■『今こそ女子プロレス!』vol.29
東京女子プロレス 上原わかな 後編
(前編:アイドル、大食い、そしてプロレスの世界へ 上原わかなが「負けたくない」執念でつかんだ輝く場所>>)
アイドル、そして得意の大食いを活かして活動してきた上原わかな。2022年、YouTube企画『夢プロレス-dream on the ring-』に挑み、最終審査で敗れた悔しさが、彼女を本気でプロレスへと向かわせた。
そこから始まる3年間は、不器用さと努力が交錯する成長の軌跡だった。
【代名詞となる技との出会い】
2023年1月4日、東京女子プロレス後楽園ホール大会。上原は遠藤有栖をパートナーに、宮本もか&長野じゅりあ組とのタッグマッチでデビューを果たした。ドロップキック、ボディスラム、スリーパーホールドといった基本的な技で闘ったが、ひとつひとつの動きに感情が乗り、不思議と多彩な印象を残す試合だった。
体操やチアリーディングの経験から、動きは滑らかで華やかに見える。しかし先輩の中島翔子は、「ひとつの動きを自分のものにするまでに時間がかかり、真面目さが空回りしてしまう不器用なタイプ」と評している。
本人もまた、自らの不器用さを認めていた。ロープワークの歩数が合わず苦戦し、同期の凍雅がすぐに動きを習得していく姿を羨ましく感じたという。
そんななか、同年2月21日の武藤敬司引退試合が転機となる。観戦するまで武藤の存在を知らなかったが、「こんなにカッコいい人がいたのか」と衝撃を受け、過去の映像を貪るように観た。そこで出会ったのがスペース・ローリング・エルボーである。
ロンダート(側方倒立回転跳び4分の1ひねり後向き)から繰り出すその技を習得するには、コーナーまでの距離感や着地の位置に苦労した。だが練習を重ね、ついに自分のものとした。
だが、輝きが増すほどに影も濃くなる。2023年11月、上原は自身のXで殺害予告を受けたことを報告した。「今日、新宿と東京に仲間を送った」「母親と家族の前で彼女を......」といった具体的な内容に、彼女は「冗談なのか脅しなのかは分からないけれど、外を歩くのが怖い」と吐露した。
後に海外からの発信だったことが判明し、警察は動けなかったという。加害者は元ファンだったとされ、複数のアカウントを作り執拗に攻撃を繰り返した。しかし新しいアカウントが見つかるたび、ファンが通報し続けてくれたことで事なきを得た。
アンチに叩かれることは今もある。しかし上原は、その受け止め方を変えつつある。「上原わかなってぶりっ子だよね。学校のみんな言ってるわ」というコメントを見た時、彼女はショックを受けるどころか「みんな話題にしてくれてるの!?」と前向きに捉えた。
その背景には、周囲の支えがある。SNSや試合後の特典会でファンから褒められ、励まされるたびに自己肯定感が高まる。そうした環境が、彼女のメンタルを安定させている。
【デビューのきっかけを作った、アジャコングとの宿命の一戦】
上原がデビューした2023年は、"豊作の年"と言われている。HIMAWARI、鈴木志乃、凍雅、大久保琉那、風城ハル――6人の新人が揃ってリングに立った。
11月から始まった「ねくじぇねトーナメント」では、2023年デビューの6選手による闘いのなかで、上原は元々プロレス好きだった同期との差に苦しみながらも勝ち進み、決勝に進出。12月1日、HIMAWARIを下して優勝を果たした。
そしてデビューから1年。上原にとって生涯忘れられないであろうシングルマッチが組まれた。『夢プロレス』でゲストコーチを務めたアジャコングとの一騎打ちである。
2024年1月4日、後楽園ホール大会。『夢プロレス』から成長した姿をどうしても見せたい。
結果は敗戦。それでも彼女には手応えがあった。『夢プロレス』の頃とは違い、リング上で「人に何かを伝えられた」と確信できたのだ。アジャも試合後、「きっちりプロレスラーでしたし、私のなかでのライバルがまたひとり増えた」と称賛の言葉を贈った。
【プロレスを通して「ありのままの私の人生を見てほしい」】
