2022年からタッグを組む柏原明日架(ツアー通算3勝)から「楽観的思考」をする人と評されたコーチの森守洋は、ゴルフ界にはびこるスウィングの「形重視」の傾向や、細かな部分への「拘泥主義」、そしてゴルフスウィングは「型にはめる」ことは「すごく危険だ」と警鐘を鳴らす。そして今年5月には、菅沼菜々(ツアー通算3勝)を「元のスウィングに戻す」という森らしいやり方で、早期の復活優勝に導いた。

奇才・森守洋のコーチング理論・全3回中の中編

【ゴルフ】菅沼菜々を復活優勝に導いた森守洋「スウィングを型に...の画像はこちら >>

【すべてはインパクトエリアでのクラブの動き】

森(以下同)「僕がアメリカにいた1995年から2000年はハンディビデオの普及期で、自分のスウィングを動画に撮って、プロもアマもタイガー・ウッズのようなきれいなスウィングをお手本にするレッスンの流れが始まった時期でした。当然、撮れた映像を見るとタイガーのスウィングとはまったく違うわけじゃないですか。それからスウィングを細切れにしていろいろいじって、それでおかしくなっていくというケースが多かったんです。僕はそのレッスンの流れを『最悪だ』とずっと言ってきたんですが、それが今、トラックマンなどの弾道計測器が出てきたのをきっかけに、徐々にではあるけど流れが変わってきています」

 近年、欧米のツアープロが使うようになったトラックマンなどの弾道計測機器のデータ解析により、飛距離を出す3要素は「ボールスピード」「打ち出し角度」「スピン量」であり、よいショットを生むには「アタックアングル」や「クラブパス」、「フェースアングル」などが重要なファクターであることが明らかになった。そして、これらのファクターはすべてインパクトエリアに集中していると森コーチは指摘する。

「結局、バックスウィングでクラブをどう上げようが、トップの形がどうであろうが、インパクトエリアでのクラブの動きがよければかまわない、ということがデータでわかってしまったわけですよ。そのことを理解している人たちを中心に、レッスンでスウィングの見た目の形にとらわれる傾向に変化が現れてきています。

 たとえば、今の30代のプロたちのスウィングは形にこだわってきたために個性がないと言われるけど、最近の20代前半のプロは、スウィングの美しさなんかよりインパクト近辺のクラブの動きに評価の基準を置くようになってきています。だから、これからは個性的で面白いスウィングをするプロがたくさん出てくると思いますよ」

【菅沼菜々の復活優勝の裏にあったもの】

 2023年に2勝を挙げランキングを7位になり、着実にトッププロへの道を歩み始めた菅沼菜々だったが、シーズン後に着手したスウィング改造がうまくいかず、24年のシーズンは82位にまでランキングを下げシードを失ってしまった。その後、森コーチのもとを訪れ再起を期していたが、今年、早くも結果を出した。

「(菅沼)菜々ちゃんは、構えた時のライ角をキープしたまま打つタイプの選手。手首や腕をあまり捩らず、インパクトエリアでフェース面がスクウェアの状態で動くのが彼女のよいところで、それがショットの安定性を生んでいたわけです。でも、23年に2勝した後に、より強くなりたいという気持ちでスウィングの形にこだわって、バックスウィングで体重が左足に乗り、軸が傾きシャフトがターゲットラインに対して右にクロスするトップの形から、レイドオフ(クラブヘッドがターゲットラインより左を差す浅いトップ)に変えたんです。

 ただ、レイドオフにしたことで、ダウンスウィングでクラブが下から入ってくるようになり、インパクトのフェースの戻しのタイミングを失ってしまって、ショットが不安定になっていました。それで僕のところに来たのですが、彼女のスウィングを見た時に、(修正するのは)わりとイージーだなと思いましたね。実際、すぐにクラブの動きがよくなりました。よくなったというか、やったことは以前のようなクラブの動きに戻したということです。

 トップでクロスになっていても、ダウンスウィングでちゃんとクラブを真っすぐ引っ張れているので、インパクトエリアでのクラブの動きはほぼ完ぺきだった。だから、ここで言いたいのは、基本的にはゴルフスウィングを型にはめるのはすごく危険だということです。クロスはダメ、アマチュアの元凶はトップのクロスです、みたいなことがよく言われますよね。でも、こんなに振れているのにクロスを変えさせるのか、気持ちよく振れているんだからクラブが動いていればいいんだよ、っていうのが僕の考えの根底にはあります」

 いまだ無駄のない、見た目に美しいスウィングを追求する傾向が多いレッスン界だが、そんななかでも森コーチが形にこだわることはないと言いきれるのには、こんな背景があった。

「僕の教えている選手たちは個性的なスウィングの選手が多くて、たとえば堀琴音(ツアー通算3勝)なんかは、最初に腕の上昇が入ってクラブが外に上がり、その後に体の回転が入ってくる。バックスウィングの動きを静止画で抜き取ってみると"変な動き"に見えるかもしれないけど、トップからの切り返し以降は、クラブを引っ張って使えていて、良いタイミングでリリースができているから、リズムが美しくて、インパクトエリアもきれいに整っている。それで、今年はずっとフェアウェイキープ率が1位(※10月9日現在)ですからね。今の時代は弾道分析機器によってインパクトエリアの動きが見えるんだから、そこがよい動きをしていたら、スウィングに癖があっていいんだよ、っていう話なんです」

 今年5月に、およそ1年6カ月半ぶりに優勝した菅沼菜々は、優勝インタビューで「昨年は苦しくて、こんなに早く復活できるとは信じられない。

また優勝できて本当にうれしいです」とコメントした。世代交代が激しい今の女子プロゴルフ界では、停滞が長引くと再浮上が難しくなってくる。その意味でも、森コーチの「トップを以前のクロスに戻そう」という選択は正しかったということだ。しかし常道は、将来のことも考えてそのままレイドオフの習得を続けるほうで、ロスの少ない安定性の高いスウィング作りを目指す選択で、「前向き」のニュアンスも含まれるこちらを多くのコーチは選ぶだろう。

 だが、「楽観的思考」の森は「後戻り」の方を選んだ。もちろん、そのほうが復活が早いという技術的な目論見もあっただろう。しかしそれは、弾道測定器が示すデータと堀琴音という前例を基にした確信が持てる方法であり、楽観的思考の奇才・森守洋だから出来た選択だったのかもしれない。

(つづく)

Profile
森守洋(もり・もりひろ)
1977年2月27日生まれ、静岡県出身。高校時代にゴルフを始め、95年に渡米しサンディエゴにて4年間ゴルフを学ぶ。帰国後、陳清波プロと出会い、陳先生のゴルフに感銘を受ける。2002年よりレッスン活動を開始し、現在は複数のツアープロのコーチも務める。

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