9月13日、マニラ。バレーボール男子世界選手権(以下、世界バレー)の会場では、その名前がアナウンスされると、歓声のボリュームが最大限まで大きくなった。
「YUKI!」
泣き叫ぶような女性ファンの声が甲高く響いた。
石川祐希の姿は町中の至るところにあった。世界バレーの大会広告では、彼はパネルの一角にいつも陣取っていた。14番のユニフォームを着た女性は少なくなく、フィリピンでは最も人気のあるバレーボール選手と言っても過言ではない。
石川は日本代表主将として、近年の躍進を牽引してきた。世界最高峰イタリア、セリエAのペルージャでも活躍し、昨シーズンはチーム最多得点でチャンピオンズリーグ優勝の立役者になっている。控えめに言っても、世界最高の選手のひとりだ。
ところが、世界バレー開幕戦は波乱が起きている。
石川がキャプテンを務める日本は、トルコにセットカウント0-3で敗れた。3セットとも10点前後までは拮抗した勝負だったが、そこから徐々に突き放され、流れを取り戻せなかった。これで1次リーグは残るカナダ戦、リビア戦に負けられなくなった。
「(パリ五輪後にロラン・ティリ監督が就任して)1年目のチームで、こういう試合を経験して成長するしかないって思っています。
石川は凛然として語っている。エース、キャプテンの自負心だ。
世界ランク5位の日本が、同16位のトルコに、なぜ苦しみ、敗れることになったのか?
トルコはサーブ、ブロックの強さに定評があった。しかし、驚くほど"地上戦"も強く、粘り強く拾ってきた。日本が侮ったというよりは、相手が乾坤一擲で挑んできたことを讃えるべきか。「僕たちに"対策しているな"って感じます」
石川は冷静に言う。その声音は、「世界」と対峙してきた厚みを感じさせた。
「今日はブロックのつき方に関しても、"僕たちのことを見ているな"って思いました。自分たちが(国際大会で結果も残して)追われるチームになった展開で。そこでチームになって間もなく、メンバーも変わってきて慣れていない選手もいるなかの戦いで......当然、そこはこれから越えていかないといけない課題で、結果を出すのが使命ですが」
【「見たことがないタイプ」のサーブ】
彼は常に勝負と向き合っている。イタリアという、相手との駆け引きがたえず行なわれる国で、その感覚は磨かれたのだろう。コートでの適応力が問われるからこそ、トルコ戦の出来には悔しさも募るはずだ。
「どんな状況でも、自分たちのパフォーマンスを出さなければなりません。
石川は現実から逃げない。乗り越えることで、進化を遂げる。世界バレー直前、ブルガリア、イタリアと戦い、あえて「自分たちはまだ強くない」と警告したのは、"発展途上"だと感じていたからだろう。
トルコ戦は、わずかな亀裂のようなものが大きく作用した。亀裂は運とも言い換えられる。たとえば、ブロックに当たったボールをトルコがつなげるシーンが意外なほど多くあった。それは相応のポジショニングをしていたから防げたのだろうし、研究の成果でもあるのだろうが、トルコにラッキーボールが多かったのも間違いない。
そしてトルコには、亀裂を抉(えぐ)る厄介なサーバー、ラマザン・マンディラーチがいた。エース5本。多くの選手が「見たことがないタイプ」と言うサーブで襲いかかってきた。
「回転もスピードも、両方とも難しくて、回転があまりかかっていない速いフローターサーブみたいな感じでした。
リベロの山本智大が解説してくれたように、日本はセット中盤までは拮抗しながら、そのサーブで流れを奪われていた。
そうした現象はどんなスポーツでも起こり得る。特にトルコは、サッカーでもバスケットボールでも、ボールゲームでは勢いに乗った時は天を衝く勢いになる。一方で、心が折れるのも早く、呆気なく崩れるキャラクターも持っているのだが......。
この日は日本にとって、すべてが"凶"と出た。
【「相手よりいいプレーをして勝つ」】
その運命を裏返すには、エースの石川が雄叫びを上げる回数を増やすしかなかったが、いつも2枚以上のブロックにつかれていた。
「相手のサーブがよかったのもそう(なった原因)ですし、ハイボールのケースでBパス(セッターが少し動いてオーバーハンドでトスを上げられる範囲に返ってくるパス)が少し多かったですね。そうなるとクイックは外し気味になるので。どこのチームも僕たち相手だと2枚になるケースが多かったなって」
石川は論理的に語り、こうも続けた。
「セッターの大宅(真樹)選手とのコンビは問題なかったですよ! しっかり打てているので、(合宿での)練習の成果は出ているなって思います。1本が欲しいところで出てこないとか、そういうのはセッターが誰であれ、あるものなので」
そう語った石川は少し頬を緩めた。
最後に問う。
――キャプテンという立場で、負けられないカナダ戦にどう臨みますか?
石川は正面から目を見て答えた。
「カナダ戦に向け、まずは負けを引きずらないことだと思うんですが、完全に払拭できるわけではありません。今は大会が始まって、そのなかでどう戦っていくか。いい経験にもなるはずなので、もう一度やるべきことを考えて準備していくべきかなって。あと、自分たちにフォーカスしすぎているかな、と思います。試合に勝つには、相手よりも何本かいいプレーをすれば、間違いなく点数が入って勝てるはずなんです。相手に対してもフォーカスし、相手よりもいいプレーをして勝つ。その気持ちの持ち方も大事かなって」
その不敵な割りきりこそ、イタリアで最高のプレーヤーになった所以だろう。勝利の女神に愛されるには――。石川はその手順を知り尽くしているはずだ。