フィリピンのカヤFCの監督、星出悠(48歳)は、フィリピンでのサッカー活動15年目になる。選手から指導者へ。
フィリピンはとにかく活気がある。子どもや若者が町に溢れ、国民の平均年齢は24歳と若い。毎年5%を超える経済成長をしていて、当然の如く給与も上昇する。人々が精力的にお金を使って経済が回り、将来的な爆発力を秘めている。日本とは逆のベクトルにある国だ。
星出はカヤFCを率い、目覚ましい結果を残している。一昨シーズン、昨シーズンはフィリピン王者としてアジアチャンピオンズリーグに進出。それぞれJリーグの横浜F・マリノス、サンフレッチェ広島と相見え、映えある舞台に立った。日本人監督として、その場に立てる人は限られている。
カヤFCはホームで横浜FMを相手に1-2と接戦を演じ、同じくホームで広島に1-1と引き分けた。クラブ規模を考えれば、20倍近いような相手に対し、小さな快挙だった。
「海外遠征はホテルでの食事代が高いんですよ。だから、日本では自分がすき家に買いに行きました」
星出はおどけて言ったが、牛丼30人分を店に買いに行くのも彼の大事なミッションだった。
「日本語を喋るのが僕ひとりなんで。オーダーしたあとに取りに行かないといけないから、試合当日なのにすごく忙しくて、"俺、何やってんだろう"ってなります(笑)。お店の人に『いきなり言われても困るよ』とか怒られたり......。他にも、吉野家、サイゼリヤ、デニーズとか。オリジン弁当はちょっと高くて無理でした。牛丼にトッピングですか? もちろん、お金ないんでつけられません」
星出はあけすけに言って笑った。大変なことは多いのだろう。ただ、その苦労こそが幸せの源泉かもしれない――。
選手時代、星出は三菱養和から明治大学に進み、卒業後、JFLのYKK(現在のカターレ富山)でプレーした後、アメリカ、トリニダード・トバゴ、インド、そしてフィリピンと巡っている。
【「お父さんの誕生日だから試合に行けない」】
「どこでも苦労はあるはずで、どの大変さを選ぶか、だと思っています」
星出は言う。それは彼の信条だろう。フィリピンにやってきたのは選手時代で、面食らうこともあった。しかし、性に合っていたのだ。
フィリピンは何事にもルーズで、気分が先行する。明日の予定を、「明日になったら、いいアイデアが浮かぶかも」とする場当たり主義だという。リーグ開幕日程もなかなか決まらず、毎年、1カ月単位で変わるから準備のしようがない。「プランはあってもないものだ」と割りきらないと、ストレスになる。東南アジア、フィリピン的なモラルだ。
「フィリピン人は家族を大事にするのはいいことなんですが......先日、アシスタントコーチが『お父さんの誕生日だから試合に行けない』って言うんですよ。もう、爽やかに『ハッピーバースデー』って帰しました(笑)」
星出はそう言って、楽しそうにエピソードを明かす。
「キャプテンの選手は、プレシーズン中なのに『香港にプレミアリーグのチームが来るし、ついでに彼女と観光旅行に行ってきます』と言ってきて、『気をつけて』って伝えました。ただ、彼は『実家に行く』と言っておきながら、嘘をついて彼女とビーチに行っていたこともあったので、さすがにキャプテンは外しました(笑)」
大らかさのなか、どう生きていくか。日本人の感覚のままだと、苦しむこともあるだろう。しかしフィリピン人と同化していくと、面白いものも見えてきた。
敵地での広島戦では、星出は実力差を考えて守りを固めて戦って健闘した(結果は0-3と黒星)。しかし、選手たちが「次はつなげて勝負したい」と自発的に言うので、彼らのことを信じると、ホームでは見事に1点を先制し、優勢に戦った。結局、ケガ人が外に出ているのに気づかないすきに1点を失うことになったが、引き分けで貴重な勝ち点1を得た。それは歴史的な快挙だ。
「フィリピンはプロリーグがなくて(2017年にスタート)、育成システムもなかったので、ストリートでやっている野生的な選手が集まっているんですよ。だから身体的な強さはあるんですが、戦術理解などは乏しい選手もいて、そこは高校生を指導する感覚でやっていますね。ただ、彼らが面白いのはピッチでは自然にスイッチが入るところで、バチバチにやります!」
【「フィリピン人にしか見えない」】
ACLで星出はフィリピン人の爆発力を引き出したわけだが、"一丸となって戦った"という日本的美談があったわけでもない。
横浜FM戦はホームで1-2と健闘したが、試合前の軽食をとる場所への経路がめちゃくちゃで、向かうルートは恐ろしく渋滞していた。
「もうちょっと普通に戦えていたらって思いますよね」
星出はそう言って笑い飛ばした。一事が万事、この調子である。それでも彼はフィリピン人を、フィリピンのサッカーを面白いと感じている。
「フィリピンサッカーの歴史を作ろう!」
ロッカールームで言葉をかけると、選手たちは熱く反応する。彼も意気に感じる。基本は英語だが、タガログ語も話せるだけに、コミュニケーションに問題はない。
「フィリピン代表監督にならないの?」
リーグ優勝チーム監督として、周りにそう言われることも多くなった。あるJリーグのチームからも打診があったという。しかし、彼はプランを立てていない。
カヤFCは今シーズンもACL2を戦っている。第1戦はホームでシンガポールのタンピネス・ローバーズに0-3で敗れたが、第2戦の韓国遠征を前にひと悶着があった。登録メンバーは25人だが、19人しか連れて行けないという。経費を安く抑えるためだ。
「それが普通なので、麻痺しているかもしれません。最近は周りに『フィリピン人にしか見えない』と言われますね」
星出はまんざらでもなさそうだった。