【予選リーグ敗退を受け入れて最終戦へ】

「2枚!行け!」

 声が響き渡り、点が入れば笑顔で集まる。試合さながら、練習時に見せる表情は明るく、それぞれが役割を果たすべくひとつひとつのプレーを確認する。

 翌日に予選リーグ最後のリビア戦を控えた9月16日の練習風景だった。

 ツーボールゲームから6対6のゲーム形式や、サーブとサーブレシーブからのコンビ練習、約1時間のボール練習は通常どおり行なわれていたが、異なるのは試合がないレストデーに行なわれる練習は、この日が最後であること......。

【男子バレー】世界バレーで何が起きていたのか? 石川祐希が明...の画像はこちら >>
 フィリピン・マニラで開催されている男子バレーの世界選手権(世界バレー)。初戦のトルコ、2戦目のカナダに敗れた日本の決勝トーナメント進出の可能性は潰えた。ボールに触る間は明るく振る舞っていても、ふとした時にうつむく選手の姿を見ると、予選リーグ敗退という現実が、また重くのしかかる。

 全体練習を終えて、15分の自主練習時間があり、各々サーブレシーブやサーブ、スパイク、トスなど個別のパート練習を行なうなか、ここまでのプレー時間が長いアウトサイドヒッターの石川祐希と髙橋藍、オポジットの宮浦健人は自主練習をせず、ストレッチやクールダウンに時間を費やしていた。

 最後の一戦をどう戦うか。来年以降につなげる大会とはいえ、頭を切り替えるのは容易ではない。汗を拭い、取材エリアへやってきた宮浦も「正直に言えば......」と心情を吐露する。

「難しいですね。トーナメントのように、負けてこれで終わり、となれば嫌でも切り替えられるけど、次がない状態であと1試合に臨む。しんどいのはしんどいです。でも、ここまで応援して下さったフィリピンの方々や日本の方々、たくさんの方の応援に応えるためにも最後はいいところ、いい試合を見せて締めくくりたいです」

 そして迎えたリビア戦。

今季の日本代表にとってのラストマッチは、好守にわたり躍動した。両チーム最多得点を叩き出した宮浦のサーブやスパイク、髙橋や小川智大の好守が何度もチームを救い、この大会初めて先発出場したセッターの永露元稀も「チャレンジしてきたことを出すことができた」と言うように、ミドルブロッカーのエバデダン・ラリー、佐藤駿一郎を積極的に使い、高い決定率を残し、セットカウント3対0の快勝を収めた。

 3試合、すべての試合で大きな声援を送り続けてくれたフィリピンの観衆に感謝を示したあと、主将の石川は噛みしめるように言った。

「結果だけ見ると目標としていたところに程遠いですけど、ずっと勝ち続けるのも難しいと改めて感じました。僕たちの力を出せたかと言えばそうでもなく、悔いの残る大会にはなりましたが、これもひとつの経験。今までずっと勝ち続けてきた分、ここで勝てなかった経験は僕だけじゃなく、新しく入ってきたメンバーにもプラスになる。チームとしてもっと、ここを機に強くなれたらと思います」

【チームを鼓舞し続けた髙橋藍】

 終わりよければすべてよし、と言うにはあまりに苦しかった世界選手権。4年に一度の開催から、2年に一度へ開催サイクルが変わり、五輪を終えた翌年に行なわれる。レギュレーションの一新に加え、指揮官が代わり、コートへ立つ選手が代わるように世界各国も変化の年。さらに国際大会のなかでは最も多くの出場国が参加する世界選手権は、ネーションズリーグなど国際大会の出場機会が限られる欧州勢の出場枠も広がった。その出場国のなかには、世界ランキングでは下位でも世界のトップリーグやトップクラブに在籍する選手を擁した強豪国がいくつもある。

 そんなチームにとって世界選手権はランキング上位国に勝てば一気に自チームのランキングを上げる千載一遇のチャンスでもある。開幕前には世界ランキングが5位まで上昇した日本も、「勝てばランキングが上がる」と下剋上の対象となる強豪チームのひとつだった。

