4人とのスパーで仕上げてきた。

 加えて、12月にはWBC1位アラン・ピカソ(メキシコ)との一戦が浮上。来年には、階級を上げた中谷潤人との東京ドーム決戦も計画されている。その中谷の次戦の相手として噂されるのが(ラモン・)カルデナスだ。実現すれば、井上戦との比較材料としても注目の試合になるが、元王者・山中慎介氏に聞いた。

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【準備は両陣営とも本気】

――アフマダリエフ選手は8月24日に来日。かなり早いタイミングで日本入りしましたね。

「普通は試合の1週間前くらいに来日する選手が多いんですけど、それだけでも、コンディション調整に対する本気度が伝わってきます。以前から井上との対戦を熱望していた選手ですし、この一戦に賭ける思いは大きいでしょう」

――井上選手が慎重に入った場合でも、アフマダリエフ選手はいつも通り前に出てくるでしょうか?

「うーん、どうでしょうね。距離感も抜群で出入りのスピードもある井上に対して、アフマダリエフが出てこられるかどうか。そこはひとつのポイントですね」

――井上選手を前にするとディフェンシブになる選手が多かったですが、アフマダリエフが前に出てくるとすれば、井上選手にとっては倒すチャンスも出てくるのでは?

「そうなりますね。特に攻撃的になったとき、アフマダリエフはガードが空く場面があります。攻撃重視でパワーはありますが、井上ならそのタイミングと隙をしっかり狙えると思いますよ」

――アフマダリエフ陣営のトレーナーは、今年5月に対戦したラモン・カルデナスと同じジョエル・ディアス氏ですね。

「前回の試合を踏まえたうえでの準備でしょうし、当然情報は共有されているでしょう。

一方で井上陣営は、アフマダリエフに勝ったタパレスをスパーリングパートナーに呼んでいますし、どちらの陣営も抜かりなく対策を練ってきている印象です」

――加えて、井上選手は、山中さんの古巣・帝拳ジムに13年ぶりに出稽古を慣行して、そうそうたる選手たちとスパーリングを行いました。

(※)東洋太平洋フェザー級王者・中野幹士、WBOアジアパシフィック・スーパーバンタム級王者・村田昴、日本バンタム級王者・増田陸、WBOアジアパシフィック・フェザー級王者・藤田健児

「13年前の出稽古の時は、僕もジムにいました。五十嵐俊幸(元WBC世界フライ級王者)とスパーしていましたね。井上は当時高校生でしたが、すでにその実力は聞こえてきていましたから、強いのはわかっていましたね。

 その時以来の出稽古ということですから、今回への本気度が伝わってきます。全員、アフマダリエフと同じサウスポーで世界挑戦が見えている位置にいる実力者たちです。アフマダリエフ対策ももちろんですが、試合に近い緊張感を味わう目的もあったと思います」

――名門・帝拳への出稽古には、普段とは違う緊張感を味わうという狙いもありそうですね。

「そうですね。試合の空気感に近いものがあると思います」

――実際にスパーをした後輩選手からは何か聞いてますか?

「村田と増田に少し聞きましたが、『やっぱりとんでもない強さだった』と言ってましたね。増田に関しては、階級がひとつ下のバンタム級というのもありますが、技術、スピード、パワー、すべてがトップ中のトップを肌で感じたわけですから、心身ともに相当きつかったと思います。井上の仕上がりのよさは、スパーを務めた選手たちの声からも伝わってきますね」

――先ほど(前編で)もおっしゃっていましたが、順当に行けば井上選手の勝利は固いと。

「そうですね。

スピード、パワー、精度、どれを取っても井上は抜けていますから、中盤以降、はっきり差が出てくると思います。タフなアフマダリエフを井上が倒して、『やっぱりスゲーな』ってなる展開も、十分に想像できますね」

――特に注目は、序盤ですね。

「ムロジョンがパンチにどう反応するのか、まずはそこが見ものですね」

【中谷と戦うカルデナスは井上戦で評価アップ】

――アフマダリエフ選手に勝利した先にあるのが、中谷選手とのドリームマッチです。

「大一番ですよね。お互いがしっかり勝ちを積み重ねることでより注目が増しますから、無敗同士の日本人対決を実現してほしいです」

――中谷選手の次戦で噂されているのがカルデナス選手との一戦です。

「井上との試合で、カルデナスの評価は一気に上がりましたし、誰もが見たいカードです。中谷も井上との対戦を見据えているなら、カルデナスという相手は無視できませんし、比較対象としてもわかりやすいと思います」

――中谷選手とカルデナス選手が戦ったら、どんな展開になると思いますか?

「井上と中谷はスタイルが全く違います。中谷はサウスポーでどの距離でも強い攻撃が様々な角度から打てます。中谷が自分の距離で戦えるようであれば、試合を完全に支配する展開もあるでしょう」

――井上選手との試合でカルデナス選手が見せたパフォーマンスは、事前の印象を覆すような内容で、多くの人を驚かせました。

「本当に仕上がってましたよね。過去の試合よりも"何倍増し"というくらいよかった。距離感もよかったですし、当たってはいないけどタイミングのいいパンチも出していた。

パンチ力もありますし、あの時くらいにカルデナスが仕上げてきたら、中谷にとってもやっかいな相手になります」

――中谷選手にとっては、階級アップ後の初戦となります。

「そうなんですよね。最初の試合から強敵を迎える形になる。でも中谷自身、井上との対戦を視野に入れている以上は中途半端な相手とはやれないですよね」

――一方の井上選手は、12月にも試合が噂されています。

「WBC1位のアラン・ピカソとの試合があるのではないか、と言われていますね。ピカソは正直、そこまで怖い相手ではないと思うので、とにかくアフマダリエフ戦です」

※井上 vs ピカソは、米スポーツ専門局『ESPN』のサルバドール・ロドリゲス記者が、自身のXでポスト。サウジアラビア・リヤドで開催予定の「リヤド・シーズン」興行でメインイベントとして行なわれる見込み。

――とにかく井上選手、中谷選手、2人の対決まで目が離せません。

「どちらもKOの山を積み上げてきた日本ボクシング界を代表する選手です。勝ち続ければ必ずたどり着く舞台。お互いにベストな状態でぶつかる姿を見てみたいですね」

(後編:山中慎介が語る武居由樹の次戦と、急浮上した那須川天心vs井上拓真「高いレベルの技術戦になる」>>)

【プロフィール】

■山中慎介(やまなか・しんすけ)

1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。

専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。

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