川尻達也が語るUFCと五味隆典 後編

(前編:"クラッシャー"川尻達也が語る20年前の五味隆典戦「アイツだけは特別。今でもぶっ飛ばしたい(笑)」>>)

 日本格闘技界の最前線を走り続け、35歳から世界最高峰の「UFC」に挑んだ川尻達也。

最後の試合は6年前の「RIZIN.19」。現在は解説者、YouTube、ジム運営など多方面で活動する川尻氏に、UFCでの経験を通じて見えた日本のジム環境や、コーチング体制の課題について聞いた。

【格闘技】川尻達也がUFC時代に見出した勝つ形 日本人選手は...の画像はこちら >>

【リングに上がっていた当時と今の活動のギャップ】

――最近の川尻さんの活動を見ていると、とても楽しそうですね。YouTubeチャンネル『川尻達也のじりラジオ』でも、さまざまな方とコラボされています。

「そうですね(笑)。趣味というか、新しいおもちゃを手に入れたような感じです」

――先日は、娘さんが声で出演されて、一緒にRIZINのポスターカードを開封していました。

「娘は、再生数が伸びるたびに『お父さん、1万再生超えたよ!』って楽しそうにしていました。少し前には『将来はYouTuberになりたい』なんて言ってたので、体験できるのはいいことだと思ってます」

――娘さんは10代半ばとのことですが、川尻さんがRIZINで戦っていた姿は覚えているんですか?

「最後の試合(パトリッキー・ピットブル戦/2019年)の時に小学校3年生だったので、"弱いお父さん"しか覚えてないでしょう。『お父さんって本当に強かったの?』って聞かれましたから(笑)。もっと強かった頃の自分を見せたかったです」

――川尻さん自身が「最も強かった」と思う時期は?

「おそらくDREAMの頃と、2000年代後半からUFCに参戦する頃ですかね」

――PRIDE時代の五味戦(2005年9月25日『PRIDE 武士道-其の九- ライト級トーナメント1回戦』)では、殺気あふれる視線が印象的でした。

「試合の時はそうでしたね。ただ、あの試合は悔しくてほとんど見返すことができていません。今は楽しく格闘技を見られるようになりましたが、昔の僕にとって格闘技は"楽しいけど苦しいもの"でした。

だから今の自分のジムでは、プロ育成より、格闘技の楽しさを知ってもらう場所にしました」

――ジム名は「FIGHT BOX FITNESS」(茨城県つくば市)。「FITNESS」をつけたのは、そのあたりの思いが込められているんですか?

「完全にフィットネスに振って、会員の方たちが楽しく続けられるようにしました。会員は女性が4割くらいで、そのうちの9割以上は格闘技を知らない人たちです。だから、僕のこともまったく知らない(笑)。『川尻さんって、有名な格闘家だったんですね』って驚かれます。ジムでは、ただの"格闘技好きおじさん"ですよ(笑)」

――今のご自身の活躍は、当初の想像と違いますか?

「まったく違いますね。格闘技界は"しがらみ"も多いから、田舎でのんびりやろうと。最初は距離を置くつもりだったんですが、解説の仕事もいただいて、気づけばまたどっぷりです(笑)。YouTubeも解説もそうですが、まさか"おしゃべり"で仕事をいただくとは思いませんでした。リングに上がっていた頃は戦う姿を見てもらうことがすべてで、言葉で伝えるタイプじゃなかったですから」

【川尻が目指したUFCのトップ】

――今、フライ級をはじめ多くの日本人選手がUFCに挑んでいます。川尻さんがフェザー級で戦っていた当時は、どんな環境でしたか?

「当時のUFCフェザー級のトップ4は"神の領域"でしたね。チャンピオンのジョゼ・アルドを筆頭に、コナー・マクレガー、チャド・メンデス、フランキー・エドガー。正直、『勝てたら奇跡だな』と。

その奇跡を起こそうと思って戦っていました。ただ、5位のカブ・スワンソンは、なんとか俺でも対応できるかなと思ってましたよ」

――スワンソンとは2016年8月に戦い、UFCでの最後の試合となりましたね。

「戦っていて、『ここはイケるな』ってところもありました。負けちゃったけど(判定0-3)、僕自身は負けたとは思っていないです」

――この試合に勝っていれば、その後のビジョンもあったんですか?

「ある程度は道筋を考えていました。スワンソン戦に勝てばランキングは5位。その年の11月にUFCが初めてマディソン・スクエア・ガーデンで大会を開くことになっていて、そこでエドガーに挑戦したいと考えていました。勝ったらアピールしようと思っていたんですけどね......。負けたことで、またノーランカーと対戦することになったので、本当に分岐点でしたね」

――また下から、ランキングを上げていくことになりますね。

「当時、すでに38歳でしたから、『もう一度下から』とは思えなかったですね」

【日本と海外の環境の差】

――川尻さんが練習で特に重視していたのはどんなことですか?

