「ブライトンの奇跡」から10年
リーチ マイケル・インタビュー(後編)

◆リーチ マイケル・前編>>「ブライトンの奇跡」あの決断を振り返る

◆リーチ マイケル・中編>>奇跡から10年後「日本人のスタンドオフが少ない」

 2025年に活動しているラグビー日本代表のメンバーには、2019年のワールドカップでベスト8入りした選手がひとりしか残っていない。

 36歳のFLリーチ マイケル、ただひとりである。

※ポジションの略称=HO(フッカー)、PR(プロップ)、LO(ロック)、FL(フランカー)、No.8(ナンバーエイト)、SH(スクラムハーフ)、SO(スタンドオフ)、CTB(センター)、WTB(ウイング)、FB(フルバック)

 それが、驚きではないのだ。

 所属する東芝ブレイブルーパス東京がリーグワン連覇を飾った2024-25シーズンは、チームでただひとりプレーオフを含む全20試合に先発出場した。4シーズン目のリーグワンでは初となるベストフィフティーンにNo.8で選出され、ベストタックラーも受賞した。プレーヤーが選ぶベストタックラーの『ゴールデンショルダー』にも選出された。

 10月7日で37歳になるが、そのパフォーマンスは衰えをまったく感じさせない。むしろ、圧倒的でさえある。

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【ラグビー日本代表】リーチ マイケルが語る名将エディーのトリ...の画像はこちら >>
「個人的には、今、ラグビーがとても楽しいです。ただ、そういう気持ちはあるんですが、日本代表が勝たなきゃいけないという思いも強いです。

 日本代表が結果を残せない時の怖さも、僕は知っている。日本代表が強くないと、いろいろなところに影響するんです。リーグワンでレベルの高い試合が繰り広げられていても、日本代表が結果を残さないと、ダメなんです。

 今年秋からのテストマッチは大事です。

11月には南アフリカ戦もありますからね」

「ブライトンの奇跡」と呼ばれる2015年9月19日の南アフリカ戦から10年目の節目となる今年11月に、ロンドンのウェンブリー・スタジアムで再戦が実現する。愛称「スプリングボクス」との対戦は、2019年のワールドカップ準々決勝(スコアは3-26)以来だ。

【11月のツアーは成長のチャンス】

「10年前は、中学生とか高校生だった選手たちが、今度は日本代表として戦うことになる。それは彼らのモチベーションになるでしょうし、もちろん勝ちにいかないといけない試合です。2027年ワールドカップの2年前に、最高のチームと対戦できるチャンスです。相手は相当にレベルが高いですけれど、このチャンスをモノにしたい。

 僕自身、南アフリカ戦への思いは強いです。世界のトップ・オブ・トップ相手に、スクラム、タックル、ランと、いろいろなところで勝負できる。世界トップのスタンダードを、肌で感じることができるのは大きい。準備の段階からどれだけ勝ちを意識してできるかが、すごく大事になると思います。

 どういう結果になるとしても、試合後にレビューすると、準備してできたところと準備してもできなかったところが出てくる。それをチームとして、個人として、レベルアップにつなげていく。

 11月1日の南アフリカ戦で終わりではなく、次の週からもアイルランド、ウェールズ、ジョージアと対戦する。

この秋のツアーはすごくいいものになるので、そこでどうやって成長していくのかが、2027年のワードカップにつながると思います」

 2024年に2度目の代表監督に就任したエディ・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)は、就任とともに「超速ラグビー」をチーム作りのテーマに掲げた。2025年は「超速AS ONE」へアップデートし、パス、ラン、キックの速さ、考える速さ、連係・団結の速さを追求する。「AS ONE」はValue(共通の価値観)、Goal(明確な目標)、Action(具体的なアクション)を意味する。

「超速ラグビーについては、僕ら選手の理解も進んでいます。昨年はボールを持ってスピーディーに走ることがすごく強調された感じでしたが、それだけでは絶対に勝てない。自分たちのいい状態で、どれだけボールを持っていくか。

 ボールが前へ出ている時、早く出ている時はどんどん超速して、ボールがちょっと遅くなりそうな時には、蹴ることも考える。蹴ったらディフェンスでどんどんプレッシャーをかけて、相手が蹴り返したボールをまた保持して、速くアタックしていく。

 そこでは、一つひとつのトランジションのところを、どれだけ速くできるのかが重要なポイントになってきます」

【自分で考えて行動する必要性】

 超速をプレー選択のファーストチョイスとしながら、臨機応変に判断を下してゲームをコントロールしていく。プレーの判断も含めてテンポやリズムを考えながら、速さを追求していくということなのだろう。

「わかりやすいところで言えば、相手のディフェンスが揃った状態で、無理やりぶち込むというか、どんどん前へ出て行っても、相手はデカいし消耗する。エネルギーをたくさん使ってしまう。

