【カネロを倒したクロフォードに学んだこと】

(井上尚弥のアフマダリエフ戦に、元ヘビー級王者があえて苦言「あの一発ですべてがひっくり返っていた可能性もある」>>)

 日本時間9月18日の19時20分、サウジアラビア総合エンターテイメント庁の管轄で、スポーツや文化的イベントを企画する「Riyadh Season」が、同国で催す12月27日のボクシング興行に出場する日本人選手6名を発表した。

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 4日前にムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)を判定で退け、WBA/WBC/IBF/WBOスーパーバンタム級タイトルを防衛した井上尚弥(大橋)がメインイベンターを務め、WBC/IBFバンタム級王座を返上してモンスターとのビッグマッチを見据える中谷潤人(M.T)は、セミファイナルに出場する。

 中谷は井上vs.アフマダリエフ戦を、会場となった名古屋IGアリーナのリングサイドで観戦した。

その数時間前、中谷はTVクルーの用意したロケバスのなかで、4冠統一スーパーミドル級タイトルマッチ、サウル・"カネロ"・アルバレスvs.テレンス・クロフォード戦をスマートフォンで目にしている。

 ここ数年、米国ラスベガスで行なわれるボクシングのビッグマッチは、T-モバイル・アリーナやMGMグランドガーデン・アリーナで組まれることが多い。だが、カネロvs.クロフォード戦はNFLラスベガス・レイダースのホーム、アレジアント・スタディアムにリングが造られ、先に挙げた2会場の3倍以上に当たる7万482名の集客を記録した。

 T-モバイル・アリーナは、今年5月に井上尚弥がラモン・カルデナスを8ラウンドでKOした会場であり、MGMグランドガーデン・アリーナは、マイク・タイソンがイベンダー・ホリフィールドの耳を食いちぎった場として知られるが、規模が違う。

【ボクシング】中谷潤人があらためて感じた井上尚弥のコントロール能力 来年の対戦に向けて「僕も、引き出しを多く持っていなければ」
井上の防衛戦について語った中谷 photo by Soichi Hayashi Sr.

 8割以上がカネロのファンだったが、スーパーウエルター級から一気に2階級増量して挑戦者となったクロフォードが、テクニックとボクシングIQを駆使し、新チャンピオンとなる。サウスポーであるクロフォードがカネロをさばき切り、空転させた内容は、中谷も学ぶ点が多かったに違いない。

 WBC/IBFバンタム級チャンピオンは言った。

「クロフォードは、"ボクシングはパワーだけじゃない"ということを見せてくれました。しっかりパンチを当て、カネロが出てきたらステップでコントロールする。ジャブの鋭さも勉強になりました。自分を信じられているからこそ、結果を出せたんですね」

【今回の戦い方に見えた井上のテーマ】

 クロフォードの妙技に胸を高鳴らせ、中谷はIGアリーナの客席に座る。

「井上選手側の赤コーナーが左手に見える、ニュートラルコーナーのあたりで観ました。試合前から『判定でもいい』と発言していましたが、そういう気持ちが出ていたのかなっていう感じはありました。

 井上選手はムロジョンをリスペクトして、しっかり対策していました。思いっきり入っていくと、交通事故みたいなパンチをもらうリスクがあると考えていたように見えました。ムロジョンのパンチを警戒していたのでしょう。ディフェンスに重きを置き、慎重に戦う井上選手を見て、『こんな多様性があるんだな』とあらめて感じました」

【ボクシング】中谷潤人があらためて感じた井上尚弥のコントロール能力 来年の対戦に向けて「僕も、引き出しを多く持っていなければ」
アフマダリエフを判定勝ちで下した井上 photo by Naoki Fukuda

 慎重に試合を運んだモンスターだったが、第4ラウンドにWBA暫定王者の左ストレートを喰らう。

「そんなに深刻なものだとは思いませんでした。ダメージを負うような感じではなかったですし、ムロジョンもアマチュアで豊富な経験を積んでいますから、当てる感覚が優れている印象がありました」

 これまでの井上はノックアウトにこだわり、重いパンチをガンガン振るっていくイメージがあったが、距離を取ってポイントを稼ぐ。

「井上選手はあまり踏み込まずに、安全な距離でしっかりパンチを伸ばしていました。"いこう"という気持ちを、あえて止めているようでした。

 ムロジョンは立ち上がりの1、2ラウンドはけっこういい動きをしましたね。たとえパンチを出さなくても、間合いを計っていました。ただ、4ラウンド目くらいから、『攻撃のバリエーションがそれほどないな』と感じざるを得ませんでした。ずっと幅のない単調な戦い方でしたから、井上選手にとってやりやすい展開だと。