2024年5月6日、後楽園大会。HIMAWARIと組み、鈴芽&遠藤有栖の持つプリンセスタッグ王座に挑戦した。上原にとって初めてのタイトルマッチであると同時に、新人の挑戦として注目を集めた一戦だった。HIMAWARIとの合体技も繰り出し、意気込みを見せたが、結果は惜敗。
それから半年後、2025年1月の「ふたりはプリンセス"Max Heartトーナメント」で、上原は上福ゆきとタッグを結成する。上福は、上原がかねてから"推し"と公言していた選手だ。きっかけはTikTokの動画。「バックステージコメントも面白すぎて、どうしてそんな言葉が出てくるんだろう」と感心し続けてきた。
その上福とタッグを組んだことで、上原のスタイルは大きく変わった。以前は何を聞かれても綺麗な答えばかりで、無難すぎてしまった。そんな彼女に上福は「もっと本音を言いなよ」と促す。自分をさらけ出すことを覚え、プロレスがより楽しくなっていった。
4月18日、ラスベガス大会。上原と上福は、「享楽共鳴(中島翔子&ハイパーミサヲ)」の持つプリンセスタッグ王座に挑戦した。挑戦表明の際、タッグ名がないことを理由に一度は拒否され、急きょバックステージで発表したのが「OberEats」だった。
ベルトにはあと一歩届かなかったものの、海外ファンの熱狂に確かな手応えを感じた。芸能活動では海外を意識することは少なかったが、プロレスならば世界も夢ではない。上原は「夢は世界のスーパースターになること」と語る。
9月20日、大田区総合体育館大会で、OberEatsは再び享楽共鳴に挑戦する。世間は「三度目の正直」と言うが、彼女は「二度目の正直で決めたい」と力を込める。もっとも享楽共鳴は"プロレス脳"もタッグ力も抜きん出ており、真正面からぶつかるだけでは勝てない相手だ。しかし上原は「タッグ歴はあちらのほうが長いけれど、深さではこっちが勝っている」と信じている。
プロレスを始めてから「すべてが変わった」。オーディションで振り切れなかった自分も、今は苦しい表情さえさらけ出せる。アイドル時代はNGな写真もあったが、今はどれでも構わない。リングに立つようになってから、ハートの強さが増したと感じている。
「プロレスって、生き様が見える。表情ひとつにも出るじゃないですか。だから試合を通して、ありのままの私の人生を見てほしい」
上原に会って強く感じたのは、「人に響かせたい」という思いの一途さだ。芸能活動をしていた頃から、その欲求は彼女のなかにあったのだろう。しかしプロレスと出会ったことで、その欲求はより生々しく、より切実なものに変わった。
リング上で涙を流すことも、負けて悔しがることも、時にアンチの声に傷つくことも――すべてが「響かせるための材料」になっていく。アイドル出身という肩書きは、もはや必要ない。彼女は今、プロレスラーとしての自分をさらけ出し、その姿で観客を揺さぶろうとしている。
9月20日、大田区総合体育館。あの日の悔し涙も、不器用さも、全部さらけ出してほしい。その姿がきっと、誰かの胸を震わせるはずだ。
【プロフィール】
◆上原わかな(うえはら・わかな)
1996年5月13日、神奈川県海老名市生まれ。幼少期から水泳やチアリーディングに打ち込み、高校時代にはチアで全国3位を経験。2018年にアイドルユニット「Advance Arc Harmony」でメジャーデビュー。得意の大食いを武器に『有吉ゼミ』などに出演し、注目を集める。2022年、YouTube企画『夢プロレス-dream on the ring-』に挑戦し、総合1位を獲得したことをきっかけにプロレスラーを志す。2023年1月4日、東京女子プロレス後楽園ホール大会でデビュー。2023年「ねくじぇねトーナメント」優勝。2025年には上福ゆきとのタッグ「OberEats」を結成し、プリンセスタッグ王座に挑戦するなど飛躍を続けている。163cm、48kg。X:@wakana_uehara



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