 強豪国に勝つにはどうするか。初戦のトルコが見せた戦いぶりは、まさにこれまで日本が世界の強豪を追い、その上に行くために実践してきた戦い方そのもの。強烈かつコースの幅も広いサーブでビッグサーバーが得点を重ね、攻撃が単調になればブロックとレシーブが連携したトータルディフェンスで切り返し、パワフルな攻撃でブロックと心を打ち砕く。連続得点のダメージが重くのしかかるなかで流れを払拭することができず、手痛い1敗を喫した。

「終わったことを見ていても仕方ない。切り替えるしかないし、僕はもう次を考えてやるだけだと思っています」

 トルコ戦を終えた髙橋はそう言い、2日後のカナダ戦でも最後までチームを鼓舞し、「攻めなければ負ける」と戦う姿を見せた。だがサーブで攻めきれず、懸念していたミドルの攻撃を立て続けに決められ、何とかディフェンスで防ぎ、ラリーに持ち込んでもオポジットの攻撃が日本のブロックをもろともせずに叩き込む。点差以上にのしかかるダメージが終盤のミスにつながり、カナダ戦でもセットを取ることができないままに敗れ、連敗を喫した。

【石川祐希が明かす新チームの難しさ】

 日本代表は2年連続でネーションズリーグのメダルを獲得、パリ五輪ではメダル候補として注目を集めた。準々決勝でイタリアに敗れはしたが、世界の強豪と十分に渡り合う姿を見せながらの劇的な結末だったこともあり、新たな日本代表も、本来は土台を築く1年目であっても高い期待が寄せられた。その分、「表彰台」とは程遠い予選ラウンド敗退という結末に、選手の落胆も大きく、周囲の評価も厳しい。

 そもそも東京五輪から続いた挑戦の集大成であり、完成形とも言うべきパリ五輪の日本代表を引き合いにすること自体が違う話なのだが、結果を求められる世界であることは変わらない。

 メンバーが変わり、経験の少ない選手が加わることで生じた、日本が武器としてきた細かなプレーの精度の違い。セリエAのトップクラブであるペルージャに在籍する石川がチャンピオンズリーグを制する長いシーズンを過ごしただけでなく、SVリーグの初年度で日本国内も試合数が増え、各クラブの主軸として戦ってきた選手の疲労を考慮し、当初から合流が遅れるなかでのスタートであったこと。

 世界選手権で歯車がかみ合わなかった要因はいくつもあるものの、シーズン当初から「この1年はティリさん(ロラン・ティリ監督)の求めるバレーや、ティリさんの方針を探る時でもある」と言い続けてきた石川は、変化の年ゆえの難しさを明かす。

「ティリさんは練習でもメンバーを固定せず、いろいろな選手をグルグル回しながらやっていくので、起用に対しても自分が出るのか、控えなのか、迷いもある。監督が代われば当然のことですが、戦術に対してかなり細かかった(フィリップ・)ブラン前監督に対して、ティリさんはエナジーを大切にする。それもチームにとって大切なことですが、並行して、うまくいかない時に立ち返る技術や戦術も必要なんだな、と改めて感じられる大会になりました」

 勝って得られることも多いが、負けて学ぶこともあり、それこそがこれからにつながる財産でもある。結果にとらわれ、残念だった、悔しかった、で終わらせるのではなくこの先にどう活かすか。石川はこう続ける。

「結果は結果として受け止める。望んだ結果と大幅に違う結果になったことは変えられませんが、ここから勝つために必要なことを学ぶ、大きな経験になりました。最終的にロス(五輪)へ向けて、そこで結果を出せるような準備をしていきたいです」

 フィリピンでバレーボールの世界選手権が開催されるのはこれが初めて。もともとフィリピンリーグの人気もあり、バレー人気が高い国ではあるが、ここ数年開催されてきたネーションズリーグでも、自国の代表チーム以上に日本代表へ声援を送り、ともに喜び、悲しむフィリピンのファンや、日本から駆けつけた多くのファンがいた。

 予選敗退が決まった最終戦、現地時間の21時40分開始とかなり深い時間であるにも関わらず、試合が終わった23時をすぎても最後まで大声援や拍手、ニッポンコールが止むことはなかった。

 厳しく、悔しい結果となったのは事実だ。だが、ニッポンバレーを愛する人たちの応援を受けて戦った日々は確かに残る。

 ここから、前へ――。

いつかこの苦い経験を、温かな拍手や応援とともに「あの大会があってよかった」と振り返る日を迎えるために。

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