ウナギ・サヤカ 東京ドームへの道 vol.4 前編
(連載3:「プロレスを広めたい」ウナギ・サヤカが、今の王者たちに思うこと「何のためにベルトを持っているのか本当に見えない」>>)
9月2日、ウナギ・サヤカは39歳の誕生日を迎えた。前夜からYouTubeとTikTokで同時配信を行ない、画面には「おめでとう!」のコメントが絶え間なく流れる。
0時の鐘が鳴ると、空気はさらに熱を帯びた。ウナギが口を開き、9月29日から5カ月連続で行なわれる自主興行のメインカードを発表する。相手は引退を控えた5人――本間多恵、加藤園子、宮崎有妃、優宇、世羅りさ。名前を読み上げるたびに、涙がこぼれる。「最高の形で送り出したい」。嗚咽混じりの言葉が、画面越しのファンに届いた。
2日後、YouTubeの登録者数は10万人を超えた。誕生日の涙と笑顔は、大きな節目の序章だった。
その頃、私は誕生日記念のインタビューを申し込んでいた。テーブルに置いたケーキを見た彼女は「かわいい!」とはしゃぎ、スマホで自撮りを繰り返す。
39歳という節目を、彼女はどう受け止めているのか。
【去年、自主興行で年齢を公表した理由】
――お誕生日おめでとうございます。
ウナギ・サヤカ(以下、ウナギ):ありがとうございます!
――39歳になって、心境はいかがですか?
ウナギ:志すものは何も変わらないんですけど、去年の誕生日は自主興行(後楽園ホール)をやって、今年はライブ配信。年々、喜んでくれる人が増えてきているのを実感していて、嬉しいですね。次は40歳かぁ!
――40歳は意識しますか?
ウナギ:「もう!?」っていう感じ。自分が思い描いていた40歳とはほど遠いです。昔だったら、結婚も出産も終えているのが当たり前とされていた年齢じゃないですか。私も25、26歳で結婚すると思っていたから、40歳で現役レスラーとか、ちょっと信じられないですね。
――去年の自主興行で初めて年齢を公表したのは、なぜ?
ウナギ:サバを読み始めたのは、グラビアか何かのオーディション資格が19歳までとかだったからなんですよ。その時はたぶん、22歳だったかな。それくらい別にいいや、という感じで、言ったからにはそのまま生きていかなきゃいけなくて。
――公表して気持ちが楽になった、といったことはありましたか?
ウナギ:なんもないです。今まで言えなかったことが言えるようになったっていう楽さはあるけど、そんなに隠したかったわけでもないし。でも、お客さんが変わりましたよね。
――どう変わりましたか?
ウナギ:「だいたい30ちょいくらいだろう」みたいにフワッとしてたのが、「待って。年下だと思ってたのに、年上になった」みたいな。同世代の人たちがすごく応援してくれるようになりました。

――私も「割と年齢が近いんだ」と、勇気づけられました。
ウナギ:そうそう、そうなったからよかったなあと。38歳になっても、挑戦していいんだって。キャリアも浅いけど、それでもやり続けるというか、諦めないでいいというのはみんな一緒なので。それは言えてよかったかなと思います。
【年齢を重ねたからこそできることのほうが多い】
――年齢を重ねることに対して、ウナギさんは「抗いたい」という気持ちなのか、 それとも「年齢はただの数字」という感じでしょうか?
ウナギ:正直、若い時は抗いたい気持ちがすごくあったけど、年齢を重ねたからこそできることのほうが多いんですよね。やっぱり"歳の取り方"だと思います。ただ数字が増えていっているだけの人もいっぱいいるじゃないですか。「こいつ、この歳なのに、こんなこともわかんねえのかよ」みたいな。
だから、あんまり年齢は関係ないかなと思う反面、ちゃんと経験値を積んできた人たちというか、闘ってきた数が多い人たちはやっぱり「すごいな」と思う人が多い。逆に最近は、若くてすごい子もいるじゃないですか。
――例えば、誰ですか?
