【東京世界陸上】女子マラソンの新ヒロイン・小林香菜、驚異の猛...の画像はこちら >>

【集団走よりも単独走のほうが気楽】

 日本女子マラソンに新たなヒロインが登場した。

 東京世界陸上の大会2日目、女子マラソンで小林香菜(大塚製薬)が粘りの走りを見せ、日本人トップの7位(2時間28分50秒)でゴール。日本勢としては、2019年ドーハ大会の谷本観月(7位)以来、3大会ぶりの入賞を果たした。

 レースはかなりのスローペースでスタート。選手たちがけん制し合い、最初の2kmを7分、その後もペースが上がらない。レース前に河野匡監督から「自分のペースを大事にして、抑えなくてもいい」と指示を受けていた小林は、8km過ぎでアメリカ勢のふたりが飛び出すと、その指示どおりに、東京五輪・金メダルのペレス・ジェプチルチル(ケニア)、パリ五輪・銀メダルのティギスト・アセファ(エチオピア)らのいる大集団がスローペースをキープするなか、迷わずついていった。

「本当は(前に)出たくなかったんですけど、あまりに遅すぎたので、自分のペースで行こうと思って出たんです」

 集団を出て走れば風の抵抗を受け、また、背後につかれればペースメーカー的に使われてしまう。その怖さはあったが、「負けてもともと」という潔さと、経験の少なさが積極的な走りを生んだ。もともと練習ではひとりで走ることが多く、集団走よりも単独走のほうが気楽だという小林にとっては、前で引っ張るというよりは、自分のペースで走ることを選択したと言える。

 その後、アメリカ勢にはすぐに引き離されたが、小林は無理に追わず、単独走で自分のペースを守った。20km付近では先頭から30秒以上の差をつけられ、一時的に「いっぱいいっぱい」となるも、厳しい夏合宿を乗り越えた自信と、家族や友人の励ましを思い出しながら粘った。

「7月、8月は、ずっと山で練習してきたんです。一個一個の練習がきつかったですし、合宿はひとりで孤独だったので、精神面が一番きつかったんですけど、なんとかやりきることができました。あと、やっぱり急に代表に選んでいただいたので、そこのプレッシャーが大きくて、気持ちが一番つらかったんですけど、そんな時、電波の悪い山の中でも、家族や友人が電話に付き合ってくれたりしたので、みんなのためにも頑張ろうと思うことができました」

 一方、ジェプチルチルら優勝候補を含む大集団は20km付近から一気にペースアップして前を追い始めたが、結果的にはそれによって多くの選手がふるい落とされた。

 24歳の小林は、大学の部活ではなくサークル出身でエリートマラソンの経験が少ないものの、24km付近で集団に追いつかれ、ごぼう抜きされても慌てなかった。

「後ろの集団は30kmくらいで来るかなと思ったら、意外と早く来て。とりあえず鬼ごっこみたいな感じで、抜かれたら自分が追いかけようと思って粘りました」

【給水ポイントのたびに氷入りのキャップを交換】

 そんな彼女の走りで目を見張ったのは、徹底した暑熱対策だ。各給水ポイントでは、スペシャルドリンクに加え、氷を入れた新しいキャップを受け取り、そのつばには手に持って走るための保冷剤までつけていた。暑さによる消耗を最小限度に抑えていたのだ。

 30km手前で11位まで順位を下げたが、時折苦しい表情を浮かべながらも自分のペースを守り、31km過ぎには10位に、35km手前で8位に上がった。蒸し暑さで急激にスローダウンしてきた選手を次々に拾った。さらに前を走っていたマグダリン・マサイ(ケニア)の途中棄権で7位に上がった。

 終盤は沿道からの声援が小林の背中を押した。早稲田大時代のサークルの仲間や、所属の大塚製薬の社員も大勢駆けつけていた。ひときわ小柄な体で、歯を食いしばって必死に走る小林に、誰もが大きな声援を送った。小林は最後までファイティングポーズを崩さず、帽子を取り、笑顔で42.195kmの旅を終えた。

「ここまで、正直、つらかった。

楽しいことよりもつらいことのほうが多くて、長く競技を続けるのは、ちょっともういいかなって思うぐらいでした。でも、この道を選んでよかったですし、ここまでがんばってきて本当によかったです」

 小林は涙交じりの笑顔を見せた。今年1月の大阪国際女子マラソンでパリ五輪・マラソン代表(6位入賞)の鈴木優花に競り勝ち、東京世界陸上の切符をつかんでから、わずか9カ月弱。レース前の会見では、「楽しみはあまり持てない。ちょっと怖いというか、早く終わってほしい」と不安そうな表情を浮かべていた。

 だが、それは杞憂に終わった。陸上エリートではないたたき上げのタフさに加えて、まだ24歳と若く、どこまで成長するのかわからない伸びしろ。今後のさらなる飛躍に期待したい。

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