「一発のパワーだけじゃなくて、それを何度も出せることです。スタミナという単純な言葉ともちょっと違うんですけど、回復力が大事。ハイパワーでアタックして、数秒で回復して、またハイパワーでアタックする。その回復力を高めることに一番フォーカスしていました」

――メラブ・ドバリシビリ選手(現UFC世界バンタム級王者)に代表されるように、近年のUFCでは、アタック数の多さが勝ちパターンのひとつであると思うのですが、川尻さんは早くから意識されていたんですか?

「UFC2戦目のクレイ・グイダ戦で負けて、『このままじゃ勝てない』と気づいたんです。

日本だと、ひと呼吸置いて相手を見ることが多い。でも、UFCはその"間"がなく、常に1.2倍速で戦っているような感覚です。開始直後から『俺はこれをやる』と自分のやるべきことを押しつけてくる感じですね。

 この試合後に網膜剥離で1年休むことになったんですけど、そのタイミングで、相手のアタックを減らして、自分のアタック数を増やすことにフォーカスしてトレーニングをしました。あと、37歳から"正面からのタフさ勝負"をするのが厳しかったのもあります」

――その成果が出たと実感した試合は?

「3戦目のデニス・シヴァー戦だったと思います。タックルを何度も仕掛けて、トップをキープして3―0の判定で勝ったんですが、『俺がUFCで勝つならこういう形だ』と思いました」

――自身の足りない要素、試合の組み立て方をなどは自分で考えていたんですか?

「そうです。山田(武士)トレーナー(「JBスポーツ」代表/「チーム黒船」のトレーナー)のような専門のコーチはいましたけど、MMAをトータルでコーディネートするのは僕自身でした。今は海外だと、アメリカン・トップチームの堀口(恭司)選手のように、ヘッドコーチのマイク・ブラウンさんが全体を見てくれる場合もありますが、当時は自分で考えるのが普通だったんです」

――必要な要素を取捨選択しながらレベルアップしていたんですね。

「僕はそれがすごく楽しかったんです。僕はゲームの『ドラゴンクエスト』が大好きなんですけど、『どの武器を装備して、このボスにどう挑もうか』と考える感じ(笑)。自分をどう育てて強くするかを毎日考えるのが好きでした。

 当時はそれが当たり前すぎて意識していませんでしたが、結局、それができないとMMAでは勝てなかった。

今はアメリカのメガジムだったりすると、複数のコーチとヘッドコーチがいてコーディネートしてくれますが、日本はまだそこまで環境が追いついていない。その点も世界で苦戦する一因だと思います」

――以前、堀口選手に話を伺った際に、「MMAに必要な要素を1カ所で習えるのは効率がいいし、とにかく選手層が豊富なのがメガジムのよさ」とおっしゃっていました。

「それもありますよね。ただ、同じアメリカのジムでも大小、いろんなジムがあって、井上直樹選手(現RIZINバンタム級王者)らがいたニューヨークのジム(セラ・ロンゴ・ファイトチーム)はメガジムではないですし、メガジム以外からもチャンピオンは出ていますからね」

――ジムの大小によらず、可能性はあると。

「『日本がダメだ』とか、『海外に行かないと強くなれない』とは思いません。実際、長南亮さん(『TRIBE TOKYO MMA』主宰)だったり、大沢ケンジさん(『和術慧舟會HEARTS』主宰)、松根良太くん(『THE BLACKBELT JAPAN OKINAWA』代表)、ほかにも日本でできる限りの可能性を見つけて"対世界"に取り組んでいる人たちがいます。必ず突破口は開けると信じていますし、ひとりでも日本人のUFCチャンピオンが出れば、『自分たちでもいける』と次世代が一気に続いてくるはずです」

――平良達郎選手(UFCフライ級5位)は、それを体現しつつある選手ではないでしょうか。

「すごいと思います。修斗からのUFC契約で、同じレベルの選手としのぎを削りながらランキングを上げてきました。タイトルマッチに手が届くところにいますからね」

【プロフィール】
■川尻達也(かわじり・たつや)

2000年プロデビュー。修斗でウェルター級世界王者に輝くと、2005年からPRIDE、2008年からはDREAMに参戦。世界的強豪と激闘を繰り広げた。

2013年にUFCと契約。デビュー戦を一本勝ちで飾るも、2016年に自ら契約解除を決断し、RIZINに参戦。2019年には「ファイター人生最後のチャレンジ」としてライト級GPに挑んだ。 "クラッシャー"の異名を持ち、3度の網膜剥離を経験しながらも、長きにわたりトップ戦線で活躍。現在は『Fight Box Fitness』を主宰し、格闘技の楽しさを伝えている。

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