西部謙司が考察 サッカースターのセオリー
第72回 ブカヨ・サカ
日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。
プレミリーグで首位を快調に走るアーセナル。「攻撃は慎重、守備は大胆」というプレーモデルが失点の少なさにつながっていますが、そこに大きく貢献している右ウイング、ブカヨ・サカに注目します。
【アーセナルの守備の「構造」による失点の少なさ】
ジョゼップ・グアルディオラ監督は自身を「世界一守備的な監督」と言ったことがある。
「私は世界で最も守備的な監督だ。なぜならボールを持つことを望むからだ。ボールを持っている限り相手は得点できない」(グアルディオラ)
アーセナルのミケル・アルテタ監督も同じ考え方をしている。
「守備は構造である。たんなるブロックとかデュエルというだけの話ではない。どこでボールを失うのか、どう反応するかだ」(アルテタ)
ふたりに共通するのは、守備への考え方が一般的なものと違っている点。1対1やタックルも守備だけれども、それ以上にボールを保持すること、ボール保持の間に失う状況を設定してしまうことを重視している。
今季、プレミアリーグ8節終了時点でアーセナルの失点はわずかに3点。もちろんリーグ最少失点だ。CLの3試合、リーグカップ1試合はいずれも無失点。
失点が非常に少ないのは確かだが、ひたすら守った結果ではなく、アルテタ監督の言う「構造」による失点の少なさである。
【攻撃は慎重、守備は大胆】
攻撃は慎重。スペースがあれば速い攻め込みを仕掛けるが、無理に急がない。どちらかと言えばボールを保持して押し込むことを優先している。
逆に守備は大胆。というかアグレッシブだ。失う場所は敵陣、失ったらすぐさま奪いにいく。ボールより相手ゴール側にいる選手の戻りが非常に速いのが特徴だ。ただ、プレスバックのようには目立たないが、攻撃している最中にすでに守備の準備をしていることが大きい。攻撃時にボールより後方にいる選手は相手選手を射程圏内に収め、失ったら直ちにプレスに行く準備をしている。
直ちにボールホルダーへ寄せる準備ができている後方、直ちにスプリントで戻る前方。
現在、トップクラスのチームはこうした「構造」を理解したうえでプレーするようになった。守備が攻撃的で攻撃が慎重というのは一般的ではないように感じるが、ボールは守るもので、相手のボールは剥奪するものである。ボールを守るほうに慎重さ、奪うほうに獰猛さが求められるのは元来サッカーが持っている普通の状態であり、攻撃・守備という言葉の響きとは逆なのだ。
慎重にボールを運んでいくと相手には引かれやすい。その際に決め手になるのはサイド攻撃で、強力なウイングを配置するのもグアルディオラ、アルテタ両監督の共通点だ。
アーセナルの右サイドに配置されるブカヨ・サカは、プレミアリーグでも最高クラスのアタッカーだ。昨季は25試合に出場して6得点10アシスト。パス成功率83.7%、xA(アシスト期待値)はリーグ上位1%内だった。
サカは絶対的なゾーンを持っている。ペナルティーエリア右角からタッチラインへの延長線、ここでボールを持てば何でもできる。
【強力なウイングが必要】
ペナ右角の角度からのカットインは、ゴールと平行ではなく自陣へ戻るような角度になるのだが、そこから逆ポストへ持っていくシュートが得意技。右足を前に出して左足でボールに触る、いわゆる軸足リードの体勢からグイッとカットイン。ゴールから遠ざかりながらファーポストへねじ込めるのは、尻の筋力が強いからだろう。
サカはさほどトリッキーなフェイントは使っていない。シンプルに縦へ持ち出すか、カットインか。ただ、この表裏のどちらも強力なので守備側は防ぐのが難しい。
表裏が均等に強いのは、ドリブルと裏抜けの両方ができるのと同じだ。サカにとっては、どちらかに有利な状態を作ればいいだけと言える。そしてそのための駆け引きを行なっている。
試合開始直後のサカは、右サイドでパスを受けても簡単に下げることが多い。
こうした駆け引きはどのウイングもやっているのだが、サカの場合はドリブルも裏抜けもあり、カットインも縦突破もあり、いずれも威力があるので駆け引きで勝負が決まってしまうケースが多い。
相手に寄せきられた時のキープにも安定感がある。左足にボールを置いての右半身はコンタクトに強く、こうなったらほぼ奪われない。攻撃時のボールを守る能力が高く、それがチーム全体の保持力にもつながっている。
守備意識も高いサカは、アーセナルの構造のなかでしっかり貢献するとともに、シンプルかつ効果抜群の個の能力で違いを作る特別な存在だ。その特別な個がアーセナルの攻守の構造に大きな影響を与えている。
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