井上選手はアングルをつけることもできましたし、パンチを遠くから投げて当てることも可能でしたね」

 それでも井上は、ポイントアウトする道を選んだ。

「6ラウンド以降は、『倒しにいかないんだな』と感じていました。ムロジョンの一発を警戒すると同時に、今回の試合に関するテーマだったと察します。ルイス・ネリ戦、カルデナス戦のダウンについて、いろいろな意見が飛び交っていて、そういった見方に対して思うところもあったでしょう。試合後に井上選手本人も語っていましたが、『自分は衰えていない』ということを見せつけたかったんじゃないですかね」

 第6ラウンドの井上は、何度も左ボディを放ってアフマダリエフにダメージを与える。翌7ラウンドには右のガードを下げたり、ノーガードでチャレンジャーを挑発したりした。

「見切った感があったと思います。ムロジョンの動きをマネするようなこともしていましたね。相手の反応を観察していたのでしょう。

 9ラウンドにカウンターの右アッパーをヒットしましたよね。うまかったです。もう、ムロジョンのパンチはすべてわかったうえでの攻撃だなって、すごく感じました」

 しかし、モンスターは試合終了のゴング直前、右フックをクリーンヒットされる。

「最後12ラウンドはちょっと欲が見えたじゃないですけど、まあ、若干倒しにいっている感じでした。なので、ムロジョンとの距離が近くなって、お互いにパンチが当たりやすくなりましたね」

【来年の直接対決へ「井上選手に勝つ自分を築いていきます」】

 井上の次戦(12月27日)の相手、アラン・ピカソ(メキシコ)はオーソドックスである。となると、日本人頂上決戦までにモンスターが対戦するサウスポーは、アフマダリエフが最後となる。タイプも力量も違うが、ある意味でアフマダリエフを仮想・中谷潤人としたのではないか。

「僕との試合も、こういうふうにポイントアウトする策を選ぶかもしれないですし、やっぱり倒しにくる可能性も大いにあります。まあ、それはリングに上がってから、お互いの駆け引きとか......。井上選手がどう出てきても、対応できるように準備しなければいけません。僕も、引き出しを多く持っていなければ。

 今回、試合を見させてもらって、やっぱり井上選手は主導権を握るのが巧みで、機動力もあって、ディフェンシブな展開も苦にしないというか。コントロール能力があることを再確認しました」

【ボクシング】中谷潤人があらためて感じた井上尚弥のコントロール能力 来年の対戦に向けて「僕も、引き出しを多く持っていなければ」
次なる決戦に備えて練習する中谷 photo by Soichi Hayashi Sr.


 試合後、井上が勝利者インタビューを受けている最中、中谷はファンや報道関係者に囲まれるのを避けるべく、席を立って足早に出口に向かった。その姿を目ざとく見つけたモンスターは、リング上からマイクを握って語り掛けた。

「中谷くん! あと1勝、12月、お互い頑張って、来年、東京ドームで盛り上げましょう!」

 井上はリングパフォーマンスだけでなく、自身の言動でファンのニーズに応える術を理解している。

まったく嫌味なく爽やかにIGアリーナを盛り上げた。まさしく、熟練したエンターテイナーとしての顔を披露した。

 中谷はその声に振り返り、何度かお辞儀をしながら両拳を突き上げる。デビューから全勝を続けるふたりの世界チャンピオンが互いを敬う光景は、いやがうえにもファンを恍惚とさせた。

「来年の試合に向けて、着々と進んでいるなと。井上選手の試合を見て、ああいう形で声もかけられて、大きな刺激をもらいました。まずは12月の試合に向けて全力を尽くしますが、井上選手に勝つために自分を築いていきます」

 現在、122パウンド(スーパーバンタム級のリミット55.34kg)の肉体作りに力を注いでいる中谷。彼はバンタム級で世界王座に就いた頃から、「スーパーバンタムのほうが、より自分のよさが出せると感じます」と話していた。

 ついに、メガ・ファイトが具体化してきた。カネロvs.クロフォード戦を超える熱戦を期待したい。

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