元スペイン代表でインテル・マイアミのMFセルヒオ・ブスケツ(37歳)が、今シーズン限りでの現役引退を表明している。メジャーリーグサッカー(MLS)のポストシーズンで王者を決めるMLSカップが最後の舞台になる。

 スペイン国内で、ブスケツは「史上最高のMF」との呼び声も高い。身長189cmの大きな体躯を生かしたキープ力を備え、際立ったポジショニングは周りに気づきを与える。ボールコントロールの技術は随一で、パスの展開力は出色。一方で、相手からボールを奪うディフェンスにも秀でており、鋭い読みでパスカットし、攻守を司る。長身なので高さも弱点にならない。

 かつて、ここまで完璧なプレーメーカーがいただろうか?

メッシを躍動させた不世出のMF、最後の雄姿 ブスケツは「セン...の画像はこちら >>
 バルセロナの司令塔としてチャンピオンズリーグ優勝3回、ラ・リーガ優勝9回、スペイン国王杯優勝7回、クラブワールドカップ優勝3回と、あらゆるタイトルを獲得した。スペイン代表としても、2010年ワールドカップ、2012年EUROで優勝したチームの主力メンバーだった。

「世が世なら、ロドリ(マンチェスター・シティ/スペイン代表でブスケツと同じポジション)が受賞したバロンドールは先にブスケツももらっていた」という声も少なくない。

 率直に言って、ブスケツは過小評価されている。引退は報じられたが、たいして話題にはなっていない。世間の反応は薄めだ。なぜ、世界史上最高のMFのひとりであるブスケツは正しい評価を受けていないのか。

 2007-08シーズンが開幕したばかりの頃、筆者はバルサの練習場を訪ねている。

ブスケツはバルサのBチームに在籍していた。当時の印象は「親の七光り」だった。GKコーチにカルレス・ブスケツという元バルサのGKだった父親がいたのだ。

 父カルレスは、ヨハン・クライフ監督が築いた黄金期の末期のGKだった。足技のうまさは、"鬼回し"でフィールドプレーヤーに混ざっても遜色がなかったほどで、そのリベロプレーは代名詞になっていた。バルサの未来を担うはずだった。

 しかし、父はゴールキーピング技術が低すぎた。ハイボールや強いシュートで弱さを露呈。挙句にボールを持ちすぎて相手に奪われて失点し、ポジションを失った。

「あの父親の息子だから、球さばきはうまい」

 関係者のひとりの証言には、皮肉がこめられていた。

【グアルディオラは見抜いていた】

 プレーするブスケツの立ち姿は、確かに美しくはなかった。

ボール扱いはうまいのだが、大柄な身体を持て余しているように見えた。背中を丸めた猫背で、少し鈍重そうに映った。

 司令塔の選手と言えば、背筋を凜と伸ばし、腰を低く沈ませ、膝を少し折って胸を張り出させ、視線は辺りを見回す。その"型"が、美しさのステレオタイプだろう。肘は脇につけ、手は指揮者のような構えでバランスを取り、インサイドパスでは身体のひねりを使う。体幹を軸にコマのように回って力を伝えるイメージだ。

 バルサで言えば、ジョゼップ・グアルディオラがその原型だった。

 ブスケツがいたバルサBには、マルク・クロサスというMFがいた。クロサスは立ち姿が優雅で、グアルディオラとボールの持ち方やパスの出し方が酷似していた。もはやコピーのようだった。

 当時、バルサBの監督はグアルディオラで、筆者は嬉々として質問したことを覚えている。

――クロサスはあなたに似て、楽しみなプレーメーカーです!

 しかし、グアルディオラは淡々と言った。

「自分と似たような選手は要らない。自分と同じだったら、今のサッカーでは通用しないよ。立ち姿など関係ない。たとえばシャビやイニエスタは私にはない得点感覚を持っている。バルサのようなクラブでは、プレーを常に革新させる選手が必要だ」

 グアルディオラは、ブスケツの「ボールを受けて、弾く」という動きの精度と速度を評価していた。プレッシング戦術が全盛になるなか、ビルドアップでは限られた時間と空間しか残されていない。抜群のポジション感覚で、次のプレーが展開できる能力がブスケツにはあった。パス出しの速さは他の追随を許さず、優れたビジョンとスキルのおかげで、周りのプレーを輝かせた。

 グアルディオラは、大柄で猫背なMFの力を見抜いていた。だからこそ2008年、4部でのプレー経験しかなかったブスケツを1部の試合の先発で使った。周囲の反対を押しきって、だ。

 そのラシン・サンタンデール戦で、ブスケツは熟練の司令塔の落ち着きを見せた。

的確なパス出しで攻撃のリズムを刻んだ。結局、引き分けだったが、そこから最強時代を作り上げた。

 その後、ブスケツは「ブスケツの息子」から瞬く間に脱却し、最高のプレーメーカーの名を刻みつけた。まさにバロンドールに値する活躍だった。彼のおかげで、リオネル・メッシ、ダビド・ビジャ、ルイス・スアレスらが得点を量産した。ブスケツのピッチの指揮官ぶりは、ロドリやマルティン・スビメンディ(アーセナル)にも受け継がれているが、まさに主役を躍動させる演出家と言えるだろう。

「ブシ(ブスケツの愛称)はセンターハーフの概念を変えた。ブシがいなかったら、ロドリもいないだろう。最高のMFだ」

 そう語ったのは、インテル・マイアミを率いるハビエル・マスチェラーノ監督。ブスケツとはバルサ時代はチームメイトでもあった。

「それに、ブシは『監督になるつもり』と話していた。監督としてあらゆる素養があると言える」

 マスチェラーノは証言を続けたが、それはこれからのサッカー界の楽しみだ。

 現在、MLSカップ1回戦でインテル・マイアミはナッシュビルと戦っている。3戦勝負の2試合を終えたところで1勝1敗。第3戦は11月8日(現地時間)に行なわれる。

 はたして、ブスケツは最後にどんな「物語」を作り出すのか。リオネル・メッシという稀代の選手がチームメイトにいる。不世出のMFに最高のエンディングを――。

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