ウナギ:ゆとりくん(片石貴展/複数のアパレルブランドを展開する株式会社yutoriの代表取締役社長)とか、31歳ですよね。ああいう人を見ていると「負けられない」と思うし、楽しいですよ。若くてもそういう人もいれば、年齢やキャリアにあぐらをかいてきた人たちもいっぱいいる。それを潰したいし、実力とは関係ないと証明しなきゃいけない。すごいやつはすごいし、すごくないやつはすごくない。 これからは、もっとそういう時代になってくると思います。
――年齢に抗いたい気持ちはない、ということでしょうか?
ウナギ:見た目を含め、抗えるものは抗ったほうがもちろんいいとは思う。
――どうしたら、そういう考えにシフトできるんだろう......。
ウナギ:意見を言うとか、そういうことを良しとしない人たちのなかにいると、どうしても制御されてしまう。やれる環境とやれない環境は絶対あると思うんですけど、環境を変えるかどうかを決めるのも自分なんですよね。どこまで耐えられるか、どこまでやれるか、どこまでやりたいか。このバランスだけのような気がしています。私のやることや言うことが正解だなんてまったく思わないし。やりたいことをどこまでできるかは、自分が決めることだと思うんですよ。
私は本当に恵まれていましたね。 許してくれるボスたちが多すぎたから。
【「みんなで楽しむ」を意識するようになったきっかけ】
――ギャン期に入る前、スターダム時代まではどうでしたか?
ウナギ:ギャン期に入る前は、囚われていたというか、形が作られているなかでやっていただけなので「挑戦しよう」という概念すらなかったです。スターダムでは、シンデレラ(トーナメント)があって、5★STAR(GP)があって、タッグリーグがあって、年間のおおよその枠組みが決められていた。それが悪いとかじゃなくて、それしかなかったから、型からはみ出ることは無理なんですよ。
でも、辞めてしまったら年間のスケジュールも決まっていないので、自分が何をやりたいか、何をやっているかで未来が決まっていく。今は全部自分で決めていっているけど、それだけの差ですよ。私を見ると、みんな「何かに挑戦してみたい」って言うけど、わざわざはみ出してやることでもないです。

――確かに、わざわざはみ出す必要はないですね(笑)。
ウナギ:「人生、これでいけるだろう」と思えるような仕事とかを、わざわざ辞めるのは違うと思うし、「それはやれよ」って思う。そのなかでやりたいことが出てきた時に、それをどう進めるかは、やっぱり自分の情熱だと思います。それは楽しんでほしいなって思いますね。プロレスラーはそういう人が多いかな。
――プロレスラーというより、ウナギさんならではの発想のような気もします。
ウナギ:一般の人はできないですよ。だって、いきなり社長に「おい、お前!」とか、絶対に言えないし。そういうなかでも、自分本位にならないようにしないと。乗り越えなきゃいけないものが大きくても、みんなで乗り越えた先にはとんでもない楽しい時間が待っていると思う。それは挑戦してほしいなと思います。
――「みんなで楽しむ」ということをすごく感じたのが、8月2日、東京ドームシティ アトラクションズでの自主興行でした。作り手が楽しんでいると、受け手はこんなに楽しめるんだと感じた興行でしたが、楽しむということはいつ頃から意識していますか?
ウナギ:楽しむというか......初めて後楽園ホールで自主興行をやった時(2024年1月7日)、1試合目で記憶が飛んで、あと2試合あるのにまったく記憶がないという状況のなかで、周りの選手がひとり残らず自発的に動いてくれたんですよ。結果的にすごくいい興行だったのは、たぶん私が記憶を飛ばしたからなんです。(スターダム所属の)小波さんがめっちゃカッコよかったですね。「絶対なんとかするから大丈夫」って言ってくれました。
――メインまでに意識は戻った?
ウナギ:意識は戻っているんですけど、試合前の記憶がまったくないんですよ。「なんで後楽園にいるんだろう? もしかして試合、始まってます?」みたいに、ヤバい感じに飛んでて。でも、本当にすべての人が協力してくれて、「ウナがいなくてもできたのかな」と思ったくらいです。みんなで作り上げたから、すごく楽しい興行ができたんですよね。これはもう、ひとりで幸せになっちゃいけないなと思って。
スターダムをクビになって、最初は「見返したい」という気持ちでやっていたけど、なんか違うんじゃないかなって。楽しいことをやりたくてやってきたから、「みんなを幸せにできたらいいなあ」と思うようになりました。めっちゃ大変なんですけどね。世界平和なんかありえないんで。でも、みんなで作り上げて、みんながプロレスラーとして生まれた喜びを感じる興行にできた時には、お客さんが楽しくないわけがない。
【プロレスラーというジャンルで言ったら全員仲間】
――東京ドームシティ アトラクションズの時はまさにそういう興行だと感じましたが、両国の時はまだそこには届かなかった?
