10月10日の国際親善試合で、ブラジルが韓国に5-0と大勝した。

 韓国はこの試合をお祭りにするつもりだった。

相手は世界のブラジル、その試合でソン・フンミンが国際Aマッチ出場137試合となり、韓国歴代最多出場記録を打ち立てる。韓国サッカー協会はFIFAに手紙を書き、韓国選手の背中のネームをハングル表記にしてもらった(そのためブラジルの実況中継は韓国選手の名前がわからず、仕方なく背番号で呼んだりしていた。ちなみにブラジル選手のネームもハングルにしようとしたようだが、これは却下された)。

 キックオフ直後は、スタジアムは「テーハミング(大韓民国)」コールで盛り上がっていたが、そのお祭りの雰囲気も試合が進むごとに消えていった。韓国は何かがうまくいってないようだった。まるで勝ちたくないかのようなプレーで、ラフプレーでしかブラジルの足を止められず、ゴール枠内に放ったシュートはたったの1本、パスもつながらない。10-1でもおかしくない内容で、監督のホン・ミョンボは終始、ベンチで怒っていた。これが本当の韓国の実力ではないのだろう。

 しかし韓国に何があったにしろ、ブラジルにとってこの試合は非常に大きな意味があった。

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 この日、セレソンは久しぶりに「ブラジルらしい」プレーを取り戻した。スピーディーでテクニカル、パスを次々と軽妙につなぎ、ゴールを奪う。トリッキーなプレーも面白いように決まる。
とにかく見ていて楽しいサッカー、いわゆるジョゴ・ボニート。韓国があまりにも何でも許してくれたため、ブラジルの選手は楽しくなってしまった。

 ブラジル代表が心底楽しんでプレーしているのを見るのは、本当に久しぶりだった。選手の顔にも自然と笑みが浮かぶ。愛をもってボールを触っているのがわかる。ブラジル人が大好きなプレーだ。もしまだ韓国戦のブラジルを見ていなかったら、是非とも見てほしい。そこにはブラジルサッカーらしさがすべて詰まっている。

 ロドリゴとヴィニシウス・ジュニオールは連係しながらも、自由にのびのびプレーしていた。チームワークがありながらも個人プレーが生きている。

ネイマールのことを完全に忘れた】

 ブラジル人監督がずっとできなかった、「ブラジルらしいサッカー」をイタリア人監督カルロ・アンチェロッティが取り戻した。彼はミランやユベントス、チェルシー、レアル・マドリードなどで見せた素早いトランジションをセレソンでも実践。ブラジルらしいスピーディーな特性を生かし、ボールを奪った5秒後には相手ゴール前にいるということもしばしばだった。

一方的な試合は、まるでブラジルの練習のようでもあった

 おかげでブラジルは自信を取り戻した。

 ブラジルはここ20年近く、恐れを持ちながらプレーしていた。負けることへの恐れ、ミスすることへの恐れ、メディアやサポーターから叩かれることへの恐れ......。実力はあるのに、「恐れ」がブレーキとなって失敗してしまう。新しいことをしたいのに失敗が怖くて、前に踏み出せない。そんなことの繰り返しだった。

 しかし、この試合でブラジルは自分たちの好きなようにプレーすることができた。自分たちの実力を十分に発揮することができた。カナリア色のユニホームはいつも重かったが、それがいまや羽のように軽くなった。

 ブラジル人はおよそ感情に流されやすい生き物だ。ネガティブな気持ちでボールを持てばひどいプレーになるし、明るい気持ちでピッチに立てばいいプレーができる。経験豊かな知将がベンチに座ってまずしたことは、メンタル面への働きかけだった。

ひとりひとりと語り合い、不安を取り除き、落ち着きをもたらした。

 もうひとつ特筆すべきは、この試合でブラジルはネイマールのことを完全に忘れたことだ。彼がいなくても大丈夫なことを証明した。もう誰も「ああ、ネイマールがいてくれたら」とは言わない。

 ロドリゴはこの日、代表では半年ぶりのプレーだったが、背番号10番を背負いフル出場。MVPの活躍を見せ、ブラジルに新しい背番号10が生まれたことを証明した。

 カゼミーロはキャプテンとしての貫禄を見せ、アンチェロッティの右腕、ピッチ内の監督であることを感じさせた。彼がいることで周囲が落ち着く。セレソンの父親的存在とも言われている。

