米識者10人が語る井上尚弥vs.中谷潤人 後編

(前編:井上尚弥vs.中谷潤人を米識者10人が予想 モンスターの勝利予想も多いが「中谷が井上をストップする」という意見も>>)

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 サウル・"カネロ"・アルバレスとテレンス・クロフォードの試合が行なわれた、アレジアント・スタディアムの記者席で同列に座ったノーム・フラウエンヘイムは、76歳の重鎮ジャーナリストである。アリゾナ州フィニックスに住み、当地のNBAチーム、フィニックス・サンズをリポートしながらボクシング記事も執筆するようになった。

 フィニックスで誕生し、ライトフライ級ながら1試合のファイトマネーが100万ドルを超えた伝説のチャンプ、マイケル・カルバハルがアマチュアで台頭した頃から、引退まで見続けた。

「カルバハルが1988年のソウル五輪で銀メダルを獲得した姿も、弟が射殺された件も、リングで稼いだお金を兄にすべて持っていかれた哀しいストーリーも、みんな目にしました。あんな小さな身体で素晴らしいパフォーマンスをしたカルバハルは、今の井上尚弥、中谷潤人と共通する部分が多いですね。

【ボクシング】井上尚弥と中谷潤人の対決は「"WAR"になる」と米識者 「井上はバンタム級時代のほうが特筆だった」との声も
ノーム・フラウエンヘイム

 カルバハルにはウンベルト・"チキータ"・ゴンザレスというライバルがいました。3戦してカルバハルの1勝2敗でしたが、ボクシングの醍醐味を十二分に味わわせてもらいました。井上vs.中谷戦も、ダイナミック、かつハイクオリティな試合になるように思います。カルバハルとチキータの第1戦は、先にダウンを喫したカルバハルが逆転KOを飾りましたね。井上も、今年5月の(ラモン・カルデナスとの)試合で倒されながら試合をひっくり返しました。ただ、彼はパンチをもらうことが、ままありますね」

『アリゾナ・リパブリック』を皮切りに、『USAトゥデイ』『ロスアンジェルス・タイムズ』『ニューヨーク・タイムズ』など、大メディアで闘い抜いてきたベテランは、冷静な口調で告げた。

「中谷は井上のディフェンスの隙を突くでしょう。ジャブから、あの伸びのある左ストレートで4回あたりにダウンを奪い、10ラウンドで仕留めると私は予想します。フレッシュな中谷の、特別と呼べる技巧が明暗を分けるように思いますね。

そして、多くの名勝負と同様、再戦となるでしょう」

 カメラマンとして2013年からボクシングを撮り続けるミカエル・オナは1991年にフィリピンで生まれ、13歳で両親と共にテキサス州ダラスに住み始めた。ビッグマッチの会場で、頻繁に姿を見かける。

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ミカエル・オナ

「井上については、2014年末にアルゼンチンのオマール・ナルバエスを2ラウンドで下してWBOスーパーフライ級タイトルを獲得した一戦から、中谷関しては2021年9月のWBOフライ級タイトル防衛戦で、プエルトリカン(アンヘル・アコスタ)を4回で沈めたファイトから着目しているよ。

 技術は同レベルだね。フットワーク、ボクシングIQ、駆け引きと、現時点では井上がちょっと上かな。最近、左フックを喰らってダウンすることが続いているけれど、僕は衰えではないと見る。相手が井上を研究したからでしょう。

 でも中谷には、サウスポーである点、リーチの長さと身長、そして何より若さというアドバンテージがある。カウンターもうまいしね。中谷は、井上戦までにスーパーバンタムで2試合はやってほしいけれど、チューンナップは1戦だけになるのかな。ノックアウトで決着がつくか、判定までもつれるかの予想は難しいけれど、僕は中谷がダウンを奪って勝利するように感じる」

 ボクシング取材歴16年、『Televisa Mexico』のアイナキー・アルザテも語った。

【ボクシング】井上尚弥と中谷潤人の対決は「"WAR"になる」と米識者 「井上はバンタム級時代のほうが特筆だった」との声も
アイナキー・アルザテ

「日本では、ファン垂涎(すいぜん)のビッグマッチなんだろうが、両者には大きな差がある。

中谷もいい選手だが、モンスターの域にはとても達していない。井上が8回でKOするよ。5月のカルデナス戦の倒れ方が衝撃的だったので、不安視する人が多いみたいだな。でも、井上はあの一発から、多くを学んだはずだ。ディフェンスに磨きをかけているだろう。

