堀琴音が、3年ぶりの優勝を国内女子メジャーの『日本女子オープンゴルフ選手権』で果たした。堀は、2018年のシーズン途中から森守洋コーチの指導を受けているが、18年、19年は出場全試合で棄権を含む予選落ちというどん底に陥りながら、20-21年シーズンにはツアー初優勝を遂げ劇的復活を果たしている。
奇才・森守洋のコーチング理論・全3回中の前編
【2018年から指導する堀琴音がメジャー制覇】
森(以下同)「こっちゃん(堀琴音)がシーズン開幕から予選落ちが続いていた2018年の7月の試合で、本人からコーチを頼まれていたので、どんな状況なのか見に行ったんです。練習場で『PWでターフを取ってみて』と言ったんだけど、ターフが取れないんですよ。プロゴルファーがターフを取れないって、クラブの意識がまったくないということなので、これはスウィングがどうこうじゃなくって、クラブの意識を高めていくことが先決だな、と。
最初の頃はいろんな素振りをさせたり、ティを打たせたり、ティアップしたボールを打たせたりして、体の動きではなくクラブの動きを整えるようにしました。スウィングを変えるつもりはまったくなかったです。こっちゃんの場合、フェース面を変えずに使うタイプのスウィングで、フェース面を暴れさせずに使う感覚を持っています。だから彼女のショットはピンを差して飛んでいくんです。
ただ、このタイプの選手はフォローサイドでヘッドが低く抜けていくので、ドローよりもフェードのほうが相性がいいとわかっていました。なので、『フェードを打てば?』と言っていたんですが、本人は『ドローしか打たない』と、ずっと無視するので、『まあ、いいや』って思っていたんですけど(笑)。ようやくフェードに変えて臨んだ2020-2021シーズンの開幕戦のダイキン(・オーキッドレディス)では、2年ぶりの予選通過をしているんですよね。
ほかにも、パッティングで『手が動かない』ってうるさく言うもんだから、タイガー(・ウッズ)がやっていた『カップを見ながら打つドリルをやってみたら?』と言ったら、(そのパッティングを)試合でもやっているのでビックリしました。でも、人と違うことをやることがいかに素晴らしいことか、こっちゃんが証明していると思うんです。ただ、『恥ずかしいから僕が教えたとは言わないでね』とは言っていたんですけどね(笑)。
(優勝した)日本女子オープンの直前の試合(ミヤギテレビ杯ダンロップ)で予選落ちして、『3年前のほうがゴルフはよかった』とブーたれて不満を言っていたので、『(今季の堀が)フェアウェイキープ率81~82パーセント。世界ナンバーワンの数字なんだから。そういうゴルフができているんだから』という話はしましたけど、それでも『でも賞金ランクが......』とか言っていて。日本女子オープンの優勝直後には、あまり聞いたことないけど、しおらしく『ありがとうございます』って言われました」
選手から無視されても「まあ、いいか」と思えるのが、「楽天的思考」なのかはわからないが、確かに、森氏の選手との接し方は独特のモノがあるようだ。
【ゴルフスウィングは"教えない"】
森氏の「楽観的思考」が選手との間でよいバランスを生んでいるということだが、森氏自身はどう感じているのだろうか。
「(指導する選手に)真面目な選手が多いんですよ。僕が真面目じゃないから集まってくるのかな、と思うんですけどね。僕は予選会(QT)に何度も落ちてるんですけど、毎回、落ちたその日に『よし、来年のために明日から頑張るぞ!』と思いながら、『でも、まだ364日あるから』って、翌日にパチンコに行ってましたから(笑)。
でも、今の若い選手はちゃんとゴルフと向かい合っているじゃないですか。だから僕は根底に彼ら彼女らへのリスペクトをすごく持っているんです。
ゴルフのスウィングコーチがスウィングを教えないとは、どういうことだろう。
「僕は、スポーツの技や体の動きを習得する時には、『身体意識』と『道具意識』のふたつのアプローチの仕方があると思っていて。例えば100メートル走なんかの場合は、ほぼ『身体意識』がすべてじゃないですか。
でもゴルフのように道具を使うスポーツには、『身体意識』とは別に、クラブをどのように扱うかといった『道具意識』があるわけです。選手がスウィングを教わって調子が悪くなる原因は、ほぼほぼ『身体意識』のことからなんです。肩が入っていないとか、もっとクラブをシャローに入れていきなさいというのも、これも『身体意識』の話です。
プロゴルファーのトップ選手なんかは、子供の頃から『道具意識』が高かったので天才と言われてココまで来た人たちなのに、プロになって『身体意識』の方ばかりをねじ込まれていくと、天才をつかさどっていた『道具意識』がどんどん減じて"普通の人"になっちゃうんです。そういう人に『身体意識』のほうから修正しようとしても上手くいくわけがないので、僕はスウィングを教えないということなんです」
「道具意識」に優れたプロが、「身体意識」を主体にスウィングを考えるようになって起こったスランプ的な状況に、森コーチが与えた課題とはどういったものなのか。
「ある日本の女子プロが、アメリカ人のコーチから受けたレッスンのほとんどが『身体意識』からのアプローチで、例えば『上下の捻転差をもっと強くしろ』とかそういうことばかりだったから、彼女にしてみれば『何ソレ?』ってなったらしいんです。それでおかしくなっていったんだから、体の動きやスウィングの形をいじってもダメで、要はゴルフクラブの動きが元のようによくならないと変わらないわけです。
だから僕なんかは、『ペットボトルをクルクル回させる』とか、そういうところからスタートするんです。
【ペットボトルを回すだけで調子が良くなる理由】
「ペットボトルに紐を巻いて回すと回転の円弧は安定する。力んだって円弧は崩れない、円弧が崩れるのは回転の速度が落ちる時、だから当てに行かずとにかく振る、これは物理です。だから僕がやっていることは、円を描かせているだけなんです。その時に、トップの位置はココとか、腰を切るといった『身体意識』はいっさい考えないで、ひたすらペットボトルを回すといった『道具意識』に集中しているだけです。『身体意識』でスウィングを作ろうとして『道具意識』が薄れているんだから、僕は『形なんてどうでもいいんだよ』って伝えます。
プロになるような人は、子供の頃から『道具意識』が高くて天才と言われてきた人たちだって言いましたけれど、その(ゴルフにおける)『道具意識』で絶対に守らなければならない原則は、道具を『引っ張って』使えているかということなんです。僕のところに不調になった選手たちが来た時に、やることは子供の頃にやっていたこの状態に戻すこと、この原則や感覚を導き出すことなんです」
そこで、ペットボトルを振り回しながら「道具意識」で感覚を呼び覚まして、それをクラブのスウィングにつなげていくというのが、森守洋コーチの再生法のファーストステップというわけだ。ツアーで優勝もしているプロゴルファーにペットボトルをクルクル回させるとは、「楽観的思考」の奇才・森守洋らしいやりかたである。
(つづく)
Profile
森守洋(もり・もりひろ)
1977年2月27日生まれ、静岡県出身。高校時代にゴルフを始め、95年に渡米しサンディエゴにて4年間ゴルフを学ぶ。帰国後、陳清波プロと出会い、陳先生のゴルフに感銘を受ける。2002年よりレッスン活動を開始し、現在は複数のツアープロのコーチも務める。




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