【日本戦も真剣勝負に】

 ヴィニシウスはこの試合、何度も40メートル走っては自陣まで戻り、ボールを保持した。ブラジルのFWはあまり自陣に戻ったりしない。戻るのはモチベーションが高く、フィジカルコンディションがいい時だ。バッドボーイがこんな献身的なプレーを見せてくれるのは、すべてがうまくいっている証拠だ。

 そしてチェルシーの19歳、エステバンはこの試合で2ゴールを決め、ブラジル代表に確固たる席を得た。ブラジルの次世代のダイヤモンドとも言われており、磨けばより光るだろう。

 今回招集されていない優秀な選手も多い。アリソン・ベッカー、エンドリッキ、ラフィーニャ、ジョアン・ペドロ......。FWなどは代表レベルの選手が7、8人いて、インフレ状態だ。若手の台頭、経験ある監督、すべてが明るい未来を感じさせる。セレソンが泊まっているホテルには、陽気なサンバが流れていることだろう。

 この韓国戦の結果は、日本にとっても大きな影響があるだろう。この試合は日本戦への最高のウォーミングアップとなった。日本が対峙するのは、やる気と自信に満ち、ハッピーなブラジルだ。もし失敗しても優秀な仲間、優秀な監督が助けてくれる。だから思いきってプレーすることができる。

試合が日本、韓国の順番だったらまったく別なストーリーになっていただろうが、これは天の采配だ。

 おまけに日本戦はもうひとつ別な意味を持つ。レギュラー争いだ。現在のブラジル代表でワールドカップ行きが決まっている選手は、ロドリゴ、ヴィニシウス、カゼミーロ、ミリトンぐらいだろう。あとの選手はまだ不安定な状況だ。ワールドカップまでの代表戦は数が限られている。決まっていない選手たちは、この間にアンチェロッティを納得させなくてはいけない。いかに自分が優れ、チームのために役立つ選手かを見せつけなくてはいけない。

 日本戦は親善試合ではあるが、選手個々にとっては真剣勝負。モチベーションは途方もなく高い。特に今回、初招集されたヴィチーニョ(ボタフォゴ)らにとっては、この試合で人生が変わるかもしれない。モチベーションはとんでもなく高いだろう。

アンチェロッティは常々「私が欲しいのはワールドカップのスタメンの座を争う選手でなく、ワールドカップで優勝するために戦う選手だ」と言っている。

【ブラジル国内でも高まる関心】

 では、そんな生まれ変わったブラジルに、日本はどう対峙したらいいか。

 とにかく落ち着いて自分たちのプレーすることが大事になる。韓国戦では、相手を翻弄するようなブラジルのプレーに冷静さを失くす選手も見られたが、それではブラジルの思うつぼだ。

 前半に点を取らせないことも重要だ。守備に徹して、6-2-2ぐらいのフォーメーションがいいかもしれない。とにかくブラジルに好きにプレーさせず、苛立たせることができれば成功だ。韓国戦で調子に乗り、思いどおりにできると思っているブラジルだが、逆境になれば脆い。そうすれば隙ができ、カウンターで点を取ることも可能だ。

 一方、絶対にしてはいけないのは、1対1で勝負すること。ブラジル選手たちの個人テクニックは優れている。挑むのは危険だ。そして90分間決して気を抜かないこと。少しでも気を緩めれば、すぐに韓国の二の舞になるだろう。

 平日の朝の試合ということもあって、ブラジルでの韓国戦の視聴率はそれほど高くはなかった。しかし、5-0で大勝したことで、人々の日本戦への関心は高まっている。韓国戦はただの"幻"だったのか、それとも"本物"だったのか。アジアナンバー1の日本相手に何ができるのか。皆がそれを見極めようとしている。だからこそアンチェロッティも選手たちも決して負けられない。本気で挑んでくる。日本にとってはハードな状況だ。

 だが、別な見方をすればこれは日本にとってラッキーかもしれない。ワールドカップを前に、本気になったブラジルと対戦できるのは、どんな代表チームにとっても非常に有意義なことだ。望んでも、なかなかできることではない。とにかく14日の対戦が楽しみだ。

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