 中谷は身長、リーチで井上を上回っている。離れて戦えば有利だろう。でも、接近戦となればモンスターに分がある。距離の取り合いになるだろうが、そこを制して井上が勝つさ。最後はモンスターの右フックで決まるだろう」
 
 スポーツ総合チャンネル、『ESPN』のラティーノアメリカ・チャンネルで鋭いコメントを述べているサルバドール・ロドリゲス(41歳)も、ボクシングジャーナリズムの現場で20年のキャリアを積んでいる。

【ボクシング】井上尚弥と中谷潤人の対決は「"WAR"になる」と米識者 「井上はバンタム級時代のほうが特筆だった」との声も
サルバドール・ロドリゲス

「井上は、誰にとっても危険なファイターだ。攻撃の爆発力、ハードパンチ、スピード、メンタル、何もかもがトップだ。

修羅場をくぐり抜けてきた経験も武器になっている。自信満々で試合を終わらせているよね。まるでハリケーンだ。

 ただ、バンタム級時代のほうが特筆だったように感じる。当時のほうが、モンスターぶりは上だったんじゃないか。彼にとって122パウンド(55.34 kg。スーパーバンタム級のリミット)は、リスクを自覚しながらのチャレンジであるようだ。

 加えて、中谷も偉大な選手だ。井上に勝つ可能性を秘めたテクニックとパワーを持っている唯一の存在が中谷だろう。彼は手が長く、背も高い。自分の距離で戦えば、十分に勝機はある。2人の激突は、"WAR"と表現できるものになるさ」

 気になる彼の見立てを訊ねると、何度か頭をもたげながら、「難しいな......50-50。

来年の5月までに中谷が伸びて55-45になっている気もするがね」と応じた。

 ボクシングの現場に出て24年のマーク・アブラムス(52歳)は、プレスルームを忙しく動き回っていたが、自分の作業がひと段落した折、こちらの問いに答えてくれた。

【ボクシング】井上尚弥と中谷潤人の対決は「"WAR"になる」と米識者 「井上はバンタム級時代のほうが特筆だった」との声も
マーク・アブラムス

「確かに井上は、今日のボクシング界でパウンド・フォー・パウンドと呼べる。どんな相手をも打ち負かしてきた。いつだって自信満々だよね。日本でかなりの人気者であり、ビッグスターの座に就いている。

 一方の中谷も、一級品のカウンターパンチャーだ。両者がお互いを尊敬し合っている点が素晴らしい。2人とも攻撃的な選手なので、試合開始のゴングからまったく目が離せないファイトになるだろう」

 アブラムスは冷静に話した。

「ここ数試合で井上はダウンを喫しているね。疲れが溜まっているんじゃないか。5歳若い中谷にとって、大きなチャンスだと思う。

私は、中谷がノックアウト勝ちすると予想する」

 カネロvs.クロフォード戦は116-112、115-113、115-113で挑戦者のクロフォードが勝利した。WBOライト級チャンピオンとして出発したクロフォードにとって、5階級制覇、そして主要4団体タイトルの統一王座に就くのも3階級にわたってである。

 42戦全勝31KOとなったクロフォードを、パウンド・フォー・パウンドのKINGとするメディアが増えることは間違いない。井上vs.中谷戦の勝者も、クロフォードと1位を争うことになりそうだ。

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7万人を超える観客を集めたカネロvs.クロフォード

 ラスベガスで催されたボクシング興行で、最大のチケット売上となったのは、2015年5月にMGMグランドガーデンで行なわれたフロイド・メイウェザー・ジュニアvs.マニー・パッキャオ戦の7220万ドル(約106億円)である。今回のカネロvs.クロフォード戦は、4720万ドル(約69億)の3位。とはいえ、集客数(7万482名)ではネバダ州スポーツイベントの新記録となった。

 試合後、勝者と敗者は記者会見場で清々しい表情で抱擁を交わした。落日を味わったカネロだが、言い訳はせず、ただクロフォードを称えた。

 井上尚弥vs.中谷潤人戦も、こんな頂上対決となりそうだ。日本における数々の記録を塗り替えるに違いない。

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