ウナギ:両国の時は必死すぎて、チームではなかったですね。ひとつにはなれなかった。 まあ、ひとつになる必要も正直ないんですよ。その興行に出てくれてる人がこの先ずっと一緒にいてくれるわけじゃないから。でも、みんなはこの団体がどうとか、フリーがどうとかって言うけど、私はぶっちゃけどうでもよくて。プロレスラーというジャンルでいったら全員仲間だし、そこを忘れている人が多すぎる気がします。
目の前の集客や、目の前の小銭を掴むのに必死すぎて、見えなくなっている人は多い。私ももちろん興行では席を埋めなきゃいけないし、目の前しか見えなくなるんですけど、仲間とやれたらいいなと思っています。 どこまで一緒にいるかはわからないけど、それでも仲間と思ってやってくれる人がいたらいいですね。
――そういう風に人と接していて、「この人は違うんだな」とショックを受けることはありませんか?
ウナギ:ないですね。人には期待していないんですよ。結局、「裏切られる」という概念も自分本位じゃないですか。その人は自分の正義があるからそういう選択をしているだけなので。まあ、「残念だな」とは思いますけどね。「私はお前が思ってるよりも、もっとスゲーもの作るし。その時にお前はいねえけどな」っていう感じですね。
――新宿FACEの5大会がブッキングできていなかった件で、提携していた会社と離れることになったそうですね。それはショックだっただろうなと......。
ウナギ:でも、それがあったから、株式会社東京ドームの早福智之さんが一緒に(新宿FACEまで謝罪に)ついきてくれて。
――早福さんの熱はすごいですよね。本当にすばらしい方です。
ウナギ:来世は神様になると思いますね。結局、自分にとって不利益な人は消えていくんだな、という解釈をしています。早福さんだったり、齋藤圭吾さん(ウナギ・サヤカYouTubeチャンネルのディレクター。この日も密着動画を撮影するために同席)だったり、私のグッズ周りをやってくれている番ちゃんだったり......彼らもいつかはいなくなるかもしれないけど、この人たちを不幸にしてはいけないと思っています。
――ウナギさんの人徳としか言いようがないと思います。
ウナギ:人徳というか、彼らも楽しいと思って一緒にやってくれていると思うんですよ。私がすごいとかじゃなくて、私がやっていることを一緒にやったら、今までで一番楽しいことができるんじゃないかって。それが私の理想というか、ベストな形なんです。
――私もそうです。ウナギさんとやっていると楽しいし、夢を見られるから。
ウナギ:それが一番嬉しい。それがたぶん私の正解というか、答えなんだと思うんですよね。でも、そう思わせているから、夢を見せ続けないといけない。もっとできることを増やしていきたいとはずっと思っていますね。
(後編:今後のプロレス界の成功のカギとは? シングルマッチで闘う引退レスラーたちには「夢も一緒に連れていけたら」>>)
【プロフィール】
■ウナギ・サヤカ
1986年9月2日、大阪府生まれ。2019年1月4日、東京女子プロレス後楽園ホール大会にて「うなぎひまわり」としてデビュー。2020年11月、スターダムに初参戦。コズミック・エンジェルズを結成し、12月、アーティスト・オブ・スターダム王座を戴冠。2021年7月、フューチャー・オブ・スターダム王座を戴冠。2022年10月よりフリーになり、"ギャン期"と称して他団体に参戦。2023年10月、KITSUNE世界王座の初代王者、2024年1月6日、JTO GIRLS王者、1月7日、アイアンマンヘビーメタル級王者となり、三冠王となる。2025年4月26日、両国国技館で自主興行を開催した。168cm、54kg。X:@unapi0902