 それならば、ディフェンスが揃っている時はキックをうまく使って、相手のディフェンスが散らばったところで『超速』へシフトする。

相手のディフェンスがリカバリーしてきたら、また蹴る。そういうイメージ、そういうバランスの試合を、作っていかないといけない。

 そうすると、見ていて楽しいラグビーになっていくのでは。超速を意識しすぎると、ちょっとしんどいですからね。

 7月のウェールズとの連戦では、第1戦に24-19で勝ち、第2戦は22-31で負けましたけど、ある程度、理想に近いところまで持っていけた。あとは、80分間のゲームコントロールです。

 選手からもっとこうしたい、という声がどんどん出てくれば、もっとよくなると思います。ヘッドコーチのエディさんが言うことをやろうとするのは、選手としては当然でしょう。ただ、それでうまくいかないことがあったら、試合後のレビューで『次の週はもっとこうしたい』というやり取りを、どんどんやっていきたいんです」

 10年前のあの南アフリカ戦で、リーチはジョーンズHCと違う決断を下し、世紀のアップセットを生み出した。実際にプレーしている選手の肌感覚は、やはり大事なのである。

「僕が言いたいのは、試合のもっと前、準備の段階です(苦笑)。コーチ陣とどんどんコミュニケーションを取っていけば、チームはもっとよくなる。

自分で考えて行動する。自主性、大事です」

 今年7月のウェールズとの連戦では、これまでどおりリーチがキャプテンを務めた。自身が合流しなかった8月末のカナダ戦では、LOワーナー・ディアンズが初めてキャプテンに指名された。23歳にして24キャップのディアンズは、昨シーズンまで東芝ブレイブルーパス東京のチームメイトだった。

【後継者が出てきてほしい】

 また、9月のパシフィックネーションズカップのファイナルラウンドでは、東芝ブレイブルーパス東京からニュージーランドのクラブへの移籍を表明しているHO原田衛(まもる)が、ディアンズと共同キャプテンを務めた。自身のリーダーシップに触れてきたふたりが、日本代表を牽引する。

「後継者、出てきてほしいです。ワーナーは僕とポジションが違いますけれど、これから長く日本代表でプレーするでしょうから、期待しています。衛もいい選手です。英語がしゃべれるし、今シーズンから海外で挑戦して、ベースアップして帰ってくると思うので。ふたりにはがんばってほしいですね」

 オーストラリアで開催される2年後のワールドカップでは、大会期間中に38歳の誕生日を迎える。コンディション維持に精いっぱいではなく、むしろ身体のキレを上げている現在の状態を保つことができれば──その期待は大きい──日本代表初のワールドカップ5大会連続出場が現実味を帯びてくる。

「もちろん、行きたい。

負けたくないです。
 今の調子を維持できれば、と。
 でも、1年、1年です」

 所属する東芝ブレイブルーパス東京では、チームの練習後に若手選手に声をかけ、タックルの練習に打ち込む姿がある。タックルをして、立ち上がり、またタックルをする。息づかいが荒くなっても、自分を追い込んでいく。ひたむきで飽くことのない地道な積み重ねが、対戦相手を圧倒するパフォーマンスの土台となっている。

「そういう練習ができているのは、ホントにありがたい。感謝しています。どこかが痛いとかなると、ああいうのはできなくなるんで」

 2015年9月の南アフリカ戦から10年が経ったということで、「10年前の自分に声をかけるとしたら」との問いかけをした。リーチはかなり長く考えた末に、「ないですね」と答えた。

「この10年間、自分なりに悔いなくやってきましたので。今から10年後の目標なら、すぐに答えられます。

日本代表がワールドカップでベスト4に入る。ベスト4から優勝を狙えるぐらいの組織を作り上げたい、と思っています。その可能性はゼロじゃない」

【4歳の息子が好きな選手は...】

 4歳になる息子さんは、東芝ブレイブルーパス東京がリーグワンで優勝をしたことをきっかけに、「ラグビーをやりたい」と言ってきた。それならとボールをプレゼントすると、想定をはるかに上回るスキルを見せてきた。

「いきなりスクリューパスをしてきたんですよ。教えてないのに。それで、どんな選手になりたいのって聞くと、リッチー・モウンガみたいになりたいって言うんです(笑)」

 ニュージーランド代表として2023年のワールドカップに出場し、東芝ブレイブルーパス東京のリーグワン連覇の立役者となったSOモウンガの実力とすごみは、間近で感じている。SOの華やかさが子どもにわかりやすいのも、もちろん理解している。

「でもねえ」と、リーチは笑う。日本ラグビー界のシンボルは、子どもを愛する父親の表情をのぞかせた。

<了>


【profile】
リーチ マイケル
1988年10月7日生まれ、ニュージーランド・クライストチャーチ出身。15歳で来日して北海道・札幌山の手高校に入学。東海大学を経て2011年に東芝ブレイブルーパス(現・東芝ブレイブルーパス東京)に加入する。日本代表歴は2008年11月のアメリカ戦で初キャップを獲得。2013年に帰化。2014年から2021年まで日本代表キャプテンを務め、ワールドカップは2011年・2015年・2019年と3度出場。ポジション=FLフランカー、No.8ナンバーエイト。身長189cm、体重113kg。

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