西部謙司が考察 サッカースターのセオリー
第67回 ハリー・ケイン
日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。
バイエルンのストライカー、ハリー・ケインが今季開幕から大爆発。今季変化したチームのプレースタイルのなかで、高い決定力を見せつけています。
【6試合12ゴールの決定力】
ハリー・ケインが止まらない。ブンデスリーガ開幕からの4試合で8ゴール、ドイツカップ戦とチャンピオンズリーグ(CL)初戦のチェルシー戦を合わせると6試合で12ゴール。リーグ戦ではシュート10本で8得点という決定力だ。
チャンスを逃さず決めているのはストライカーの鑑だが、リーグ戦のアシストは3つあり、ケインはただの点取り屋の枠に収まっていない。今季はバイエルンのプレースタイルが変化していて、その影響もあるだろう。CLのチェルシー戦、63分の3点目はケインの特徴のひとつが表れていた。
ケインへの"ラストパス"はチェルシーの選手から。バイエルンの強烈なプレスに苦し紛れにバックパスしたが、ボールはペナルティーエリア左角あたりにいたケインのところへ。それをダイレクトで右隅へ蹴り込んでいる。不意に来たチャンスを逃さなかったのはさすがだが、この時のキックの「重さ」がケインらしかった。
シュートを打ったのはボックス内の左45度くらい。
シュートの瞬間、ケインの体は大きく左側に傾いていた。コースがよかったにしても、普通の選手があの体勢で蹴っていたらGKのセービングは間に合っていたのではないかという気がする。このゴールに限らず、ケインのインサイドキックは球威がある。
188センチ、85キロ。けっこう重い。しかし動きは軽快で問題はなく、むしろこの重さがキックで生きている。ボールにウエイトを載せるがうまいのだ。チェルシー戦のゴールは回り込みながら蹴っているので体が左に傾きすぎているが、立ち足側に体重移動していることで「重い」シュートを打てている。
例えば遠くへボールを蹴りたい場合、蹴り足を強く振っても飛ばすのは難しい。
チェルシー戦のPKでは逆に蹴り足側にウエイトを載せていて、この場合は蹴り足のスイングは詰まり気味にはなるけれども、やはりウエイトの乗った強くて低いシュートになっていた。巧みな重心移動による重くて速いシュートはケインの十八番である。
ボールに当てている場所が足首に近いことも、球威につながっている。足先に近い場所よりも、くるぶしに近い場所のほうがボールからの反発に強い。回転をかけて低いボールを蹴るのにも向いていて、ケインのインサイドキックはドスンという感じの強さと重さを感じさせる。
【バイエルンの圧倒的な流動性と破壊力】
今季のバイエルンは攻撃時のポジションの流動性が非常に高い。基本システムは4-2-3-1、前線はトップがケイン、トップ下にセルジュ・ニャブリなのだが、このふたりは縦よりも横並びに近い。
攻撃ではボランチのひとりが下りて3枚回しのビルドアップになっていて、もうひとりのボランチがアンカーとして中央に立つ。サイドバック(SB)は高いポジションをとるが、その際にサイドハーフとの関係で中へ入ったり外へ出たり。
さらにここからも可変する。ニャブリが引くならケインが最前線、ケインが引いてニャブリがトップになることも。場合によってはケイン、ニャブリがふたりとも中盤に下りてくることがあり、その際はサイドハーフやボランチがトップへ上がる。
パスが回り始めると、それに伴ってポジションの入れ替わりが激しくなり、守備側は非常につかまえにくい。また、最近はマンマーク対応の守備が増えているので、なおさら人に引っ張られてスペースが空きやすい。
こうした流動性は1974年西ドイツW杯のオランダ代表が「渦巻」と呼ばれて画期的だったのだが、今季のバイエルンはかつての「トータルフットボール」を彷彿させる流動性を見せている。
ケインといえどもトップに張りっぱなしではなく、かなり引いてくるし、ポジションの入れ替えが発生した後に守備になった時はそのままの場所で守っている。センターフォワードのはずのケインが、いつのまにか左SBになっていたりする。
大胆な流動性は今のところ効果抜群、開幕からの6試合で24ゴールを叩き出していて、すべて3得点以上という破壊力だ。
【32歳にしてプレーが進歩している】
得点力抜群のケインだが、もともとパスもうまい。
柔らかいボールタッチで収め、巨体を利してのキープから前線に走り込む味方へピンポイントのパスを供給できる。シュートで使われるキックの正確さ、速さは長い距離のパスに生かされている。
昨季、はじめてタイトルを獲った。意外なことにケインは優勝経験のない無冠の帝王だったのだが、バイエルン加入2年目でようやく念願のリーグタイトルを獲得。今季、まだシーズンは始まったばかりでこう言うのは早すぎるが、バイエルンは国内に敵がいないのではないだろうか。現在の調子を維持できるならCLでも優勝候補筆頭に挙げられる。
32歳にして、そのプレーに衰えが見えないどころか、むしろ進歩している。もしかしたら、ここからケインはキャリアのピークを迎えるのかもしれない。
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